四話『部下』
添田君の言葉に一瞬ポカンとして力を緩めてしまった所長が、勢い良く開かれた扉にはじきとばされた。
それまで渾身の力で抑えていたり押したりしていたのだからこの流れは当然といえば当然だろう。
分かりやすく言えばゴムを二人で引っ張って、どちらかがいきなり離すようなあれ。
「ちょ、大丈夫!?」
百子さんが口を押える。
「なんとかな…どんだけ力があるんだよクソジジイが…」
「心配しているのはケンちゃんじゃなくてドア」
「薄情者ォ…」
恨みがましげな声をあげながらスキンヘッドはごろごろと床を転がった。
スーパーで駄々をこねる子供みたいだ。すごい邪魔そうな顔で咲夜さんが見ていた。
改めて扉を見れば二人、人が立っていた。
ひとりは渡会さん。どことなく元気がなさそうなのは気のせいだろうか。
それからもう一人はまだ若い――といっても中年か。眼鏡をかけて厳しそうな雰囲気を醸し出している。
所長が使い物にならないので副所長の姫香さん…も今お茶を入れているため、百子さんが応対をした。
「こんにちは、渡会さん。そちらのかたは?」
「やあ椎名。あとで詳しく紹介するが、私の直属の部下だ」
「よろしくお願いします」
見た目と違わず硬い声で部下さんは行った。
まるで僕ら全員を敵と見ているような。まあ、渡会さんの部下ってことはこの事務所が裏でどんなことをしているのか聞かされてはいるだろう。
別に好意を無理やり持てとも言わない。そして僕も持とうとは思わない。
ただ敵なのか味方なのかだけははっきりしてくれたらいい。
背中を晒せるかどうかだけは知りたい。
「……モモ、どうすればいいと思う」
僕と同じような事でも思っていたんだろうか。
所長は若干の不信感をにじませながら百子さんを見上げた。いい加減立ち上がればいいのに。
話を振られた百子さんは頬に手を当てて少し考える素振りをする。
「どうすればいいって言われてもね~。渡会さんの話、聞いてあげたら?」
「そうなるか…」
「そうなるよ」
最終的に仕事を請けるかは所長の判断だ。
百子さんは責任を放棄しているわけではなく、依頼の難易度を分かりかねるから所長に任せているだけだ。もしもサイバー系の依頼ならば所長は百子さんに依頼の受託を尋ねるだろう。
「だが、まずはこっちの依頼人を優先させてもらいますよ。なにしろちゃんと――」
「依頼人だと?」
渡会さんが何か可哀想なものを見る目をした。
「正気か?」
「そのくだりはさっきやったんだよ…」
所長はようやく起き上がり、ふうと息を吐いた。
状況について行けていない添田君をちらりと見やる。
「いっておくと、普通の人間ですから。…こいつの前では物騒な話はしないでもらいたい」
「ほう…一般人か。それはすごい」
渡会さんは珍しげな顔をする。
待って。今までどんな依頼うけてきていたの。
ここ最近の依頼がイレギュラーだったわけではなく、先代所長の時からブイブイ言わせていたのか?
「あの、さっきパーティーって言いましたよね」
添田君が恐る恐る発言する。
勇気があるのはいいが、それは蛮勇と言わないだろうか。
渡会さんは添田君を向いて頷く。突然話しかけてきたことに怒る様子はない。
そんなことでいちいち怒っていたらさっきの騒ぎはいったいどれだけ怒り狂えばいいんだって話になるしな。
あまり評判がよろしくない先代所長とも付き合っていたのだから、あまり細かいことにはこだわらない人なのかもしれない。
「ああ。それがどうかしたかね」
「二週間後の土曜日のこと、でしょうか?」
――渡会さんは部下さんと視線を素早く交わした。
それは肯定の意味か。
少しだけ所長は殺気だって添田君を庇うように身体の位置をずらす。
「添田青年。余計なことを口にするな」
「えっ、でも…」
「あまり言いたくないがあのクソジジイは使えるもんなら何でも使うぞ」
「まったく失礼だな。何もお前の依頼人までこき使うつもりは毛頭ないよ」
「どうだかね。…ただ、一つ聞かせてくれ。そのパーティーは安全なものか否かを」
「それはこちらの依頼を呑むということでいいんだな?」
「気が早いんだよボケ。俺は聞いただけだ。あんたら警察が首を出すってことはマズイ案件ーー」
それに答えたのは部下さんだった。
「…話を聞くにしては些か失礼だとは思いませんか? 私たちは依頼人だ、せめて椅子ぐらいは用意しても良いのではないかと、そう思うのですが」
「藤岡」
渡会さんが諌めたがツンとしてメガネのフレーム位置を直している。
新しいタイプの出現に事務所内は静まり返った。
そっと咲夜さんが耳打ちをしてきた。
「夜弦さん夜弦さん、すごいですよ。テンプレの嫌な人ですよ」
「うん、頼むからこういうところでボケにまわらないでほしい」