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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
五章 シークレットパーティー
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一話『オセロ』

 白魚のような指がオセロをひっくり返していく。

 見惚れている場合じゃない。僕がどうにか守っていた黒の陣地が瞬く間に白く染まっていく。

 残るマスを見ても巻き返せないことは一目瞭然だった。


「ぐぬぬ――降参!」


 僕は両手を上げる。

 かなり集中したので軽い虚脱感を覚える。オセロ如きに集中しすぎだって? 十連敗してても同じことが言えるかな?


 一局ごとに対戦相手を入れ替えて差していく方式で、勝てるまで席を立てないという弱者に酷いルールが課せられている。

 いつもは勝っている人が負けるまで延々と指し続けるのだが、一番強い姫香さんがなかなか休憩を取れないということで今回は逆にしたのだ。結果がこれである。

 薄々気づいていたけど僕、めっぽう弱いな。


「姫香さん強いですねえ…」

「ヨヅっちが弱すぎるだけだと思う~。奇跡的な弱さだよ」


 おっ、百子さんが傷口抉ってきたぞ。

 肩甲骨まで伸びた髪をシュシュで緩くまとめている。顎に添えた指も相まって頼れるお姉さんという雰囲気がある。男だけど。


 一か月ほど前に『狐』により根元からバッサリと切られた髪がもう伸びたというわけではなく、ウィッグを被っているだけだ。色合いは地毛より少し明るい。

 今さら男には戻れない、と言うのが彼の弁だった。

 その裏には僕たちの知らない別の話があって、葛藤とか許容があったのかもしれない。だけど、今まで通りにふるまおうとしているなら僕も余計なことは言わない。


「傍から見てて思ったんだけどね、ちまちま陣地取ろうとしていない~?」

「あー。そうですね」

「そんなことしてるからガッツリ取られちゃうんだよ~。ヒメちゃんの手ちゃんと観察しな~?」

「はい、綺麗な手していますよね」


 ぱこんと雑誌ではたかれた。


「そこじゃなくて。戦術~」

「ああ…そっちでしたか…」


 やばい今疲労に任せて本人の前で思ったこと暴露してしまった。

 でも華奢でスッと伸びた指に、昨日料理中に怪我をしたとのことで巻かれている絆創膏が良いアクセントになってるんだよ。気持ち悪いな僕。


「姫香さんは強いですよね。いかに効率よくひっくり返して陣地を多くとれるかよく研究していると思います」

「あんまり一点にこだわらないしね~」

「遠巻きに僕が非効率かつ陣地が少なく、一点集中型だと言わんばかりですね!?」

「事実だよ」


 事実かぁ。


「…あんまり目の前の敵を倒すことに躍起にならないでください」


 ぼそりと咲夜さんが呟いた言葉は、オセロのアドバイスと言うよりももっと違った、何かへの注意のようだった。


「咲夜さん?」

「…いえ。本当に弱いなと」

「なんだなんだ、みんなしてケンカ売りに来てるのか」


 受けて立とうじゃないか。

 頭脳戦は弱いけど格闘戦はそこそこ強いんだからな。また所長に海に突き飛ばされなければの話だけど。

 わいのわいのしていると下の骨董屋で作業していた所長が戻ってきた。

 一つのところに固まっている僕らを見ると呆れた顔をする。


「まーだオセロしてんのか」

「所長もどうです?」

「やだ。ツル弱いんだもん」


 立て続けに喧嘩売られたぞ。


「よく飽きないな。将棋もチェスもあるじゃねえか」


 何度も言うけど暇をつぶすことに力注いでいるよな、この探偵事務所。

 以前の大掃除の時、年季の入ったものもあったので恐らくは僕が入る以前――先代所長の時代から閑古鳥は鳴き喚いていたにちがいない。超エキサイティングな3Dアクションゲームを見つけたので折を見てみんなを誘ってみよう。


「僕ルール知らないんです、チェス」

「私もよくわかりません」

「……」

「あたしは出来ることは出来るけど、めちゃんこ弱いよ~」

「所長は?」

「できない」


 まったく意味のない情報開示だった。

 できないものを置いておくなよ。


「所長も出来ないのにどうしてチェスがあるんですか…あ、もしかして先代所長は出来たんですか」

「できなかった」

「できなかったんかい!」

「クソ上司がお洒落だからって買ってきてそのまま。だからゲーム用っていうかインテリアだな」


 そういう経緯があったんだ。

 ただ放置されているのも忍びないしルール覚えてやってみるか…。もしかしたらチェスなら勝てるかもしれない。ちなみに将棋は百子さんにコテンパンにされた。


 所長はちらりと時計をみて手を二、三度叩いた。


「さて、とっとと片付けろ。もうすぐ来客がいらっしゃるぞ」

「え? 正気ですか?」

「なにがだよ。どうして客が来るって言っただけで正気を疑われているんだ俺は」


 それは、だって、ねえ。

 多分今のは咲夜さんの本音だ。僕も一瞬あまりに依頼がこなさ過ぎてとうとう頭がおかしくなったかと思った。


 百子さんも初耳だったらしく驚きながら所長に尋ねる。


「誰が来るの?」

「ああ。懐かしのあの人物」

「…ストーカー調査を依頼しに来ながらその日のうちにストーカーを撃退してしまった田辺さん?」

「そいつじゃない…。ここにいる全員が知っている」


 僕がくる以前のことだろう。そんなインパクトな事件なかったぞ。

 田辺さんはどうしてガッツがあったのに依頼したんだろう。人間とは分からないものだ。

 そうじゃなくて。

 ええと、僕たちに共通している依頼人は…。もしかして。


 ひとつ思い当たる節が浮上したと同時に控えめなノックで事務所のドアが叩かれた。

 所長が声を掛けるとゆっくりと開き、見知った顔が覗いた。


「――お久しぶりです。添田です」


 その首からは、遺骨ペンダントが下げられていた。


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