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一年と十カ月前 終われなかった話7

「お久しぶりです。私としては会いたくありませんでした」

「あんためちゃくちゃ失礼だな」

「仕事を増やされて怒っているだけですよ」


 病院。

 ふたりを隔離された病室の前で出迎えた女――国府津咲夜は疲れたような顔をしていた。いや、二回目に会った時から疲労感満ち溢れてはいたので今更か。


「言っておきますがね、私はあなたとボスを繋ぐメッセンジャーではありません。そもそも電話の態度、なんですかあれは。電話口ぐらい丁寧に話せませんか」

「別に就職面接でもないしいいだろ」

「だからと言って『ちょっと頼みたいことがあんだけど』はないですよ。内容が重要でなかったら着信拒否にしていました」

「そうカリカリするなよ。生理か?」

「あなたの布団にダニが潜んでいますように。それからハウスダストで苦しめ」


 互いに低レベルの罵り合いをしていたがやがて諦めて咲夜の方が下がった。

 城野の背に半分隠れるようにして立っている少女に視線を移す。

 少女が着ているのは近くのチェーン店で間に合わせとして買った服だ。いつまでもダボついたままなのは城野としても駄目な気がしていた。


「その子は、この前の…」

「俺の妹だ」


 食い気味に強調する。

 姫香についての質問攻めは彼女を表に出した時に避けられぬ問題であった。

 妹というのも無理やりなことは自覚している。だが他に最適なものがなかったのだ。


「…はぁ。あなたに女のきょうだいはいないはずですが?」


 咲夜の訝しむ顔を前に、城野はどうにか平静を保ち続けた。

 国家諜報部『国府津』は彼の経歴ぐらい容易く調べられる。百子に警告されていたのなんとかで身構えることができたが、知らない人間に個人情報を話されるのは気持ちのいいものではない。


「あなたの実親は男子しか産んでいませんし、養母も…子供は作れぬ身体ではありませんでしたか」


 本格的に身辺調査をしたらしい。

 怒りを通りこして感心しかなかった。ただの一般人相手にずいぶんと時間を割いてくれたようだ。

 それよりもこうなると書類上にあることをこねくり回してでっちあげることはできない。


 それでもなんとかして言いくるめなければいけない。

 『鬼』の娘であるとバレた時にこの少女がどのような仕打ちを受けるかも分からないし、城野自身がこの数週間あまり匿っていたことを咎められかねない。とばっちりで百子にも何か不味いことが起きてしまうかもしれない。

 まさに一世一代の覚悟を持ちださなければならない状況だった。


「きょうだいごっこだよ」

「…なんですか、それは」

「こいつと俺は近い所に住んでいた。十五年も前の話だ」


 姫香にはあらかじめ話を通してある。相槌も、想定される質問もすべて打ち合わせ済みだ。

 ストーリーの穴を突っ込まれた時の対策もした。城野はこれまでに数多くの変わり者の依頼者クライアントを見て来たのだ。多少の先読みぐらいできないわけではない。


「きっかけはなんだったか覚えてないが、そこそこ親しくなった…んだが、ある日忽然とこいつは消えちまった」

「…へえ?」

「理由は簡単だ。借金のかたに売り払われていた」


 露骨に咲夜は嫌な顔をする。

 非現実的だっただろうか。確かにあり得ないかもしれないが、世界は広いのだ。そんなケースが一件や二件あっても不思議ではない。


「それから時は流れてついこの前。『鬼』を襲撃しに行ったら思わぬ感動の再会ってわけだ」


 言い方が軽かっただろうかと城野は若干反省する。端折りすぎた感もある。

 重々しく言ったほうが良かったか。というか早口すぎたかもしれない。

 後悔は後から後から出てくるが気にしてはいられなかった。


「あんなとこで何をしていたと思う。…娼婦まがいのことだよ」


 狙うは同情。

 正直のところ城野は姫香が処女かは知らない。娼婦だったのかも分からない。聞く気は、なかった。

 穢れを知らぬ乙女だったならばひどくねつ造された過去だ。怒り狂っても仕方ないことだ。


 しかし無理やりだったとしてもどうにかして頑とした『接点』を作らなければならなかった。たまたま出会って、なんとなく一緒に行動して、なんとなく流れで回収したなどと言えない。

 そのような「なんとなく」は状況によっては危うい説明となりかねるのだ。


 一応シナリオの許諾は取った。あっさりと許可されたので逆に城野は拍子抜けしてしまったが。

 というより、そのようなことにも感情が動かないのかもしれなかった。


「『鬼』を殺したあと、再会した昔なじみを放置するわけにもいかない。んで、当時こいつが俺を「おにいちゃん」と呼んでいたのもあって…兄妹になろうって決めた」

「はぁ」

「だから血は繋がっていないが兄と妹なんだよ。分かったか」

「なるほど。『鬼』が所詮ペド野郎で光源氏だったかはもう確認できませんが、しかし」


 なんとか同情を引けないかと期待したが駄目だったらしい。

 まるで興味なさげな態度だった。


「あなたにそのような感動的なエピソードがあるものですかね?」

「おっ? 馬鹿にしてんのか?」


 城野の話が下手というわけではなく、話を根っから疑ってかかっていた。

 いかに信頼が低いのか伺える。


「あったから説明したんだろ」

「嘘をつかないでください」

「もっと人を信じろよ」

「では本当だと証明できるものは?」

「嘘だと証明できる根拠は?」


 火花を散らして睨みあう。

 メンチの切りあいだ。


 姫香は無表情で二人の顔を見比べていた。


 遠くで微かにエレベーターの開閉音が聞こえる。

 その音で緊張の糸が切れ、二人は瞬きをした。


「悪魔の証明ってわけですね、今のところは。しかし近くに住んでいたならば調べればわかるでしょう」

果たして・・・・本当に・・・そうかな・・・・?」


 城野は待っていましたとばかりにニヤニヤと笑う。

 もはやマークされている城野の経歴は今更誤魔化せない。

 しかし、すべてがベールに包まれている――城野しか正体を知らない――少女のことはまだノーマークだ。攻めなければいつ攻める。


こいつ・・・の親が・・・戸籍を・・・作って・・・いなかったとしたら・・・・・・・・?」


 情報は万全ではない。

 データが・・・・存在しなければ・・・・・・・検索・・できない・・・・

 百子が良く言っている言葉だ。


 家の近くの無人販売所でキャベツを買うのと大型スーパーでキャベツを買うのはサーバーから見ればまったく違う。

 情報の残らぬものと、情報が残るもの。いつ何を買ったか調べ容易いのがどちらなのか明らかだろう。


 なにより『姫香』という存在は生まれたばかりだ。

 彼女の前の名前が役所に登録されていても関連付けるには相当の労力がいる。


 もともとが白紙のものからなにを読み取れる?


 咲夜は無言だった。そこまで思考はいっていなかったとしても、想像できぬほど阿呆ではなかった。

 姫香と城野を交互に見比べ、ふっと息を吐いた。


「分かりました、そのチープな言い訳をボスに報告しておきましょう」

「人の思い出をチープって言うな」

「ならばそこのお嬢さんもこちら側の住人と言う認識で構わないのですね?」


 問いかけられた姫香は小さく頷いた。


「了解いたしました。ならばもう言うことはありません――長話してしまいましたね。病室に行きましょうか」

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