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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
小話 サマーバケーション
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七話『はじめてのびこう(された)』

 仕掛け器に茶トラの猫が引っかかっていた。

 人の気配に気づくと猫はバタバタと暴れ出す。しかし檻は丈夫で、たかだか五キロほどの塊が体当たりしてもびくともしなかった。

 サラリーマン風の男はそれを冷たく見下ろし仕掛け器のそばにしゃがんだ。


 仕組みが分からないのかあちこちをガチャガチャと鳴らす。猫はガタガタと揺らす。

 男はよほど真剣に取り組んでいるらしく後ろの気配にも気づかない。


 黙って見ていた姫香は、これで『挙動不審な地域猫ボランティア』という最後の可能性を捨てた。

 もしもボランティアならもう少しマシなゲージの開け方をするだろうし、なによりカバンから覗く包丁がどうみても普通の人間の持ち物ではない。

 足元にあった適当な石ころを拾い上げ、緩慢なフォームで男に投げつける。

 こつんと肩に当たった。


 サラリーマン風の男は息をひゅっと飲みオーバーリアクション気味に振り返った。

 果たして彼の目には姫香はどのように映ったのだろうか。


「五匹、殺したな」


 事務的に言い放つ。

 怒りも悲しみもなく、確認を取るように。


「ずいぶん、よどんでいるぞ、お前の目」

「ひっ――!?」


 一歩、一歩と警戒もなく近寄ってくる少女に男は腰を抜かした。

 得体の知れなさに恐怖したと言っても過言ではない。いきなり現われ、いきなり罪を暴き、いきなりこちらへ来る少女が怖くないはずがない。

 まだ明るい時間帯だというのに、彼女の周りにはどす黒いなにかがまとわりついているような錯覚すらあった。


「く、来るな! なんだおまえは!?」


 至極もっともなことを喚きながら男は包丁を取り出し包丁を振ってけん制しようとした。

 それはある種の防衛で、姫香を襲うつもりではなかったのだろう。

 ただ、不幸なことにそれは姫香の後ろに潜んでいた影を動かすには充分だった。


 灰と青の混じった空気を声もなく切り裂き、影が飛び出す。

 瞬きする間もなくそれは男の手首を捻りあげてナイフを落とさせた。

 うつ伏せに引き倒すと両手首をつかんでなおもギリギリと力を込める。男から苦悶の悲鳴が漏れ出しても力は弱まらない。


「夜弦」


 姫香が影の名を呟くと、ぴたりと影は動きを止めた。

 男の背を踏みつけながら青年は立ち上がった。


「大丈夫ですか、姫香さん」


 容赦のない暴力が嘘だったように、夜弦は爽やかに笑んでいた。



 サラリーマン風の男は仕掛け器の様子を見にきた麦わら帽子の中年男性と、共に巡回していたボランティア仲間に任せた。

 いや、任せようとしたが事情を説明せねばならず留め置かれた。


 男が銃刀法違反だったのもあり警察が呼ばれ、その場で事情聴取される。

 姫香は「怪しい人間がいたから様子を見たら猫をいじめようとしていた」で、夜弦は「気がつくと知り合いに向かって男が包丁を振り回していたので止めに行った」と嘘と真実をふんだんに織り交ぜた話をする。

 まさか「猫殺しの犯人だと気付いたので追いかけた」など信じてもらえないだろう。

 サラリーマン風の男はカバンの中に血の付着したタオルや軍手があったことから任意同行をされていった。


 慌ただしくそれらは終わり、野次馬たちから逃げるようにして二人は公園を後にする。


「ずっと、ついていたのか」

「ええ、まあ…」


 予想していた問いだったのか、夜弦は苦笑する。


「所長に頼まれまして…あ、今の言わないでくださいよ!? 秘密って言われてましたから!」


 自ら墓穴を掘っていた。


 おかしな話で殺気にも個人差がある(と姫香は感じている)。麦わら帽子の中年男性に怒鳴られたときにじみ出た殺気は夜弦のものだった。

 そこまで尾行に一切気づかなかったのだから彼の腕もなかなかのものだ。


 夜弦の存在に気付いたからこそ姫香はサラリーマン風の男を挑発した。本当に一人だったなら別の手を使っていただろう。彼が居たからこそ最短ルートで犯人を捕まえることが出来た。

 とどのつまり姫香は夜弦を利用したのだ。今までの付き合いから見て窮地に立つメンバーを見殺しにはしないと信じて。

 悪いこととは感じない。ただ何故か胸の奥がちくりと痛むのを姫香は不思議に思う。


「それより、これで解決ですかね。猫も見つかったし、怪しい男も警察に運ばれたし…」

「あとひとつ、残ってる」

「何がですか?」


 姫香は首を横に振る。

 確実に分かってはいるのだが、安易に口に出すものではないと思ったから。


「一回、事務所、戻る」


 なにより今はとても疲れていたのでいちいち説明するのが面倒くさかった。


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