五話『はじめてのしゅんじゅん』
麦わらの中年男性は事情を聴くと簡単に理解してくれた。
怪しまれてしまうのは日常茶飯事のことらしい。さすがに猫を食べるために捕獲するというのは初めてだったそうだが。
「ブチ猫は見なかったなァ」
誤解も解けたところで、彼はごく親切に教えてくれる。
必死な顔している子供たちを前に文句を垂れ流す気にはなれないようだ。
「もしかしたら縄張りを守る野良猫のせいで外へ外へと逃げだしてるのかもしれん」
「そんなぁ…」
ひとつ安心したかと思えばまた不安事だ。
夏梨はすっかり肩を落としている。姫香は頭を多少乱暴に撫でてやる。
「こっちも他に聞いておくからよ、あんまりこの時間にうろちょろしてんじゃねえ。熱中症になるぞ」
「そっちだってこの時間に仕掛けても猫はいないと思うんだけど」
「夕方になるとあそこら辺が涼しくなってたまり場になるんだ。で、狙ってるやつもそこに頻繁に来るからあらかじめ罠を張っておいたわけ」
「ふーん」
「それと嬢ちゃん」
わしゃわしゃと夏梨の頭を撫でている姫香に中年男性は忠告する。
「この中で一番年上みたいだから言っておくけどよ。聞いたか? さいきんの事件。小動物の」
みなまで言わないのは子供たちにダメージを与えないための優しさか。
姫香は頷く。
…翔太の肩が跳ね上がったが、彼女は見ないふりをした。
「まさかとは思うんだが、人間にまで矛先が向けられる可能性もある。早めに帰るようにしてくれ」
「分かった」
――発言の強さで行ったら中学生で兄と言う立場の翔太の方だろう。姫香は『そこまで怖くない』とランク付けをされているので真面目に聞き入れてくれるかは期待出来ない。
他にも仕掛け器を置いてくると言って中年男性は去っていった。
もう少し付近を探索しようと話し合っていると姫香の電話が鳴った。
先ほどと同じように彼女はその場から離れ、会話が聞こえないところで応答する。
『ヒメ。どこにいる?』
城野だ。
うしろで咲夜の心配そうな声が聞こえる。
「大きい公園」
『…ざっくりしすぎだろ。いくつかあるぞ。周りに何か見えるか?』
「ベンチ、いっぱい」
『だとしたら…ああ、あそこか。公園の看板にスプレーがべったりついているやつ』
「うん」
『だとしたら話は早い。そこらへんにいるらしい。ブチ猫』
多くは語らないが聞き回っていたようだ。金になる仕事でもないのに。
ふと姫香は気になったことを口にする。
「百子は」
電話番号は百子のものだ。
携帯を無くしたとも聞いてなければ勝手に触ったという線もない。前に百子の携帯を勝手に触って大変な目に合ったことを城野はぽつりと語っていたのだ。
あの時の顔を思い出せばそんなこと二度もするわけがない。何が起きたかは、本人の名誉のために伏せる。
『あんたに連絡しようとしたんだがバトンタッチされた。グロかったから吐いてる』
咲夜の声はトイレに籠っている百子を心配してのものだろう。
「それで、どうだった?」
『人の心がないのかよ。…とりあえず死体の共通点。首の切断と、腹を切り開いて中身を出していた。…なあ、これもしかして『鬼』絡みだって言いたいのか?』
「違う」
首切りで嫌な予感がしたのか城野は恐る恐る聞いたが、姫香はきっぱりと否定をする。
「動物、つまらない。人間、遊べる、だから、違う。楽しくないなら、手間かけて、やらない」
『……そうかい』
かつて存在した組織『鬼』は、弱い者いじめをして喜ぶというよりいかに快楽を求められるかを中心に動く方が多いので、猫で遊ぶとは思えない。それが姫香の意見だった。
遊ぶのならば、すぐに死んでしまう小動物よりも人間の方が耐久力もある。
最も、崩壊しておおよそ二年たった今なりふりかまわず殺傷を繰り返している可能性もあるが――。
「あとは?」
『ああ、一匹妙なのがいた。他と比べりゃ中途半端な死体だ。首の骨を折られて、腹を裂かれてはいたが中身は引き出してはいない。一匹目ならまだわかるが、この猫は四匹目だ』
「……」
『どうにも手段が未熟すぎる。…嫌な話、三回も殺してりゃ慣れるはずだろ』
突然不器用になった。
まるで初犯のような手口に変わったのだ。
「五匹目、どうだった」
『四匹目を除けば後は手口は変わらない』
「……」
『ヒメの言いたいことは分かるぞ。便乗犯の存在を疑っている――いや、いるんだな?』
無言という形で返答した。
『そうか。じゃなかったらこんなこと聞きに来るわけないもんな』
「うん」
『で? どうすんだ。猫探しで終わらせるか、犯人とっ捕まえるか』
「…分からない」
自分がどうしたいのか分からなかった。
このまま猫を見つけてそこまでにしてもいい。事件には一切関わりがないのだから。
『まあブチ猫見つけるのが先決だな。暑いから気を付けろよ』
「犯人、捕まえる、言ったら、止めるの?」
『どうせ止めてもやるときはやるだろうし言わねえよ。夕飯までには帰って来い』
普段は過保護と言えるぐらいなのに、今回はどうにもさっぱりとした対応だったので姫香は首を捻った。
しばらく考えて、さきほどの殺気のことを思い出し一人得心した。
なるほど。結局は過保護なのだ。