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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
小話 サマーバケーション
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四話『はじめてのおねがい』

 翌日の一時。

 言われた通りに動きやすい服装――薄着のシャツと七分丈のパンツにスニーカー、それに日傘――で来た姫香は昨日はいなかった人物を見て首を傾げた。

 バツの悪そうな顔をして新顔の少年は自己紹介をする。


「えーと、兄です。翔太って言います。中学校一年です」

「兄?」

「おれの兄ちゃん!」


 元気よく名乗りあげたのは林太だった。

 猫を捕まえるつもりなのか虫取り網を持っている。夏梨は枕カバーを持ってきていた。


「心配だからついてきたんだって。カホゴだよね」

「お前になんかあったら母ちゃんに怒られるのはこっちなんだからさあ」


 さっそく口喧嘩をはじめた兄弟を夏梨が宥め、大地がやんやと煽る。

 三人はそれぞれ近い家に住んでいるらしいので、この翔太という少年とも付き合いがあるのだろう。

 結局は翔太の拳骨で話は終わり、彼は改めて姫香に向き直った。


「えっと、あなたがアンティーク姫、ですか?」

「そうやって話さなくて、いい」

「あ、ごめん…なさい」


 とはいえ、やはり姫香の方が年上だからだろう。

 中学に入り明確な上下関係を自覚し始めた翔太は少しためらいがちに頷いた。


「えっと…あだ名だよね。アンティーク姫って」

「そう」

「本当の名前は?」

「……」


 彼女としては珍しいことに、言葉に詰まった。

 もちろん『姫香』であると答えればいいのだが――昨日からの思考の続きなのか、どれが本当の名前だったか悩んだのだ。

 胸の中で嘲笑しつつ他の選択肢を捨てる。それらは昔のものなのだから。


「姫香」

「えーと、じゃあ姫香さんか。いつも弟が、お世話…お世話になっています」


 たどたどしい社交儀礼には答えず、姫香はじぃっとわずかに背の低い翔太の目を覗きこんだ。

 眩しすぎるほどの快晴下だというのに彼女の目はどこまでも暗く黒い。

 例えるならば深い井戸の底のような。どこまで続くかすら分からず、音も飲み込んでしまいそうな、ぽっかり存在する闇。

 その闇がふたつ並んでいる。


「ひ」


 小さく悲鳴を上げて翔太は後ずさりをする。

 姫香は体勢を戻すと何事もなかったような顔を――もっとも、変わらず無表情だが――する。


「なんか怖いよなー。俺のないしょごとばれちゃうんじゃないかって不安になる」


 林太がケラケラと笑う。

 茫然としていた翔太はその言葉を聞くと「どういうことだ」と強めの口調で問う。


「どういうことって、ねえ?」

「よく分かんないけど、みえるんだろ?」

「でもわたしたちにはないんだって」


 口々に出るのはまとまりのないものだ。

 翔太はそろりと姫香をもう一度――わずかに視界に入るようにして、見た。

 その眼が訴えるのは未知なるものへの怯えだ。化け物に遭遇したような、そんな。


「関係ない」


 姫香は素っ気なく答えた。

 興味を失くしたのかふいと顔を背け、小学生三人組に尋ねる。


「どこにいく?」



「コンビニの裏とかスーパーの裏のゴミ箱にいるかもしれない」

「でもみーちゃんはごみ食べないよ」

「ばーか。ごはんなかったらなんでも食うだろ。頭大丈夫ですかー?」

「うるさい! わかんなかっただけだもんバーカ!」


 大地と夏梨が口喧嘩を始めた。

 夏梨と手を繋いでいる姫香はばたばたと暴れる腕に従いふらふらと身体が揺れる。

 手を離そうにも小さい手がぎゅっと握りしめているので無理だ。


「どこまで探したんだ?」

「このエリアまで」

「ああ、近いところからスタートしたのか」


 林太と翔太は手製の地図を広げながら探索場所を決めている。

 ――翔太は必要以上に姫香に関わることはやめたらしい。初対面がああでは苦手意識を持たれるのも仕方のない事である。


 首からぶら下がる携帯を弄りながら考え事をしていた姫香だったが、ふいにおとがいを上げる。

 口喧嘩はヒートアップし夏梨は涙目になっている。

 あいにく二人をなだめたり説教したり、フォローをするほど姫香は人間が出来ていない。そもそも期待はしないほうがいい。

 だから自分がこれからしたいことを簡潔に述べた。


「電話、する」

「え?」

「聞きたいこと、あるから。ちょっと、離れる」

「あ、うん…いってらっしゃい」


 ある意味必殺技ともいえる、自身のペースに巻き込むだけ巻き込み放置する技を使って姫香はその場を離れた。



『もしもし。珍しいね。どうかしたの~?』


 電話向こうで百子は大層驚いたようだ。

 緊急用に城野と百子の番号は入れていたのだが、その中でも百子を選んだことが意外だったらしい。

 しかし、今は彼が適任だ。


「教えてほしい」

『何を?』

「猫。どこで、どんな、死にかた、してた?」

『うへぇ…マジか~』


 グロテスクなモノが苦手な百子は嫌そうな声を上げた。

 ほんの小耳にはさんだ情報でもろくな死体はないそうだから、詳しく調べるとなるとわざと隠さざるを得なかった部分も出てきてしまう。百子にはきつい仕事だろう。


 こういうときどうすれば相手は動いてくれるのか――

 ぐるぐると考え、シンプルな言葉を一つ口から押し出す。


「おねがい」

『ふぇ!?』


 本当に驚いたようだ。

 向こう側で何かがバタバタと落ちる音が聞こえる。


『うわぁ、録音まわしとけばよかった~! びっくりした!』

「……」

『ま、ヒメちゃんにそこまで言われるなら頑張るよ。それだけでいいの?』

「あとは――」


 声が聞こえるか聞こえないかのギリギリの距離にいる、小学生三人組と戯れている少年。

 それを見てわずかに目を細めた。


「死にかた、違う、猫、いるはず」


 顔は見えずとも百子が困惑した表情になったのを、なんとなく姫香は感じた。


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