一話『はじめてのいらい』
猛暑の外とは対照的に、薄暗く涼しい店内だった。
花瓶、食器、置物、時計、さらにはアクセサリー。
様々な事情により人の手から離れたそれらは次の手に渡るまで息をひそめて鎮座していた。
時が止まったかのように静まり返った店内で、少女は一人カウンターで頬杖をついていた。
胸元を飾る鮮やかな赤のリボン以外は黒ずくめのゴス服。
首にはチョーカー、片耳には欠けた耳たぶを隠すように仰々しい飾りのイヤーカフ。
小さな骨董屋の女主人は、彼女そのものも飾られているのではないかと思うほどに浮世離れしていた。
ぼうっとしていた少女だったが外から聞こえてくるにぎやかな声に気付き視線を出入り口に向ける。
からからと引き戸を開けたのは、まだ小学校中学年ほどの子供三人だ。少年が二人、少女が一人。
遠慮せずにどやどやと入ってくると冷房の恩恵を存分に浴びはじめた。
「すずしー」
「もうちょっと下げないの?」
「暑かったねー」
好き勝手なことを言いながら三人は少女の下へと集まる。
一人がカウンターの隅に置かれている古いオルゴールに気付いた。
「なにこのオルゴール。こんなのあった?」
「触らないで」
「ちょっとだけ」
「だめ」
少女は大切そうにオルゴールを取り上げると少し高いところに避難させた。
ケチだなんだと騒ぐ少年を無視すると残りの二人に向き直る。
「学校は」
「えー? 『アンティーク姫』はやっぱりお姫さまだなぁ。夏休みに決まってんじゃん」
「そう。夏休み」
店主は特に興味なさそうに頷いた。せいぜい長期休みだったかと思うぐらいだ。
彼女は実の名を姫香と言う。『骨董屋の姫香』が回り回って『アンティーク姫』とあだ名をつけられた。そう呼ぶのは主に子供か老人だが。
目の前の子供たちもそんな珍妙なあだ名で呼んでくる。
オルゴールに触ろうとした少年大地、林太、夏梨は家が近いのもあるからかよく冷やかしに来ていた。
今日もどこかに出かけるついでに寄ったのかもしれない。水筒に帽子、タオルと暑さ対策を万全にしてある。
二階の事務所に勤める百子からお菓子をいくつか貰っていたのでそれをあげようかと考えた時だった。
カウンターに三本の手が伸び、ばらばらと何かが置かれる。
ビーズのブレスレットと、石ころと、最近はやっているキャラクターの描かれたメダル。
姫香はじっとそれらを眺めた後で少年たちに目を移した。
口に出さずとも分かったらしい。大地は元気よく言う。
「いらいしにきた!」
○
骨董屋の二階、城野探偵事務所。
机の上に置かれた『依頼費』を見て探偵事務所所長の城野は深々とため息をつく。
「…却下。やらない」
簡潔に下され子供たちは抗議の声を上げる。
「えー! ケチ!」
「ハゲ!」
「やくざ! やくざ!」
「うるせえガキども! これはな、スキンヘッドっつーんだよ! あんたらの親父の毛根事情とは別なの!」
客用ソファで口々に言いたいことを言う子供と、対面のソファで悪あがきする城野の精神レベルは傍から見ると同じぐらいだった。
その傍に立っていた百子は呆れてため息をつく。
「なんだか墓穴ほってるよ、ケンちゃん…」
「やかましい」
給湯室から冷たいお茶を持ってきた姫香が人数分置いた。
それから無言のまま"依頼者"を眺める。
「とりあえずお子ちゃまの皆さまに言うけどな、基本的に世の中は金で回ってるんだよ」
「きたない大人だ!」
「しゅせんど!」
「知ってる! 悪いことしてる人のいうことだ!」
盆にお菓子を乗せて持ってきた咲夜はそれを聞いて苦笑いをする。
事実ではある。
この探偵事務所は悪いことどころかグレーゾーンとブラックゾーンを漂っている。
「清らかな大人なんていないですぅ。絶滅危惧種ですぅー。ーーだから、当然ここも金で問題事を解決しているわけだ」
「これじゃ足りないってこと?」
「その通りだ。まあ、それぞれの宝物なんだろうなってのは分かるけどよ…」
「そのメダル、けっこうレアのやつだよね」
夜弦が横から口出しをする。
どうやら依頼を受けてくれないとしょぼくれ始めた林太の顔がパッと明るくなった。
「知ってるの!?」
「うん。"ネズミ衛門最終形態"だよね。五分経つと自爆して魚のえさになる」
「そう!」
「えげつない設定だけど大丈夫なのそれ~…」
話が脱線してきていることに気付き、城野は咳ばらいをする。
全員の目が城野に集まる。
いや、子供たちは彼よりお菓子を見ている時間の方が長い。
「で? そういうレアもんを出してまで何の依頼をしたかったんだ」
夏梨は幼い笑みで答えた。
「猫さがしてるの!」
さっと、大人たちの空気が変わる。
姫香もその理由は分かっていた。
――最近、近場で小動物の殺傷事件が絶えず確認されている。