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一年と十か月前 終われなかった話6

「まだ…」


 城野はぼんやりと口の中でつぶやいた。

 夕飯を取っている途中だったが、どうしても食事に集中が出来ない。


 まだ、終わっていない。

 終わらせたはずなのに、終われなかった。

 その事実に膝から崩れ落ちてしまいそうな衝撃があったのは確かだ。


 『鬼』に復讐を果たそうと踏み行ったあの日を思い出す。

 城野は直接見ていなかったが、状況判断で『鬼』の組員を虐殺したのは青年で間違いがないだろう。

 だからこそ城野はすんなりとボスの下にたどり着き殺せたわけだが。

 ほとんど終わったものだと目の前に広がっていた惨状を見て無条件に結論付けてしまったのだ。


 『鬼』は完全に壊滅しただろうと――


 それなのに、青年は「まだ」と言った。

 まだいるんだと、呻いた。

 ただのうわごとだと笑い飛ばせはしなかった。現に『鬼』の娘と名乗る少女が生き残っている。

 彼女を抜きにしても、青年がボスのほかにどうしても殺したかった人間がいて、しかも殺すことが出来なかったとなれば。

 まだそいつらが逃げ延びて生きている。そういうことになる。


 問題は山積みで、何処から切り崩していいのかも見当がつかない。

 事後処理がここまで大変だとは思っていなかった。


 ふと対面に座る少女の動きも止まっていたことに気付く。


「……」

「……」


 灰色のだぼだぼスウェットを着た少女は思いっきり顔をしかめている。

 普段の無表情さからは想像もつかないぐらいの険しい表情だった。


 手には麻婆豆腐が掬われていたレンゲ。

 そもそも城野の家は辛党しかいなかったので今回も同じ調子で辛い物を調理したのだ。

 結果がこれである。 


 もぎゅ、もぎゅ、とゆっくり咀嚼している。

 早く飲みこめばいいのにと思わなくもないが、辛くて次の行動に移る勇気がないのかもしれない。

 オレンジジュースなど甘いものを好んでいたので味覚はあるのだと推測していたが、何を食べても同じ表情なのでこだわりはないと判断していた。

 どうも子供舌らしい。


「辛いか」

「からい」

「辛いか」

「つらい」


 麦茶を渡す。

 ちびちびと飲み、辛さを忘れようと努力しているのが良く分かった。

 これはカレーも絶望的だろう。


 落ち着いたのか少女はようやくコップから口を離した。

 声を掛けようとして、名前に引っかかる。


「そういやあんたさ、本当の名前はなんていうんだ」

「……ひめか…」


 そういう名前になっている。

 偽名だとは分かっていた。その時の答え方で椎名百子も気づいたはずだろうが、何も言わなかった。

 国府津咲夜が青年の容体を医者から聞くためにたまたま席をはずしていたのは僥倖だ。恐らく違和感を覚えられ問い詰められていたことだろう。


「いや、モモに名前訪ねられる直前にテレビで女優が出ていたよな。そいつの名前も姫香だった。そこから取ったんだろ」

「…嫌なやつ」

「最低最悪なクソに育てられたからな、多少は嫌な奴だろ。…なんか知られちゃまずいのか教えてくれ」

「お前、困る」

「俺が? どうして」

「私、『鬼』、生き残り、バレる、まずい。そうだろ?」


 どうにも分かりにくい喋り方だ。

 頭の中で文章を組み立てながら頷く。


「生き残り、いっしょ、住む。『国府津』、怒る」


 仇敵の生き残りと住んでいることがばれたらヤバいだろうという話だ。

 確かにそうだ。

 が、今更放り投げるわけにもいかないし、何処かと連絡を取っているわけでもトラブルを巻き起こしているわけでもないのでズルズルと同居している。

 こういうところは判断が甘すぎると城野は自嘲した。


「それも困るが、名前とは関係なくないか?」

「私、『鬼姫(オニヒメ)』。そう言う」

「そりゃ…まあ…バレバレもバレバレだな」


 思いっきり関係があった。

 なんだか知らないがボスに近いものは『鬼』にちなんだ二つ名が与えられていたそうだ。

 娘である少女にもそれは適応されたのだろう。

 と、なると同じ"姫"に親近感を覚えたから姫香を採用したのだろうか。城野としてはどうでもいい話である。


「…あいつは?」

「は?」

「国府津、夜弦。死んだ?」

「生きてるよ。なんだ、気になるのか」


 こくりと少女は頷いた。


「会いたい」

「会い…!?」


 さすがに驚いた。

 『鬼』がどうなったか、あの青年がどれほどの脅威なのか、この少女が知らないはずがない。

 その上で会いたいと言っているなら正気の沙汰ではない。

 相手はどうやら『鬼姫』までは知らなかったようだが、ぽろりと真実を言ってしまえばどうなるか。記憶の呼び水となったら。

 

「でも、あいつは…なんだっけ、国府津夜弦は『鬼』のメンバーをほとんど全員殺してたんだぞ。あんただって…」


 殺されるかもしれない。

 ためらいと共に飲みこんだ言葉はしかし、少女には通じたようだ。


「それで、いい」


 彼女は言った。


「ずっと、待ってたのに」


 ――『国府津』と連絡がついたのはそれから数日後。

 そして、名もなき少女と記憶なき青年が実際に顔を合わせたのはさらに数日たってのことだった。



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