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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
一章 遺骨ペンダント
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九話『盗聴器』

 決定的瞬間を見たものの、騒ぐのはいい案じゃないとすぐに悟った。

 姫香さんはこのようなことはあると予測していたのだろうか。エスパーかな。

 いや、ここは一応探偵事務所だからそういうのに敏感なのかもしれない。

 僕は全力で知らないふりをしながらお茶を配り終える。


「見たことない顔ですね」

「ないね~」


 彼らは嘘を言っていない。だって、顔を見たのは僕と姫香さんだけだから。


「あんたは?」


 なんでよりによって僕に回す。

 下手な反応してしまったらどうするんだ。自分のことながら信用ならないぞ。

 しかし所長も何も考えないで話を振ったわけじゃないだろうと信じて写真に目を落とす。

 ……。

 あの時見たよりも若いが、確かにあの女性だった。


「えーと…もしかして近くのスーパーのレジのおばさん、ですかね?」


 表情をぐっとこらえ、あえて外した答えを口にする。

 案の定写真を提示した人は失笑した。


「いえ…じつは数日前からこの方の行方が分からなくなっていまして。携帯の電源を入れていればある程度は場所が分かるのはご存知ですか?」

「ああ、基地局で大雑把には分かるんでしたっけ」

「そうです。最後に発信があったのはこの付近でした。――ここの下に店もありますし、女性のことを見ていないかと思ったのですが」

「知りませんね」


 所長は真面目な調子で言った。だけどニヤつきが抑えきれていない。

 面白いことになったと、そういう顔だ。


「いなくなってすぐに警察が探すってことは、なにか事件でも絡んでいるんですか?

 違うな、彼女が自分の意思で隠れたから必死で探しているんじゃないですか?」


 ぴしりと二人組の表情が固まった。そしてすぐにしまったと顔色が変わる。

 百子さんはあっちへ行けと僕に手で合図した。

確かにこれ以上はもう僕に出来ることは何もないし、下手な行動をしかねない。

 もう見るものは見た。素直に従う。


「すいません、そこまでは言えません」

「でしょうね」


 出たよ、所長の必殺技。知らないことなのにハッタリかまして知ったかぶりする。

 インチキ占い師になる素質でもあると思う。


 給湯室を覗くと、姫香さんがシンクに行儀悪く座って足をぶらぶらさせている。かわいい。

 僕に気付くと「どうだった」と言うように首を傾げた。

 指で丸を作ると満足げに深く頷いてまたぶらぶらを再開させた。かわいい。

 それから所長たちはいくつか世間話のような、腹の探り合いのようなことを静かに進めていた。


「ま、人探しが難航しているならいつでもお受けしますよ。なんたってここは探偵事務所ですからね」


 どこから湧きだすのか分からないほどに自信たっぷりな声だ。これにはさすがの百子さんも苦笑いしていることだろう。


「いざとなればそうさせて頂きます…お騒がせしました」


 社交儀礼を織り交ぜて、あの警察(?)二人組が席を立った気配がした。

 おや。さすがに不味いと思ったか。

 姫香さんはすいっと給湯室から出ていき事務所のドアを開けた。容姿も相まってメイドさんみたいだ。

 二人は姫香さんに礼をして「では」と階段を下りていった。ゴンゴンと足音が小さくなっていく。


「はー。依頼じゃなかったか」


 大げさに所長が息を吐く。

 それからスタスタと僕ら所員のデスクのそばに置かれているホワイトボードを前に立った。


「まだだ」


 振り向かずに放たれたその言葉は咲夜さんに対してだったのだろう。そろそろ出てもいいかと動き始めていたのかごとんと鈍い音がデスクの下からした。頭ぶつけたな、痛そう。


「で。何だツル?」

「何って」


 あまりにも情報が少なすぎて何がしたいのか困惑する。

 彼にしてはなんだか不親切だ。短い付き合いながら、説明することはちゃんと説明する人だと思っていたんだが。

 姫香さんは僕の腕を引っ張ってホワイトボートまで連行しペンを握らせた。


「ああ…」


 なるほど。なんか見たのならそれを示せってことね。

 僕の態度からして所長も百子さんもある程度察しているらしいし、

 めったに文字を書かない僕が漢字が書けるだろうかと一瞬不安になったがそれは杞憂だったようだ。


【盗聴器が仕掛けられていました】


 デスクの下から頭を抱えてそろりと咲夜さんが出て来た。

 そして空気を読んでホワイドボートを見、神妙な面持ちで僕らを見回した。


【どこに】


 所長がひどく汚い文字を書き込む。 本当にひどいな。


【ソファの、マットの隙間に。盗聴器以外だったらすみません】

【OK。見るぞ】


 案内を頼むという風に所長が僕を見た。

 先導して、ソファを指さす。

 慎重に覗き込むと、確かに黒い小さなプラスチックの箱が収まっていた。一見しただけじゃわからないぐらいうまく滑り込ませたようだ。

 所長が難しげな顔をしたあとに窓に近寄り外を覗く。そっちから見えるのは個人管理の駐車場だけだが。そして振り向いて僕らをぐるりと見た。


「茶、片付けてくれないか」


 放たれた言葉は、拍子抜けするほど普通のもの。

 姫香さんは小さく頷いて、言葉通りにまだたっぷりとお茶の残った器を集め始める。あの人たち飲まなかったんだ。せっかく入れたのに、もったいないな。


 そして彼女はお茶をだばだばと盗聴器にぶっかけ始めた。

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