ドッキリバレンタイン
人見知りなオレは、自分から人に話しかけるのが苦手だった。でも周囲のみんなは、オレは話しかけやすい、親しみやすい人物だと評する。
そんなオレは、バレンタインデーに中学時代から女友達に友チョコや義理チョコをたくさんもらっていて、毎年もらえるのが普通になっていた。
高校二年生になった現在もその状態は続いている。バドミントン部の朝練の終わり頃には、マネージャーや後輩先輩から四十を超えるチョコレートをもらっていて上機嫌になっていた。
朝練が終わって昇降口でも何個かチョコを渡され、教室に入ってからも「はい、義理チョコ!」と堂々の宣言をされながらもらう。そんなこんなで放課後にはチョコやクッキー地獄になっていた。
鞄はすっかり重くなり、呼び出されまくってへろへろだったオレに、友人が追い打ちをかけるように伝えてきた。
「おい、高橋! 女の子がA棟の三階まで来てってさ」
「ええ~。もう食べ切れないんだけどなあ」
だがオレの性格上断れない。ぐったりしながら、指定された場所へ足を運んだ。
「え……」
A棟の三階に近づき、目を向けてオレは驚いた。待っていたのは何とオレの憧れの先輩。美人で有名な三年の先輩だ。
まさかの待ち人にオレは焦った。落ち着こうと、手近な消火栓の陰に飛び込む。隠れて、冷静になろうと、大きく深呼吸をした。
少しばかり動揺がおさまったところで、何故かオレの心の中の天使と悪魔が囁きかけてきた。
天使のオレは『あれはどうせ、義理チョコですよ。緊張せず、爽やかに受け取りましょう』と言う。
悪魔のオレは『これ絶対ドッキリだぜ! 周りよく見ろよ!』と言う。
両方の言葉を聞いて、オレは考える。冷静になったつもりでも、オレは焦っていた。思考は鈍りに鈍り、わざわざ呼び出した=ドッキリだという結論に至った。どうしてドッキリと思ったかといえば、実は去年もドッキリをやられていたから。
去年は二人の女の子に同時に告白された。どちらも断ろうと考えていたら、目の前で女の子二人が喧嘩し始めたのだ。
「高橋くんは私と付き合うの!」
「私とだよ!」
突如始まった掴み合いの喧嘩に呆然としていたら、ドッキリ企画者たちがオレのところに押し寄せて、ドッキリ告白だと白状したのだ。
オレはがっくり項垂れた。告白を真剣に受け止めて、どう傷つけないで断ろうかと必死で考えていた最中だったのに。今思うと、あの考えていた時間が人生の中で一番無駄な時間だったような気がする。
もうその手は食わない! ドッキリ告白される前に断る!
満を持してオレは颯爽と階段を上がろうとして、いきなり段を踏み外して盛大にこけた。……空回っているなあ。
大体、先輩がオレに気があるはずがない。
『好きな人がいるんだけどねー』
『この間、好きな人と廊下ですれ違っちゃった』
などと、いつも『好きな人』の話をオレにしていた。『好きな人』がいるならばオレに告白はありえない。ドッキリ大前提でオレは先輩の前に歩を進めた。先輩の栗色の髪を見下ろす。
「急に呼び出してごめんね。高橋くんに渡したいものがあって……」
オレは既にこの時点で確信した。ドッキリチョコだと。
「一生懸命作ったんだけど、よかったらもらってくれる?」
「え、いいんですか?」
ふっ……。その作戦は想定済み!
「うん……あのね、この意味……わかる?」
ここでオレは反撃に出た!
「わかりますよ。本命の方へ渡す予行練習ですよね? 応援しているので頑張ってください!」
勢いよくそう答えた瞬間、いきなり階段の上下から先輩や後輩、同輩がぞろぞろとやってきて、オレを取り囲んだ。やっぱりドッキリかあと思っていると、ものすごい力で引っ張られ、別教室へ強制連行。そこで、みんなに怒鳴りつけられた。
「馬鹿か、高橋! 先輩が折角本命チョコを渡そうと、勇気を出してお前を呼び出したのに!」
「え? は?」
「だから先輩はお前のことが好きなんだよ! 何だ、あの受け答えは?!」
呆気にとられてオレは事情を聞く。オレが先輩に気があるのはみんな知っていたようで、今回の先輩の告白大作戦を見守っていたというのだ。必ず成功するだろうと思っていたのに、オレが頓珍漢な返事をしたので、みんな愕然としたという。
「え、ええ……! じゃあ、早く誤解を解かないと」
オレは先輩の元へ急いで舞い戻った。先輩は階段のところでぼろぼろ涙をこぼしていた。『好きな人』の話は、オレの気を引くためのものだったのだ。己の鈍さに心底申し訳なく思う。
「あの……すみません。オレ、ドッキリ告白だと勘違いしちゃって……」
「……ドッキリ告白……?」
「そういうのがあるんですよ……」
チョコを大量にもらうのも考えものである。大事な人からの告白を、馬鹿な返事で断ってしまうところだった。
境遇を説明すると、意外な提案をされた。
「じゃあ明日、バレンタインのやり直しをしてちょうだい」
「やり直し?」
「明日、誰もいない場所でもう一回告白するから!」
翌日、再び放課後A棟三階へ。昨日と同じやり取りをする。
「うん……あのね、この意味……わかる?」
「はい、ありがとうございます。オレへの本命チョコですよね!」
やり直しをする意味はあったのかわからないが、彼女がそれで満足するならいいとしよう。晴れてオレたちは付き合うことになった。
──バレンタインとは、ハプニングが多いと思う。でも先輩と幸せになれたからバレンタインも悪くない。先輩と見つめ合い、笑い合った。
こんにちは、チャーコと申します。
とある男性のバレンタインハプニングです。許可をいただいて書きました。
実話だそうです。『ドッキリ』でウソ告白とか本当にあるのですね。