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ほいほい

ほいほい6

作者: ひんべぇ

シリーズ第六弾です。

 ――前回のあらすじ――


 段ボール箱、開けた。なんか出てきた。女子力戦争がぼっ発。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 僕の住まいである、狭い一Kのアパート。


 いま、そこでは、ふたつの視線がぶつかり合い、火花を散していた――


「がるるるるる……」


 猛犬のごとくうなる益荒男――『座敷さん』。自称座敷童のおっさ――少女である。


「シュ……シュシュ……」


 そんな座敷さんを牽制けんせいするように。ポニテを振り乱しながらシャドーボクシングを行う少女――『川姫さん』。


 このふたりの、居候権を巡って……。家主である僕の意向を一切無視した『女子力勝負』と言う名の戦がいま、始まろうとしていた……。


「ふふふ……。家主さんのご友人から指導を受けた私の女子力は五十三です……。――まさか、勝てるとでも……?」


 余裕たっぷりに……。座敷さんはその巨体で川姫を見下ろす。


 ――いや、五十三って……。また微妙な数値を……。


 しかもそれ……。『女子力』じゃなくて、本当に『戦闘力』……だよね?


 座敷さんは指から『コキコキ』と音を鳴らしたいのか、もぞもぞしている。けれど、なんでか聞こえてくるのは『プチュプチュ』と湿った音……。――来週あたり、病院に連れていこうかな……。


「ふ……。ふふふ……。そ、そそそその程度かぇ? わらわの『じょしりょきゅ』……は、いくらじゃ?」


 川姫は、『女子力』と言う。川姫にとって未知の言葉に動揺しつつ、不敵に笑う。そして、座敷さんに表情を――動揺した顔を見られないようにだろう……。ぴっちりゴムっぽい素材の着物――その袖で口もとを隠しながら、その目は僕に――


「――って、えっ? 僕?」


 まさかこの娘……。僕が『女子力』のスカウティング能力でも持っていると勘違いしているっ?


 よく分からない期待に満ちた目。――正直、口もと隠しても目がそれじゃあ、意味ないじゃん……。


「ん? だ、駄目なのか……? ももももしかして、わらわ……。『じょしりょっく』――ないのかの……?」


 さて……。どうしよう? この期待に満ちた目……。裏切ることは許されない……気がする。


 まあ、こういう時こそ、気ごころの知れた座敷さんにフォローしてもらおう……か……?


「や、家主さん……。いつの間に、そんな神通力を……? ――はっ! もしかして、私の『座敷力』……。勝手に使いました……?」


 ――駄目だ……。いつの間にか、座敷さんのなかでも僕は『女子力測定能力』を持っていることになっている……。


 しかもポイント使ったとか……。


「――座敷さん、ポイントなんか貯まっていないでしょ……?」


「――あっ」


 これ……。本格的に、『座敷力』管理しなきゃ……だよね? この益荒男……。僕がついていないと、いつか『借金』ならぬ『借座敷力』とかに陥ってしまいそうだ……。


「――のう? そろそろ、わらわ……。放っておかれて、泣きとうなってきたのじゃが……?」


 なぜかヒモを囲う女性の気持ちを理解しつつ。川姫にそでをつままれて、話はようやく本題へ――


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


『――ふぁあぁぁ……。じょしりょくぅ……? そんなの、『家事のさしすせそ』で良いんじゃないですかぁ……? まったく……。こんな朝っぱらから……。ボク、夜勤明けなんですけど……?』


「あぁ……。ごめんごめん。今度なにか埋め合わせするから……。――ん、じゃあね?」


 ――ピッと、通話を終える。


「ししょ――お友だちさんはなんと?」


「――ぉわっ? ちょ、座敷さん、近い!」


 背筋をピンと伸ばして、座敷さんは両こぶしをひざの上に。――まるで戦国武将のような雰囲気に、僕は思わず体がビクッとなる。


「あら? 家主さん、照れてますか? ――うふふ……」


「あれ? 座敷さん、死にたいのか? ――ふふふ……」


 ――益荒男のクネクネテレテレとか……。なんで朝っぱらから……。


 げんなりしながら、ふと足元に目をやると……。


「――ほぉぉぉッ……。なんじゃ? いまのはなんじゃ? だれぞ、その板におるのかえ? 見せてたもっ? 見せてたも!」


 む……。どうやら川姫、勝負そっちのけで僕の携帯を見て目を輝かしている。――またベタな反応を……。


 スッと――携帯を右へ。


「――っ」


 川姫の視線もつられて右へ。


 スッと――携帯を左へ……。


「――っっ」


 またまたつられて左へ……。


 ――ピッ!


『お掛けになった番号は、現在電波の届かないところにあるか、電源が入っていないため、おつなぎできません――』


 絶対にかからない番号を押して、スピーカーでその音を聞かせてみる。


「――っ! っ?」


 おっ? どうやらいきなり人の声が聞こえてビビッてしまったみたいだね……。しかし、その視線は携帯にいまだくぎ付け。――さて、そろそろからかうのは止めて、少し触らせてみようかと思ったところで――


「………………」


 ――座敷さんと目が合った。


「ほら、触ってごらん?」


 大丈夫。僕もちゃんと弁えているよ? 座敷さんの言わんとすることは分かる。要は、余り中途半端にからかわず――


「よ、よいのか? これは……ほぅ? うむむぅ……」


「――気を付けてね? このなかにいるのは、凶悪なやつだから……」


 ――全力だ!


「――ひぅっ? そそそそのようなことは、早う言うてたも? な、なんぞ面妖な音がしたのじゃ……」


 どうやら通話オフのボタンを押してしまったらしい。川姫はオロオロとしながら、携帯を離すわけにも、持つわけにもいかず涙目になっている。


 そしてついには、ライバル? であるはずの座敷さんに携帯を持っていき――


「ど、どのような化生が入っておるのじゃ? も、もももちろん、わらわにとっては、どのような化生であろうが、ひと掃いじゃがの? うん、怖いなどとは思うておらぬぞ? ほんとじゃぞ?」


 ――さりげなく押し付けようとしている。


「――ソレを……。私に聞くのですか……?」


「――ひぅっ! よ、よいっ! どどどどうせ、大したことのない化生であろ? わわわわわらわが知るほどのこともないじゃろうっ?」


 川姫は座敷さんの「むぅ……」と言う苦悶くもんの表情におびえ始め、耳を両手でパタパタとふさぎ始めてしまった。そしてそんな川姫に気をよくした座敷さんは、なぜか『見たら一週間以内にテレビからはい出てくる女性霊』の話を始めてしまう……。あげくの果てには――


「ぎゃあああああんっ! い、いやじゃ! わらわ、聞いてない! 知らんもんっ!」


「ややややややや家主さ~ん! 話してたらなんだか、怖くなりました! い、いませんよね? テレビのなか、いませんよね?」


 ――どうでもいいけどさ……。この子らはまったく……。自分たちも人外だというのに。とくに座敷さん。自分で話しておきながら……。


 余りの情けなさにしばし呆然ぼうぜんとしていると――


「――ぃっ! っせーぞっ! ピーピーやかましい……。ガキ泣かしてんじゃねぇよ!」


 ――いつものごとく。下の住人さんから苦情が――


「――ガキの笑い声くらい……。守ってやれよ……」


 ――っ? 下の人っ?


「――す、すみません……?」


 ――なにがあったのっ? すっげぇ聞きづらい……。って言うか、謝りづらい?


 思わぬ出来事に、またまた呆然ぼうぜんとしていたけれど……。


「うそ……? それはまことかの? 座敷よ……。どうなのじゃ?」


「ふぃっくしょん……ってやつらしいです。――どうやら、私は自分でも手に負えない化物に手を出してしまったようです……。家主さん……。助かりました……」


 ふと気が付けば……。座敷さんと川姫は互いにがっぷりよっつ。抱き合いながら、励まし合っていた。


 ――もう君らってさ? 和解してるよね……?


 そんな僕の思いを胸に秘め。


 勝負はついに始まった――


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「はい、では君たちにはこれから『女子力五番勝負』を行っていただきます」


「はいっ! 家主さん!」


「んむ……」


 涙のあとがにじむ座敷さんと川姫。ふたりはいまだに、くっつき合ったまま。僕の開催宣言に耳を傾けている。


 さて、思い付きで始まった『女子力五番勝負』だけど。


 やることはいたって単純。『家事の『さしすせそ』』に従ったお題で、勝ち負けを決めていき、最終的に勝ち数の多い方が勝者。


「――ふっ……。らくしょーですよ。家主さん……?」


 ……うん。説明の合間合間に、バチコンバチコンと右目をつぶってアピールしてきてるけど座敷さん……。僕、手心とか加える気、一切ないからね? ――むしろ、そのウィンクがイラッときてるから、審査が厳しくなると思うよ?


 そんな意味を込めてコクリとうなずく。


「ふ……。ふふ……。勝った……」


 案の定。勘違いしてしまった座敷さんは不敵に笑っている。


「お、おおぅ? 座敷……。主はまさかっ! 日ごろから……。お手伝い……して……おるのかえ……?」


 どうやら、家事手伝いは苦手らしい。川姫は羨望せんぼうと恐怖の入り混じった目で、座敷さんを見上げている。


「――うぅ……。ももも、もちろんですよ! それはもうっ! 家主さんときたら、もう私がいないと、なにも出来ないほどですもんっ!」


「おぉ……。すごいのぅ! すごいのぅ!」


 ――さて……。ヤルか……。


 こうして罪悪感と、ふたたびやらかしてしまった恐怖にもだえる座敷さんを置いてけぼりに、勝負は開始された。


 まずは――『さ:裁縫』。


「ここに誰かさんが、泣く、喚く、駄々をこねる、ホラー映画にビビッてビリって破く――などの結果。ボロボロになってしまった衣服があります。これを修繕してください。制限時間は三十分。――では、スタート!」


 簡単な説明とともに、競技が始まる。


 僕はおせんべいをかじりつつ、ふたりの様子をのんびりとうかがうことにした。


 ――まずは座敷さん。


「ふんふふーん」


 よし……。座敷さん、スティックのりは裁縫に入りません! ――それでくっつけた衣服とか、誰が着るか!


 ――続いては川姫。


「――ふぇ……。びしょびしょじゃぁ……」


 う~ん……。どうやら金属の針を使うのは嫌だったって言うか出来なかったみたい。川姫は水を出して、それを針にしている。そしてゆっくりとではあるけれど、ほつれや破けは直って来ている。――ただし、全てびしょぬれ……だけど。


 そうこうしているうちに、残り時間十分。


 全ての衣服へののり付けを終えたらしい座敷さんが、トコトコ――いやドッスドッスと、僕のそばに寄ってきた。


「家主さん、家主さん。そこ、ボタンが取れ掛かっていますよ?」


 そしておもむろに僕のシャツの袖をつつく。


「仕方がないなぁ。私が直してあげます!」


 ふんすっ――と。なぜだか興奮気味の座敷さんは、僕からシャツを剥ぎ取ると、その手に針と糸を……。うん……。それを使えるなら、どうしてのりを使った?


「――むむっ? と、通りませんね……。あっれぇ……。むむむ……」


 座敷さんは針に糸が通らないのか、プルプルと震えながら指先を見つめている。


 そして最終的に――


「――あっ! そうですよ、袖がなければボタンがなくても良いですよねっ?」


「――はい?」


「ふんぬぁぁぁぁぁぁぁあっぁ!」


 止める間もなく……。僕のシャツが一枚、無駄になった瞬間だった……。


 ――勝敗の結果? 当然、川姫ウィンですよ?


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「うぅ……。家主さん、りふじん……」


「むぅ。座敷よ、誰とて不調はあろう……。落ち込むでないぞ? 主はようやった。誰が言わずとも、わらわが褒めてつかわす!」


「うぅ……。川姫さぁん……」


 ――君ら、実はもう仲良しだろ?


 正直、勝負の意味がなくなりかけているけれど……。


 続いては――『し:躾』。


 正直、どうしようかと思った項目だけど。


 友人いわく――


『ファぁ……。あのね? しつけって、『身を美しく』――でしょ? だから、身だしなみとか、化粧とかで良いんじゃないかなぁ?』


 ――ってことだったので。


「えぇっと、そろそろ泣きやんだ?」


「――はいっ! ばっちりです!」


「んむっ!」


 どうやら座敷さんは立ち直ったらしい。武骨な顔に笑顔を浮かべて、白く頑強な歯を見せてくれた。


 座敷さんと川姫のやる気を確認した僕は、ふたりに次の競技内容を説明する。


「君たちにはこれから十五分後。室内限定のファッションショーを行ってもらいます。採点項目は『化粧』と『衣装』。どちらがより美しいか、ただそれだけ……です!」


「ふふふ……。勝った……」


「――っ!」


 ――おおっ! 座敷さんが悪だくみする時の表情でなく。本当の意味で『勝てる』と感じている表情をしている!


 先ほどとは違って、経験から来る自信。そんなモノが感じられて、川姫も「グヌゥ……」とかうなっている。


 ――これは……アツい……アツい戦いが、期待できるぞっ!


「――なんて思ってたんだけどなぁ……」


 ちゃぶ台に肘をつき。僕はため息をつく。


 目の前には――


「どうですかっ、家主さん! 私、きれいですかっ?」


 ――赤一色で化粧した座敷さん。ただし、歌舞伎の隈取風……。


 そして相対するのは――


「どうじゃっ、家主どの! わらわも、見てたも?」


 ――水彩絵の具? らしきナニカで顔全体が水色に塗りたくられた川姫。たぶん水が混じり過ぎたんだろう……。融けて化粧じゃなく。本当に化生って感じになっている……。


「――うん。ふたりとも、よくできたね? ドロー!」


「――えっ? 私、鮮やかですよね?」


「うん」


「――赤い……ですよね?」


「う……ん?」


「女の子を具現化してます……よね?」


「うぅん?」


 どちらかと言えば、『猛々しいおのこ』を体現していると思う。――それは告げずに、座敷さんを「まぁまぁ」となだめる。そしてふと、座敷さんの隣。同じく『解せぬ』と言う表情を浮かべた川姫を見る。


「わらわも……がんばったのに……」


 どうやら会心の出来だったらしい……。


「川姫さん……。大丈夫です。家主さんは男の子だから、私たちの化粧姿がっ! この美しさが理解できなくて、驚いているだけですよ!」


「そう……かの?」


 ――まあ、実際には座敷さんに関しては『驚いた』ではなく『慄いた』――だけど。取り敢えず、理解できないってのは正解かな? うん。理解できてたまるかってね?


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 そんな訳で三試合目――『す:炊事』。


 これは審査がしやすい。ちょうどそろそろお昼だしね?


「はい、それではこれからお昼ご飯の用意をしてください。――材料など、とくに指示はしないから、好きなように作ってください。――おなか空いたので、出来れば早めにっ!」


 景気づけに、「すひゅう」と口笛を吹いてみる。


「ふ……ふふ……。勝敗はすでに決しています……」


「な、なんじゃとっ? ――な、なにゆえじゃ!」


「それを敵であるあなたに教えるとでも……?」


 ――余裕たっぷりの座敷さん……。でも、確かにね? 勝敗はある意味決まっている。これに関しては、座敷さんが不利かな?


 ――だって座敷さん、料理が出来ないもんね?


 僕が生温かく見守っていると、川姫はそれをどう受け取ったのか……。


「は、はわわぁ……。信頼じゃ……。信頼のまなざしじゃ……。わらわ……。ここで負けるのかえ? い、いやじゃ! いやじゃあああ!」


 そう言うと川姫は風呂場に直行してしまった。


「――あれぇ?」


「座敷さん、なんかハードル上がっていくねぇ?」


 圧倒的な『女子力』を誇る。――そう勘違いされた座敷さんは、ダラダラと滝のような汗を流して、風呂場を眺めている。


 しかし川姫……。一見、負けそうになって――のように飛び出したけど……。いま、二戦一勝一分けで、君が有利なんだよ?


 そんなことを考えつつ、僕も座敷さんと一緒になって風呂場へと視線を移す。


 やがて――


「ま、待たせたの? わらわの……。わらわのあがき、見るとよいぞ!」


「こ、これは……」


 風呂場から出てきた川姫。その手に握られているのはなんと――


「しゃ、鮭?」


 ――活きの良い。ピッチピッチの鮭だった。


 川姫は僕のつぶやきが聞こえたのか、どやぁっとした表情でフンスと鼻息ひとつ。


 しかし僕はそれどころじゃない……。――僕の部屋……。風呂場から鮭が取れるのっ? ――それが気になって気になって……。


「家主さん……。都会の風呂場は、すごいんですね……」


「――座敷さん、変な理解を示さないで……?」


 どこの風呂でも鮭は獲れません……。――獲れないよね?


「ま……まあの? わらわほどになれば、わらわを慕って、川から鮭がふろがまに飛び込んで来るのじゃ! これがわらわのじんぼーじゃの!」


 ふぅむ……? そんなもんなのかなぁ……? ――なんか微妙に川姫が……。まるでいたずらがバレないか、びくびくする子どもみたいに見えるけど……。


 ――まあいっか。それよりもせっかくの鮭! 久々の鮭!


「むぅ? 家主どの、鮭はお好きか「大好き」――そ、そうかそうか……。ならばしばし待つがよい。わらわの鮭、たんと食わせてしんぜようぞ?」


 川姫はそれからしばらく――


「ややややややや家主どのっ? これは? これで焼けるのかえ?」


「うん。グリルだからね」


「ぐりるとな……? ほぅ……。すごいのぅ? 火も出ずに焼けていきおる……」


 ――こんな感じで、アパートの安っぽいキッチンに感動しながら、鮭を焼き上げていった。


 一方。座敷さんは……。


「あ、家主さん、家主さん! お昼のニュース、始まりましたよっ!」


 負け戦に興味はないのか、ひたすらにダラダラしている。


「――ねぇ、座敷さん? さすがに負けると分かっていても、努力くらいはしてみたら?」


 なんというか、これ……。このままじゃ、座敷さん。例の卒業試験……。失格まっしぐらでは?


 ――と、僕が不安に思って注意してみると……。


「――ふぅ……。家主さん……。私は負けるつもりとは――ひと言も言ってませんよ?」


「な、なんだって……?」


 思わずノッてしまったけど……。――えっ? 座敷さん、勝つもりだったの? どうやって……って言うか、勝つもりなのに、ぐうたらしてたの?


「ふふ……。――おや、そう言えばそろそろ準備した方がいいですかね?」


「お、おぉ……。本当にやる気なんだ……」


 座敷さんは時計と、川姫を見比べると、「やれやれ」と肩を竦めて立ち上がった。――ちょっとイラッときた僕は悪くないと思う。


 そしておもむろに。川姫に「ちょっと失礼?」と、余裕たっぷりにグリル下の戸棚を開き、そこからどんぶり型のプラスチック容器を取り出した……。


「――っ! まさか……。あれはっ!」


 そう……。座敷さんが手にしたのは……。


 ――インスタンスのうどん!


 そうか……。インスタントならば……。味見などする必要なく。――僕が欲しい味が用意されている……。考えたな、座敷さん――


「――って……。これ、もうこの時点で川姫の勝ちじゃない……?」


 僕の声は聞こえていないのか、座敷さんはインスタントのふたを、格好良い動作でペリっと半分ほどめくる。


「――あっ……」


 調子に乗って勢いよくめくったせいで、ふたが縦に真っ二つ。座敷さんは一瞬だけ、泣きそうになるも、めげずに中から加薬や、乾燥具材を取り出していく……。


「――あぁう……」


 ――今度は慎重だったのに……。座敷さんのあふれる『益荒男ぢから』は、乾燥具材をペキョッと粉みじんに変えてしまった……。ああ……。僕の腹に入る予定のお揚げが、ナルトが……。


 それでも座敷さんはめげない……。


 震える手で、カップにお湯を注いでいく……。


「――すひゅう」


 ――座敷さん……。クールじゃない……。インスタントにお湯を注ぐだけじゃ、全っ然クールじゃない! しかも、お湯から湯気が出ていない……。それ、水じゃない?


「座敷さん……。それでも……。お味噌汁の時より、進歩した……よね?」


 よく分からない感動を与えられてしまった。


 ――まあ、でもね……?


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「勝者、川姫!」


「まことかっ!」


「――やおちょーです! こんなの、うそです!」


 当たり前の結果に、川姫と座敷さんが対照的に騒ぎ出す。


「――ていっ」


「あぅっ」


 取り敢えず、座敷さんにチョップをかまして、次の勝負……へ……? ――あれ……?


「は、腹が……?」


 猛烈に痛い。


 おなかの中から子犬のような、キュゥンと言う音が鳴る。


「ど、どうしたのじゃ、家主どの? ま、まさか、わらわの鮭があたってしもうたのか……? わ、わわわらわは、なんということを……」


「だ、大丈夫……だからね」


 オロオロワタワタとせわしない川姫に「心配するな」と告げてふと。珍しくおとなしい座敷さんを見上げると――


「………………………………」


 ――なんだか物凄い挙動不審だった……。


 その視線の先には先ほどのインスタント。――まさか……。


「――消費期限……切れ? ざ、座敷さん……?」


「…………………………えへっ? おじーちゃんのとこから持ってきてたの、使っちゃいました……」


「は……謀ったなぁ……」


 キュゥン……キュゥンと鳴くおなかを抱えて、僕はトイレへと駆けこむ。


 ――それから丸一日。僕はトイレで生活する羽目になり……。


「しょ、勝負は……明日で……」


 その結果として、勝負は明日に持ち越しになってしまった。


「ごベンだざぁい……。ヴぉっだいだがっだがだぁ……」


「わ、わらわもぉ! わらわも謝るゆえ、座敷を許してたもっ? 許してたもっ?」


「わ、分かったから……。怒ってないからふたりとも……。取り敢えず、そこ――トイレのドア、開けさせて……?」


 ――僕はトイレの中。座敷さんと川姫はその前。僕と彼女たちの生活は取り敢えず、続く……。


「――うぅ……。腹が……」


相変わらずどのジャンルにしたら良いのか判断付きません。

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