魔族領の勇者【2】
出来るときに更新していきたいです。3日に一回は必ず更新するように心がけます><
魔力が無くなった人間は、体に力が入らなくなり、やがて気絶する。そして、魔力量が多ければ多いほど、後の症状が重い。例えば、この変わり者の勇者のように。
「……頭が痛いの。だるいの」
聖剣を抱きながら唸る金髪の少女。その傍らにはマオルが座り、リィナは苦々しい視線を向けていた。
マオルはというと、当然無傷とは行かず、臣下の治癒魔術師に傷を癒してもらったばかりである。横に立てかけた魔剣レグルムも刃こぼれがひどく、しばらくは使い物になりそうにはなかった。
「聖剣には驚かされた」
沈黙を破ったのはマオルだった。レグルムの刀身をなでながら、リィナの胸元に抱かれた聖剣を見る。
「魔剣と聖剣でこんなに差があるとは思わなかった、誤算だったよ」
「それは嫌みなの」
ぷいとマオルからリィナは目をそらす。
「その魔剣にしてやられたのは私なの」
治療を終えた腹部を抑え、リィナは言った。実はリィナに使われた魔法は二種類あり、一つは基礎回復魔法『ヒーリング』。そしてもうひとつが解呪魔法『リカースド』だった。『ヒーリング』は傷の治療のためなので当たり前だが、『リカースド』まで必要になったのは、リィナがある状態異常にかかっていたからである。
「まあ、確かに魔力放出なんて状態異常は俺くらいしか付与できないだろうな」
その言葉にリィナは唇を噛む。対策しようがなかったとはいえ、気づく事すら出来なかった事がひどく情けない事に感じられたのだ。実際、戦闘中のリィナは内の激情に支配されていたような節があった。そのことはリィナ自身も気づいていた事である。
「――それで、負けた勇者殿はこれからどうするつもりかな」
その言葉に場の空気が変わった。臣下の治癒魔術師も席を外し、互いの顔に緊張の表情が浮かぶ。
マオルの言葉に、勇者は少し詰まりつつも、言葉を紡ぐ。
「私は……、私は勇者をやめる事にしたの」
その言葉はマオルにとって予想外の物だった。瞠目するマオルの顔を見て、リィナは少ししてやったりと得意げな表情を浮かべる。しかし、すぐに真剣な表情に戻り、続きを紡ぐ。
「私はこの街を造り上げた魔王を倒すなんて事、出来ないの」
「じゃあ、あれは本気ではなかったと?」
その言葉に、リィナは首を振る。
「本気だったの。だから悔しいの。けど――」
その先を言うかどうかを悩み、リィナは決心していった。
「少し、嬉しかったの。初めての敗北……、その相手があの優しい街を造り上げた魔王だったの」
「……、そうか。でも、それと勇者をやめる事とにどんな関係があると言うんだ? 俺にはよくわからないな」
マオルは顎に手を当てて考える。だが、リィナが勇者を止める確たる理由は思い当たらない。可能性としては、単純に魔王に負けたからということが考えられるが、それでは何か弱い気がする。
「魔王を倒せない勇者に価値はないの。それに、しばらく王国には戻りたくないの。ここはあたたかい、それをもっと肌で感じたいの……。だから、きっとその後はこの国に争いを持ち込む事はしたくなくなってしまうから……ううん、今もそう思ってるから、対魔王の最終兵器として送り込まれた私が、勇者が戦線を抜けるの」
寂しげなような、悲しげなような感情がリィナの中に渦巻いていた。同時に仲間を裏切ってしまったという罪悪感に苛まれていた。リィナにとって、あの二人はいつのまにか特別な存在になっていた。
「なるほど、な。確かに、俺もこの場所を戦場にしたくはない。ただ、ラインホルムのクソ王族がこのまま黙っているとも思えないがな」
忌々しげにマオルはつぶやいた。ラインホルム王国――その王族は好戦的かつ傲慢な政治を行う事で、五大国の中では最も有名である。しかし、国としてはその全ての中で最大の大きさを誇り、兵力も莫大な規模を誇っている。
そんな国が、この程度で魔王討伐の名誉をあきらめる訳がなかった。
「……だから、私が勇者をやめるの。そして、魔王軍に身を置きたいの」
「……うれしいがどうせなら結婚をだな。そもそもが人と魔族とが共生出来るのだと人と魔族双方に、分かりやすく、出来るだけインパクトを込めて伝えるために、最初の謁見で結婚を申し出たのだ。……それに」
「それに、なんなの?」
リィナは小首をかしげる。いつも澄ました顔をしたマオルにしては珍しく、どこか詰まった、というより周知の混じった声色で続きを紡ぐ。
「一目惚れってやつだよ。まったく、長く生きているとこんな事もある物なんだな」
頬を掻きながらマオルは顔に熱を感じた。羞恥の感情も久しぶりだなと息をつくと、咳払いをして仕切り直す。
「こほん……。まあ、今すぐじゃなくていい。本気で考えておいてほしい」
そういってマオルは立ち上がる。
「……今日はゆっくり休むと良い。疲れているだろうからな、俺もお前も」
互いにそれ以上は話さず、マオルは退室する。
その夜、リィナはマオルの言葉が頭から離れず、マオルはリィナのこれからの動向がきになり、その晩は眠れぬ時間を過ごすこととなったことは言うまでもない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
レリースは魔都ルルスリアの酒場で寂しくビールを楽しんでいた。楽しんでいたとは言うが、ただ呑んでいるだけで彼女個人は楽しいわけではなかった。
――あれからリィナはどうなっただろうか。
少し酔いが回ってきた頭で彼女は考える。少なくともルルスリア城には行ったのだろう。だがその後はどうか? 単独で勝負を挑んだのだろうか? だとすれば勝敗は? そもそも今生きているのか死んでいるのか? 考えはぐるぐるまわる。
「だめだ、考えても仕方ない」
そう言って一気にビールを飲み干す。ジョッキを置いて落ち着くと、この場にいないもう一人の男の事を考える。
「あいつ、どこに行ったんだ?」
実は市場にいた時から見失っており、依然行方知れずだった。
「全く、誰も彼も勝手すぎる……」
不安は募るばかりで消える事はない。その上で彼女は身の振り方を考えていた。
「勇者をやめる、ね。私も肩書きなんか捨ててやろうかな」
やや投げやりに、レリースはつぶやくと、今度は不安を吹き飛ばすように、大声でエプロンドレスの店員を呼ぶ。
「店員さん! ビールだビール! 呑んでなきゃやってられるかってんだ!」
こうして彼女の夜は続く。
その間も、男が暗躍している事に気づかずに……。