003-出会い
2030年6月――。
月日が変わりゆく速さは脱兎のごとく早い。
クリプティッド人が初めて地球での生活をした当時、地球人にとって異星人との関係が新鮮であった3年前に比べ、多くのクリプティッド人が移住をしたことにより、「慣れ」という感覚に入っていた。当時の中学2年だった彼らの感覚も同じだった。
陰陽兄弟はあまり高校の進学を深く考えずに、近いという理由だけで中学の近くにある高校に入学したのだ。
「でさ、あのマール君、俺になんて言ったと思う?」
「知らないよ」
「『オマエに食わせるティッドサンドはナイ!』って言うんだぜ?!」
変にバカ笑いしながら陰の友達であろうクリプティッド人であるマール君の話を陽に話していた。
「くだらない」
陽は隣で笑う陰を横目で流して、冷静な顔つきで本を片手に前を見ずして、器用に歩道を歩いていた。
「まぁまぁ、あのマール君、中々のお笑い好きなんだぜ? 今度また話してみろよ」
「気が向いたらね」
陰の話を半分聞き流しながらも返事をする。傍から見れば、テンションの高い双子の一人が、もう一人の読者に集中する子に無理矢理話しているように見える。
しかし、長年一緒に過ごした二人で、これが日常であり、別段嫌いを表す行為でもない。
信頼できる関係がもたらす一種の意思疎通と言ったところか、
「お、来たね。馬鹿兄弟」
以前にも似た出で立ちで立つ彼女、凛は中学の頃に比べて背は伸び、手で撫でればサラッと優しい手触りをしそうなロングな髪の毛をなびかせている。
「その登場、お決まりだな。馬鹿女」
本を閉まいながら、陽は十字路に立つ凛に馬鹿呼ばわりされた仕返しように言い返す。
「全く、冗談を本気で返さないでよ陽。陰も何か言ってやって?」
「よっ馬鹿女!」
「揃いも揃って……」
「馬鹿にした罰だよ~」
陰の言い草に凛はいつものように陰を追い掛け回した。
追い掛け回す凛の胸は高校生らしい成長を遂げ、世の男性がごくりと唾を飲むような体に成長していた。
「おいおい! もういいだろ~? 疲れたよ~」
「謝るまでは追いかける!」
「え~!!」
陽が歩く遥か先で飛び交う声が聞こえる。
「馬鹿だな」
小さなため息を付きながら、陽は先ほど読んでいた本を取り出し、続きのページを開こうとした時、春の陽気のいたずらか、突風が舞い吹く、その風に煽られ、陽は持っていた本が上手い具合に前に転がっていく。
「くそっ。畜生な風め」
ぶつくさ文句を言いながら落ちた本を取ろうと本に近寄り、拾い上げようとした時、
「あ……」
ふと、陽は落としていた目線を前方に向ける。そこには真っ白い髪を風になびかせ、凛々しく立つ綺麗な女性がいた。
「……」
その容姿に陽は呆気を取られる。これほどまでの真っ白な髪に、陽に向けて真剣な眼差しを送る綺麗な顔立ちを持つ女性を見たことがあっただろうか?
呆然と中腰の状態だった陽の前に徐々に彼女は歩み寄り、陽が手に取ろうとした本を先に拾った。
「これ、あなたのでしょ?」
澄んだ声が陽の耳をくすぐる。まるで別の何かが語るような感覚。
はっと我に帰り、頭を下げた。
「あ、すみません! ありがとっ――」
陽が頭を上げた時には先ほど近距離にいた女性はすでにいなく、陽が周りを見渡しても彼女の存在が確認できなかった。
「……まぼ…ろし?」
掴んだ本を見つめながら陽はその場に立ち尽くす。
「――陽? 何してんだよ?」
「えっ? ああ、陰か」
「ああ、陰か、じゃないわよ。いつまでそこでボーっと突っ立てんのさ? さっきから向こうで呼んでも上の空だったよ?」
凛は先に走っていった向こうを指で指しながら言う。
「ああ、ちょっと不思議な体験をした」
「不思議な体験?」
陽はさっきの女性の事について話すが、
「真っ白な女性? 俺が陽の方見てもそんな人が陽の前にいなかったし、ただ一人でボーっとしてるだけに見えたぜ?」
「なぁに? 夏ボケの先取り? それとも春の陽気にやられたの?」
「うるさいな! 気のせいですよ!」
依然と馬鹿にする二人にむっとした陽は手にしていた本を無造作にバッグに詰め込み、二人の間を割って早歩き気味に高校へと急ぐ。
「おい! 待てって! 疲れてそんな早く歩けんってば!」
二人は先を行く陽の後を追うように歩く。
「なんだったんださっきの人……」
歩を早めながらも陽は、先ほど出会った真っ白な髪を持つ彼女が頭から離れなかった。