002-日常(過去)
兄弟は春の気持ち良い日差しを浴び、桜並木を歩く。
「いやぁ今日は良い入星式になりそうだねぇ」
桜が満開の空を見上げて陰は言う。
「なんだよその『入星式』って、聞いた事ないよ」
「だって俺が作ったんだ。造語だよ。造語」
「なんだそれ」
暗い顔をしていた陽は陰の言葉にクスリと笑う。
「そんな暗い顔すんなって。すぐに慣れるよ。中学1年から2年に上がってなんだから顔ぶれなんか変わっちゃいないよ」
暗い顔していた陽を察するように陰は励ます。
「そうだけど……」
モジモジと俯きながら陽は言葉を濁すと前方の十字路で大きく手を振っている制服を着た女の子が見える。
「おーっす。陰陽兄弟! あっ、陰陽双子のが当たってるかな?」
「おいっすー、凛ちゃん。今日も相変わらず元気だねぇ」
陰は凛と呼ばれる女の子に返事をする。女の子らしいセミロングの髪の毛に加えて、大きな瞳に柔らかそうな唇、活発な性格に周りの男子の受けは上々である。
「おはよう」
陽はぶっきらぼうに挨拶をしてその場を通り過ぎようとするが、
「ちょちょちょい! そんな元気の無い返事じゃ暗いまんまの人生で終わっちゃうよ?! はい! もう一回!」
覇気を感じない陽の返事に難色を示した凛は再度挨拶するように促す。
「いいよ別に。俺はそれで良いと思ってる」
「全く。本当にあんた達って相反する性格してるよね」
兄弟、もとより陰陽は双子であり、顔も似ていて、慣れていないとどちらがどっちと見分けが付かないほど容姿が似ていた。
しかし、一度言動を表に出せば明るい陰と暗い陽とではっきりと分かれてそれで大体の人が判別をしていた。
「まぁ、俺たち二人が俺みたいにおちゃらけたらそれはそれでどっちがどっちだか分からんでしょ?」
「それもそうね」
「早く行かないと遅刻すんぞ」
先を歩く陽は後ろで談笑する二人に忠告して足を早めた。
「……俺だってこうになりたくてなっているんじゃない」
陽は一人、ボソリと呟いた。
「今日は皆さんの日頃の行いが功を奏して~」
今日は入学式当日であり、体育館に集まった在校生は校長の話に飽き飽きしながら聞き流している。
陽も春の陽気に負け、睡魔の呪いに掛かり、爆睡をしていた。
「今年は新たに、新惑星から来られた生徒も一緒に入学する、世紀の瞬間であります。君たち在校生にとって貴重な体験の一つとして得られるでしょう」
「それでは新入生の入場です」
校長の合図に体育館の入口が開かれ、新調された少しダボ付いた制服に着られている新入生が初々しい顔つきで入場をする。
「おおー! 陽見てみろよ」
まるで子供のようにはしゃぐ陰とは別に先ほどまで爆睡していた陽が無理矢理起こされて不機嫌に目覚める。
「んああ?」
暖かい拍手を浴びて、入口から今年の入学生が続々と入る。
「お! あの子小学の時遊んだ子だ。あーあいつとよく喧嘩したやんちゃ野郎じゃん」
一人一人の生徒を見ては陰は小学の頃の記憶が思いめぐらせ、過去の体験をつらつらと話していた。
「おやすみ」
それにも動じずに陽は深い眠りに入った。
気づけば入学式は終わりを告げ、教室に戻った生徒は下校の準備をしていた。
「そう言えば父さんが話したい事があるって」
陰は携帯を開きながら陽に話しかける。
「話し? 一体なんの?」
「分からん。でも結構大事な話みたいだ」
そういいながら陰は携帯を陽に渡した。
『お前らに今日話すことがある。お前らの人生を大きく変えることでもあるかもしれない。早く帰ってくるように 父:真』
「なーに話してんの? 帰ろうよ」
携帯を見ていた陽の前に凛が手を振りながら言う。
「なんでもないよ」
「つれないなー。そうだ、駅前に美味しいクレープ屋があるの! どう陰陽兄弟達行かない?」
「お! いいね! 行く行く!」
陰は凛の誘いに二つ返事を出すが、
「俺はいい。それに陰、父さんから早く帰れって言われただろ?」
陽は相反して言葉を投げた。
「そうだけどこんな昼下がりに帰れと言ってない」
「まぁまぁ、本当に美味しいから、少しのお昼ご飯だと思ってね?」
凛は嫌々な態度を取る陽に優しく微笑む。
「昼飯、だけだからな?」
「うんうん良いよそれで」
凛の手ほどきに折れ、陽達は重い腰を上げて教室を後にした。
「ほーこれは……中々美味いですな」
「でしょ!? 私の舌を舐めないで欲しいな!」
「……」
行列を並んだ末、三人はクレープを手にして、近くの公園に置かれたベンチに移動し、美味しいと噂されるクレープを堪能していた。
「どう? 美味しいでしょ?」
凛は評価を気にするように陽に質問する。
「美味しいじゃないんかな」
「でしょ~? だから美味しいって言ったの」
「でも甘いものはこんなにはいらないよ」
「甘いものはお嫌いだったのかな? 陽ちゃん」
陰はペロリと平らげたクレープの包み紙を丸めながら陽の持つ半分以上残ったクレープをじっと見つめた。
「……やるよ」
「おお、悪いね~」
陽は察したのだろう。陰がクレープを欲しがっているのを、
「もう、クレープを堪能して欲しかったのに」
「陰が堪能してるよ」
「そうじゃなくて……バカ」
凛はぷいっと陽の発言に不満そうな感想を漏らした。
「さてと、じゃあ行きますか」
食休みでベンチに座っていた彼らは陰の合図で立ち上がり、兄弟は父親の待つ家へと向かう。
「今度またあっと言わせるお店教えてあげるからー!」
反対の道を行く凛が兄弟に大きく手を振って別れを告げる。
「帰ったか」
玄関の前で仁王立ちする父親、真は二人を帰りを待ち構えていた。
「ええっとぉ、ただいま~……」
威圧する父親の前に萎縮する陰。しかし、顔はヘラヘラしていた。
「昼飯食べていたら遅くなった」
素直に遅れた事を告げる陽。
「昼飯? 食ったのか?」
陽の告白に真は質問をした。
「食べたよ」
「そうか……」
そう言った後に真はくるりと踵を返して、リビングに入っていってしまった。二人は顔を見合わせて後を追うようにリビングに入ると、食卓の上に寿司やら何やらの豪華な食事が置かれていた。
「お前らの進級祝いを祝おうと思って会社を公休にしたというのに!!!」
なんとも息子思いな父親か、二人はしょぼくれた父の肩に手を添えた。
「大丈夫、食べるよ。なんせ育ち盛りだぜ!?」
意気揚々と宣言した陰は、席に着くなり食卓に並べられた食事に手を付けた。
「全く父さんもそうならそうと言えばいいのに」
少しぶっきらぼうに陽も席に付き、陰とはいかないが、食事に手を付けた。
育ち盛りの食欲は凄まじく、食卓に並べられたものは陰が大半を食べ、残ったものを陽と真で片したのだ。
「お前ら良い子に育ったものだな!」
「なんたって逸見家に育った子だからね!」
陰はフンと高々にいばりくさる。
「馬鹿だけど」
「なんだと!?」
「喧嘩はよせ」
二人の火花を散る間を取り繕うように真は二人を宥める。
「息子達はお前みたいな良い子になったものだよ」
しみじみと真はリビングと隔てた和室に目を向けた。
そこは母さんの仏壇が置かれた部屋。
平穏な暮らしを不満もなく、満喫していた。
しかし、それは3年後に全てが引き裂かれるとは誰も思ってもいなかった。