001-日常(過去)
2030年6月某日――。
「はぁはぁ……!」
一人の青年が秋晴れの日光が射さない欝蒼とした森の中を走る。
「くそっ! なんでこんなっ!」
青年の後ろには複数の物体が追っている。
「うわぁ!」
足場の悪い森の中でバランスを崩し、青年の体が地に突っ伏す。その間に、後方から追って来た物体が迫る。
物体は人間。仮面を被っており、顔は特定出来ない。ただ長い距離を走って呼吸が一切乱れていない。
「こいつを連れて行け」
青年を追っていた一人の男の声が周りに呼びかける。
「おい止めろ! 離せ! 兄さん!」
少年は最大限の声を振り絞り、助けを乞う。
「東京都近辺某県、森林内で少年を発見。俺の弟で間違いない……」
「え? 兄さん? 兄さんなのか!?」
男の発した言葉に反応する少年は、身柄を拘束された体を思い切り暴れさせる。
「……もうお前の兄じゃない」
仮面を被った男はそう言って、拘束された少年もとい弟にぶっきらぼうに告げた。
「……青年、逸見 陽の身柄確保、そして改造計画を実施する」
時は遡り2027年4月某日――。
地球の進化は目覚しく、宇宙ロケットの開発が目を見張り、去年は何万光年と離れた生物が住む惑星にたどり着いたという偉業を成し遂げた。
さらには地球に住む人間と『クリプティッド星』と名付けられた惑星とのコンタクトに成功させ、地球に招待し、人間とクリプティッド人が住める異星間友好条約が締結された。
それにより、人間と同じ知能を持ったクリプティッド人は地球に住み、人間と同じように生活が出来るようになった。
「今日から楽しみだな。そう思わないか? 陽」
「興味ないよ」
テレビを見ながら逸見 陰が陽に話しかける。
この二人は陰陽兄弟と呼ばれ、いつでも一緒にいて過ごす実に仲の良い兄弟である。
「まぁまぁそんな陰気になるなよ。人間ではない新たな人種に会えるんだぜ?」
体を揺らし、テレビで報じられるニュースに嬉々として受け入れて、新たな人種を待ちわびている兄である陰は、名前のように陰な性格とは裏腹で常に明るく振舞い、友達も多く、人望が厚い人物。
「日本に来られたらまた狭くなるじゃんかよ」
常に毒気を発する陽は陰とは違い、内向的な性格を持ち、あまり人との関わりを持たない。
「この機会に友達を作るのもありだと思うけどなー。兄として心配だな」
「余計なお世話だよ兄さん。俺は俺で生きる」
「一匹狼ってやつか、体力、精神をどんどん削られるこんな畜生な日本で一人で挑むとはウルフだね」
「タフの間違いじゃないのそれ……」
「ははは、そうだな! おっとこんな時間か」
陰は時計をちらりと見て、登校時間が迫ってる事に気づく。
「陽、早く行かないと遅れるぞ」
「分かってるよ。兄さんが寝坊すっからだろ?」
陽は咥えたパンを食べながら制服の上着を通す。
「悪いってー」
身支度を整え、二人は玄関ではなくリビングに隣接する和室に移動した。
「それじゃ、母さん行ってきます」
「行ってきます」
線香を二つ、仏壇を添える。陰陽兄弟の母は幼い頃に仕事で山登りの最中に行方不明なった。
「本当に死んだのかな」
「警察もその確率が高いって言ってたんだ」
救助要請をしたが、捜査が打ち切りなり、実質上死亡と見なされた。
「母さんは山が好きだったし、本望じゃないのかな?」
「そうだろうね」
「んじゃ行こうか」
「ああ」
二人は和室を出て、玄関に向かって兄弟が通う学校へと向かった。