第8話 モノクロの現実
「どうしたの?最近元気ないじゃない?」
同僚のミサコはいつもわたしのことを気遣ってくれる。でもそれが鬱陶しく思えるようになったのは、ここ最近のことだ。
「ちょっと、寝不足って言うか、寝てはいるんだけどね。眠りが浅いというか……」
「なんか悩み事でもあるの?睡眠がちゃんと取れないと御肌にすぐ出る年頃よ。わたしなんか、すぐに肌があれちゃうわ。この前も部長に叱られて……」
うるさい、うるさい、結局他人を心配するフリをして自分の愚痴を言いたいだけじゃない。そんなんだったら誰か他の人にやってよね。わたしは、わたしは、そんなに起用じゃないの、自分のことだけで精一杯なの、ううん、ミサコはそんなことわかっている、わかっていてワザとやっているんだわ。きっと……きっとそうに違いないもの。だってミサコはわたしなんかよりもずっと気が利くし、何でもできる子なのに、わたしなんかにも声をかけて、きっとそれで自分は気が利く優しい子だって、みんなにアピールしているのよ。きっとそう……きっとそうなんだから。
「……だからさぁ、夕子もあんまり思いつめないほうがいいよ、ねぇ?」
「うん、ありがとう。そうする。いつも気を使わせちゃって、ごめんねミサコ」
ミサコは『気にしないで』と満面の笑みを浮かべて、わたしのデスクから離れて行った。なんて可愛らしいんだろう。わたしもあんな風になれたらいいのに、なれたら……なりたいのかしら。わたし?
そういえば聞いたことがある。夢というのは潜在意識、無意識の欲求のはけ口だと。確かフロイトだっただろうか? 学校の授業でそんな名前を聞いた事がある。夢判断とか、夢診断とかそんな書籍だったけ? ちょっと読んでみようかな。今見ている変な夢って、何か意味があるのか調べてみよう。
しかし、どんな夢だったかを思い出そうとしても、単に夢だからというのではなく、妙にディティールがはっきりしない。いや、しなくなってきていることにワタシは違和感を覚え始めた。
「おかしいわね。今朝出てくるときには、もう少し具体的というか、実体験のようなリアルさがあった気がしたけど、今は全然思い出せないわ。夢って、そういうものだったかしら……」
一度湧き上がった疑問は、いつまでもワタシの脳裏に焼きついて離れない。夢に関する自分の持っている知識を頭の中の書庫の中からいろいろと引っ張り出す。
「確かフロイトは無意識こそが意識をコントロールしているとか、そんなこと言っていたんだっけ? 多重人格とかそういうのもフロイトだったっけ? う~ん、なんか違うわねぇ。夢判断? 夢占い? 昔、何だったかそんな記事を雑誌の特集で読んだような……う~ん、ダメだなぁ、すっかり忘れちゃっているわ」
そんなことを頭の中で考えながらも、ワタシの手は止まることなく目の前の作業を進めていく。PCの画面には黒と白を基調としたシックなWEBページとタグでびっしりと埋められた画面が交互に表示されている。好きで始めたデザインの仕事だが、今はただ、食べるためだけにやっている。数年前までは色鮮やかな世界だったが、最近はあまり派手な色使いのホームページは流行らなくなった。みな同じようなデザイン。飽き飽きだ。
時々ワタシの琴線にふれるような仕事の依頼も会社には来るが、そういうものは、たいてい別のチームが取っていってしまう。自分に回ってくることはほとんどない。みんなわかっているんだ。本当はもっと色鮮やかなサイトをたくさん作りたいのに。だけどそれは今の流行ではない。クライアントの依頼は絶対だ。だからたまに自分が好きにやれそうな案件があると、力のあるチームがみんな持っていってしまう。ワタシも本当はそれをやりたい。だけど、そんなこといえない。いえるはずがないもの。だってワタシは……
現実と妄想の狭間で、時間だけは過ぎていく。みな同じに過ぎていく。時にそれは重なり合い、また別れて、螺旋のように絡まっている。螺旋のようにぐるぐると、ぐるぐると……