第5話 モノクロのデジャブ
「そういえば最近、夢に色が着いてないみたい」
私は化粧をしながら、昨夜見た夢のことを思い出そうとしていた。
「少し肌が荒れてきたかしら」
鏡の中の自分を見つめる。タバコを吸い始めてからというもの、体重は少し落ちたが肌の質感が変わった気がする。それとも単に年齢の問題なのか、ストレスなのか……
「まいったなぁ。ボロボロじゃない」
苛立ちを隠せない。だけど、今更何をどうかえようとも良い変化が望めるとは思えなかった。
「出世を諦めたサラリーマンと結婚を諦めたOL、どっちが不幸なのだろう?」
どっちが幸せなのだろう? と考えられないところが、自分の悪いところだとわかっていても、帰ることなんかできない――どうせ私が悪いのだから。
だが、考えるのをやめようと思っても、それは自分の頭の中に鮮明な記憶として確かに残っており、無秩序にその記憶は再生される。確実にわかること、それは今まで何度も変えようと思ったけど、最後には同じ場所に戻ってしまう。せめて夢の中だけは色鮮やかな人生を送りたいと思っていたのに、それすらもままならなくなってきている。しかも見る夢の内容までマンネリ化しているような気が……ふと、一つの疑問が頭をよぎる。
「あれは誰の悲鳴?」
昨日見た夢の断片から一つのシナリオを構成してみたとき、ワタシは一つの疑問にぶち当たった。
「襲われていたのはワタシなのに、最後の悲鳴はワタシじゃなかったような……じゃぁ、いったいあの悲鳴は誰のものなのかしら?」
気がつけばいつもの時間よりも5分支度が遅れている。
「いっけない。もうこんな時間だわ。夢なんてもう、どうでもいいわ」
ワタシはことさら自分のことには興味がなかった。しかも色彩が失われた自分の夢のことなど、考えたくもなかった。いや、むしろ自分のことを知れば知るほど自分がイヤになる。それが怖くてたまらなかった。だからきっと、あんな夢を見るに違いない。誰かに襲われて殺されそうになるなんて……
ワタシはできるだけ自分のことについて考えるのをやめようと心がけ、目に映るもの、耳に聞こえてくるものをできる限り意識して、ほかの事を考えようと思った。が、しかし、その行為は見事に失敗をした。
玄関を開けると、夢に関連する風景が次から次へと目に飛び込んできた。
「あれってやっぱり、この近所の夢なのか……」
南里夕子は、夢の続きとも現実とも区別のつかない世界に脚を踏み入れてしまった。