第28話 交差
こちらも、再開
テーブルに次々と食事が運ばれてくる。
トマトは赤、ニンジンはオレンジ、パプリカは黄色、キュウリは緑、タマネギは白
レアで焼かれた仔牛肉のステーキは表面の程よい焦げ目にナイフを入れると、真っ赤な肉汁があふれ出て、真っ赤な切り口が顔を出す。
白身魚のムニエルには色とりどりのソースがかけられている。
グラスに注がれたワインは上品な香りとともにテーブルクロスに赤い影を落とす。
そのはずである。
でも、ワタシの目の前にあるのは、すべてが陰影と輪郭だけで表現されたマテリアルワールド。
そしてどの料理を口にしても、味がしない。食感だけが鈍く私の脳を刺激し、気分を害する。
ワタシの存在を否定するかのように、無機質だ。
どうしてなの? どうしてワタシを無視するの。
誰かがワタシを見ている。誰かが私を着けてくる。いやらしい視線ガが注がれる。野獣のような目をしてワタシを付け狙っている。卑屈に笑った口元から、赤い下が見え隠れしている。靴音がワタシの背後から迫ってくる。
気分が悪い。
吐きそう。
通り過ぎる男たちは黒いスーツに身をまとい、下向き加減で足早に走り去っていく。
誰も、ワタシ気づいていない。
男たちの顔には目がない、そして決して口もない。靴音だけが頭に響く。
ワタシ、おかしくなってしまったの?
ちがうわ、この世界が狂っているのよ。
そう、なぜならこの世界は夢の世界。夢の中。ワタシの夢。ワタシの――
「治療の続きをしましょうか」
目の前が真っ白になり、次第に目の前の風景の輪郭がはっきりとしてきた。白い壁、白い机、白い椅子。
白衣を着た男が目の前に座っている。彼の口元から白い歯が覗き込む。笑顔ではあるがどこか白々しい。もう少し回りを見渡す。
ワタシは白い部屋の中にいる。白い床、白い壁、白い天井。
ワタシは背もたれのない小さな椅子に腰掛けている。
ワタシはといえば白い靴に白い服――それはパジャマのようでもあり、囚人服のようでもあった。
照明がどこにあるのかわからないけど、すべてが白く輝いている。白く輝いて白くないものも白く見せる。
目の前の医者の顔は、肌色のはずなのに、妙に白く光って見える。目の前の男が医者らしいことはすぐに理解した。
しかし医者らしい男がなぜ目の前にいるのか、そしてここがどこであるのか、まるで見当がつかない。
ああ、ワタシは前にもここに来た事がある。
「治療を続けましょうか。南里さん。南里夕子さん」
同じことを繰り返すのはこの男の口癖だったっか。そんな気がする。
「南里さん。あなたは今、世界が狂ってしまったと思っていますか? それともあなたがどうかしてしまったのではないかと疑っていませんか? ご自分のことを」
どうにも白々しい話し方が気に障る。何か隠しているような、わざとらしさが鼻に付く。
「どうでしょう? ワタシは夢の中にいるのだから、どんなことが起きてもおかしくないと思っています。そう思う自分ですら夢の中の自分なのですから、問いも答えも意味はないと思います」
白衣の男はにやりと笑った。口元から白い歯が見える。目を見開き白目がより大きく見えた。
「そうです! そうですとも! この世界は狂ってもいないし、あなたもおかしくはなっていない。しかし、夢は、ただ夢というわけでもないのです。夢には意味がある。このような夢を見るからには、それ相応の理由があるのです。ご存知でしたか? ご存知でしょうね。きっとあなたなら、わかっていらっしゃる」
どうしようもない孤独感にさいなまれ、見ず知らずの人たちから嘲笑されたような、身をどこかに隠したくなるような感覚がワタシを襲う。そしてめまい。一瞬、目の前の風景がぐらりと揺れて元に戻る。私は少しだけよろけたが、次の瞬間、何事もなかったかのように平静を取り戻した。
おかしい。ワタシは今、とても破廉恥なことをされそうになったという感覚が、胸の中でのた打ち回る。でも、それがいったいだれからなのか、まるで検討が付かない。錯覚なのか、記憶の混同なのか、過去のことなのか、現在のことなのか。。ともかく辱めを受けたという感覚に、私は戸惑うしかなかった。
「いけません。一時の感情に惑わされては、せっかくの治療も無駄になってしまいます」
「無駄? 治療? そう、ワタシは病気の治療を――」
そこでワタシは何か大事なことに気が付いた。それが何かはっきりとはわからないが、気が付いたということは実感がある。
「そうです。夢には意味があるのです。よく覚えておいてください。また、お会いしましょう。あなたには、まだまだ治療が必要です」
強い光。これは太陽の日差し。空を見上げている。
ワタシは目を覚ました。目覚めたという実感はないけど、目が覚めたのはおそらく事実。なぜならここはアスファルトの上に横たえている。誰かに抱えられて。状況から見て、私は気を失い、夢を見て、そして目覚めた。
「大丈夫ですか?」
男の顔は影になってよく見えない。
「すぐに起き上がらないほうがいいのかな。困ったな。近くに休めるところがあればいいのですが……。私は、たまたまここを通りかかった者で、このあたりの土地勘はないのですよ……。たぶん」
南里夕子は、上半身だけを起こし、改めて男の顔を見た。
「わ、ワタシは南里夕子と申します。ワタシは以前、このあたりに住んでいたのですが、もう、何年も前のことで……、だから、ワタシも詳しくはないんです」
「北村と申します……」
二人の運命は交差した。




