第25話 わたしの場所
改札は一つだが、出口は南北に分かれている。南口はロータリーになっており、公営バスとタクシー乗り場がある。北口には商業施設が立ち並んでいる。どこにでもあるようなファストフードのチェーン店やレンタルビデオ店の看板が見える。お昼ということもあり、駅前を往来する人の数も多い。何もかもが真新しい中に、かろうじて面影があるのは駅前のアーケード街である。おそらく最近改装したのだろう。
色鮮やかな模様のタイル張り、明るい色の屋根、おしゃれな街灯
「あのころは、なんだか灰色のイメージだったかしらね。もう面影はほとんどないわね」
アーケードの中をゆっくりと歩く。決して新しくはない建物も、私の記憶を呼び起こすようなものは何一つ見当らなかった。それはそれで、期待外れで、どことなく淋しくなった。
「さっぱりだわね。ここを抜けたら、どこをどう行ったものだか……、やっぱり引き返そうかしらね」
一瞬、足を止めて後ろを振り返る。引き換えしかけたわたしを背後から誰かが呼び止めた気がした。
こっちよ
そう聞こえた。聞こえた気がしたから、もう一度向きなおす。誰もいない。いないけど、わたしの中でなにかがつながった。記憶と記憶の断片、点と点が線で繋がったような……、一瞬眩暈に襲われ、ふらついたわたしを、また、あの声が呼び止める。
こっちよ
もう、どうすることもできなかった。わたしは声のする方角へ足を進める。意識ははっきりしているのに、身体のコントロールが効かない。視界は狭くなり、色あせていく。気が付けば目に見える物すべてがセピア色に色あせてしまっている。
だいじょうぶ すぐそこよ
声はとても遠くから聞こえているようでもあり、耳元で囁いているようでもあり、或いは頭の中で聞こえているのか、真上から聞こえてくるのか。
コツ、コツ、コツ、コツ
自分の足跡なのに、タイミングがずれている。足に伝わる地面の感覚と足音の間にわずかばかりのずれが生じ、音が後から聞こえてくる。目の前を横切る人や自転車は、まるで映画のスローモーションを見ているようで、近くに来ると急にスピードがあがる。不安というよりは、不安定さが不快で、苛立ちを抑えられない。
だめよ そんなんじゃ たどり着けないわよ
わたしは、どこに向かっているのか。
「たどり着く――どこに?」
疑問にすぐに声が答える
決まっているじゃない。あなたの行くべき場所よ
「行くべき――場所?」
あの場所は、あなたの場所よ。それ以外のなにものでもないわ
「わたしの――場所?」
あなただけの場所。あなたしかいない場所。あなたそのもの。
「いやよ――わたし、いやなの」
どうして? あなたの場所なのに
「わたしの場所――わたしだけの場所――わたししかいない場所」
もう着くわ。あなたの場所
「いやよ――みたくない。わたし、わたし、みたくない」
あなたは、あなた
「わたしは、わたし」
わたしは、あなた
「あなたは――、あなたは誰なの!」
声は消えた。視界は広がり、コンクリートの地面に子供が赤や黄色で書いたチョークの落書きが言える。爽やかな風が吹き込み、どこかで草花が揺れている気配がする。遠くで車の走る音。陽射しの温かさが首筋に生暖かい。顔を上げるとそこには、わたしの場所があった。
「ここは……」
どうやってきたのかわからない。でも、目の前にあるのは、かつて自分が住んでいた家。何一つ変わっていない。そこにわたしがいないだけ。
わたしはその場に崩れ落ちるように倒れ込んだ。誰かの足音が聞こえる。何か叫んでいるような気がする。地面は生暖かく、私の意識をすっかりと吸収してしまった。アスファルトの臭いが、どこか懐かしかった。




