第20話 めまい
「さて、どうしたものか……」
ベッドに横たわり携帯電話を眺める。会社に風邪で休むと連絡をしたものの、実際には風邪ではない。体調が悪いのは本当だが、どことなくうしろめたさがあった。そして休んでしまった自分が情けなくもあった。
「病院って言ってもなぁ……そういえば、診察券、財布の中に入っていたっけ」
デスクの上に置いてある財布を手にし、カード入れの中からかかりつけの病院の診察券を取り出した。
「しかし、風邪というわけではないし、内科の先生に診てもらってもしかたないか」
診察券を財布にしまい、ベッドの上に放り投げ、自分の身体もベッドに投げだした。無性に自分の身体をいじめたくなり、ベッドに横たわったまま両膝を両の手のひらでパンパンと叩いた。腿がジンジンをし、身体がじんわりと熱を帯びてくる。次に自分の顔を同じように手のひらでパンパンと叩く。少しずつ気分がすっきりとしてきた。
「精神科なんて縁がないしなぁ。この近くの総合病院といえば……」
再び携帯電話を手にし、ブラウザーで検索を始めた。
「東西総合病院かぁ……。今から支度すれば間に合うか」
会社に行くのと同じシャツとスーツを着たが、ネクタイは締めない。洗面所で身なりを整え、戸締りを確認してから部屋を出る。
グラッ
外に出た瞬間、激しいめまいに襲われる。
「どうということはない。最近はこんなものだ」
いつからか、玄関を出た後、めまいをおこすようになっていた。しかし、それはすぐに収まる。疲れ、ストレス、睡眠不足。めまいの原因になるようなものは、いくらでもあげられる。
医者にストレスは治せない。
しかし、ストレスが原因になっている症状を抑えたり、緩和したりすることはできるだろう。それにストレスの解消方法や、睡眠のとり方などを聞いてみるだけでも、損はない。それに――
「夢のことを、少し聞いてみたいしなぁ」
家を出て、駅に着くまでの間、あれこれと考える。自分の症状について、何から話したらいいのか、何を話せばいいのか。まるで見当がつかなかった。不安というよりは、みじめさが自分を責めた。そして何となくだが、その感じ方が、そもそものストレスの原因、この病の原因であろうと考え付いた時、駅の改札まできていた。
「他人のせいにできていたら、たとえば、誰かを恨むことができていたら、こんなことにはならなかったのかもしれないなぁ」
しかし、それは性分である。それが病の原因、ストレスをため込む原因だとしても、今さら自分を変えることなどできない。そして、別の感情が湧き上がってくる。
「変えるのは私の方じゃない。私の方じゃないはずだ」
思わずその言葉を人に聞かれるほどの声の大きさで口にしてしまったときに駅のホームに電車が入ってきた。
「ちぃっ! しまった。私としたことが……会社に行く方と反対側のホームから乗らないといけないのに」
慌てて反対方向のホームに移動するとちょうどそこに電車が入ってきた。息を切らしながらその電車に飛び乗ると再び例のめまいが襲ってきた。思わず倒れそうになり、ギリギリのところで手すりにつかまり持ちこたえる。
「畜生、ますますひどくなっているなぁ」
空いている座席を探し、腰を下ろす。病院の最寄り駅まで20分ほどだ。急に睡魔が襲ってくる。もはや抗うことはできなかった。
北村は再び夢の世界に足を踏み入れた。




