第17話 夢診断
「これってやっぱり病気なのかしら」
ワタシは、ここ数日の夢の変化、そして一時的に味覚を失ったことについていろいろと調べていた。味覚障害がストレスによって引き起こされる可能性について書かれているウェブサイトは山ほどある。実際に味覚障害に苦しんだ人のブログなどはすぐに見つかった。いずれにしても医者に行った方がいいのだろう。あの白い部屋の夢も、それが原因に違いない。なぜならワタシには病院に行きたくないというはっきりとした感情を自分の中に確認することができていた。仕事のストレスが原因で病気になったなどと、認めたくないという気持ちがあるのは事実である。そしてそれではいけないという気持ち――無意識があのような夢を見させたのだと思う。
「でも、そもそもおかしくなったのは夢からよね」
いつの日からか自分の見る夢に色がなくなってしまっている。これも仕事によるストレスが原因といってしまえば、簡単なことだが、ワタシにはどうにも納得がいかない部分があった。でも、それがどうしてもわからない。いくら考えてもこれという答えは見つかりそうになかった。おそらくはそれがわからない限り、医者に行っても無駄なのではないだろうか?
「夢の共通点から、何かがわからないかしら」
改めてここ最近見た夢について思い浮かべてみた。しかし、断片的にしか思い出すことができない。ほんの数分であきらめてしまった。
「ダメね。全然思い出せないわ。色がないということ、昨日の夢も白と黒しかなかった。登場人物の人相がはっきりしないというのも共通点かも知れないわね。それに――」
一瞬背筋がゾクっとするのを感じ、思わず肩をすくめてしまった。
「何かに追われる夢――あれはワタシを追いかけて、そして襲ってきた。襲う? 違うわね。あれは――殺そうとしていた」
思考の停止。どうしてもそれ以上考えを進めることはできなかった。嫌なことに向き合うためには、気持ちの整理や、それ以上に体力が必要なのに、今の自分ではとても対処できそうになかった。
「休みがほしい……」
論理的な結論というよりは、何気ない発想だった。事実、そう呟いてから、そのことに気が付くまでかなりの時間がかかったように思える。
「そうよ! 休めばいいんだわ」
仕事を初めてから、風邪をこじらせたとき以外にほとんど休んだことはなかった。有給休暇を取って、どこかに行こうとか、そういう発想はまるでなかった。これがもし、実家が本州を離れていたりするのであれば、休暇を取って実家で羽を伸ばすということもあったかもしれない。しかし、私の実家は電車で1時間ちょっとで行くことができる。
カレンダーを眺める。今の自分の仕事のスケジュールを思い浮かべる。別にどこで休みを取っても問題はなさそうだ。それが逆にむなしい。そして休んだとして、どうやって過ごしていいのかが分からない。家でゴロゴロしていても、よくない考えが頭の中を駆け廻り、悪い夢を見るだけのような気がした。何をするかを考えなければならない。
「悪い夢……悪夢……夢……夢かぁ」
はたしてそれがいい考えなのか悪い考えなのか、思いついた瞬間はいい考えのように思えたのだが、冷静にそれを実行することを考えると、現実性の乏しさに思わず笑えてしまった。
「夢で見た場所を探してみようかな」
こうして私は、翌日、総務部に休暇届を提出した。木曜、金曜と休みを取り、土日合わせて4日間連続で休めるようにした。休暇の理由は、『家庭の事情』とだけ書いた。何か聞かれたら、親戚の結婚式とか適当な理由をつけようと思ったが、何も聞かれなかった。安心したような、がっかりしたような、妙な感覚を再び味わった。水曜日までにやらなければならない仕事をきっちりとこなし、家路についた。不思議なことに、ここ数日例の悪夢はまったく見なかった。もしもこのままあの妙な悪夢を観ないのだとしたら、なんのために休みを取ったのかわからないと思いながらも、ベッドに横たわり、眠りについた。
私の期待はいい形で……いいえ、悪い形で? ともかく裏切られた。その夜、私は望みどおりに悪夢を見ることになった。
これこそが、本当の悪夢の始まりだった。




