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夢追い人~別の夢、別の夏  作者: めけめけ
第2章 無意識
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第14話 緑色のカバン

「夢……か」

 夢の中でそれが夢だと認識することがまれにある。仕事で遅くなり疲れが身体にこびりついて取れないときや、不用意に中途半端な酒量で酔ってしまったときなど、脳の機能よりも先に身体がシャットダウンしてしまうようなときに多く見られる現象だと、私は考えている。


 夢の中の私はあたりを見回す。あの感覚。デジャヴィに似た感覚。知っているような初めてのような――いや、この場所は知っている。この町のどこかだ。目的があって言った場所でもないし、よく通る道でもない。ただ、何度か来た事がある。その確信めいた感覚が妙にはっきりとしている。いや、夢というのはこの感覚自体がそもそも現実ではないのだ。やはり知らない場所なのか。


 夢の中で私は何かを探しているようである。自分を俯瞰から眺めている。いや、それほどにはっきりと分離しているわけではない。探す……誰かを探しているようだ。暗い夜道、人通りはまばらだ。街灯はあるが、その灯りは弱弱しく、しかも街灯と街灯の間隔が離れている。どうにかして目当ての人を明かりの中に探そうとするが、なかなか見つからない。


「いったい私は誰を探しているのだ」

 夢の中の私は、どうやらかなり必死になってその人を探しているようである。緑色――私は緑色の何かを探しているようだ。でもそんなもの見つかるはずがない。私の夢には色がないのだ。いや、ないはずなのだ。確かに暗くてよくわからない。モノクロといってもコントラストによってある程度どんな色合いなのかがわかる。私にとって色は重要ではない。色以外の情報で充分事は足りる。だから夢に色はいらない。いらなかったのだ。


「私は何を焦っている? 何をそんなに恐れている?」

 一刻も早く見つけ出さなければならない。そして彼女を捕まえるのだ。

「彼女? 女を探しているのか? 誰を? 何のために?」

 早くしなければ、夜が明ける前にことを済まさなければならない。誰にも見られないように細心の注意が必要だ。

「私はいったい何をしようとしているんだ」

 緑色のカバン。その女は緑色のカバンを持っている。それはそれは美しいエメラルドグリーン。さぁ、隠れても無駄だ。もう君の逃げ場はないのだから……

「あっ! あれは!」

 見つけた! 見つけたぞ! ほら。いくら逃げたって無駄さ。君に逃げ場所なんてないんだ。なぜならここは――

「こ、ここは 私の夢の中 わ、私の夢の中なのに……カバンだけ緑色に光っている。色がついている」


 さぁ、お嬢さん。遊びはここまでだ。自分の罪を悔い、私に贖罪をするのだ。ほら、もうここは行き止まりだよ。おとなしく私に従うのだ。その方が苦しまないで済むというもの……最初だけだよ。苦しいのは……知っているかい? 首を絞められ意識が遠のいていく感覚っていうのは、存外気持ちのいいものなんだ。怖がらなくていい。怖がらなくていいから……


「こ、これは私なのか。私がやっていることなのか。いや、そんなことよりもこの人はいったい誰なんだ。肩からかけた緑色のカバンには見覚えがない。見覚えがないのに鮮明に見えている。その割に緑色のカバンの持ち主の顔や服装はどれもあやふやで輪郭がぶれている。それが誰なのか判別できる情報が緑色のカバンのほかに何一つない」


 私は夢の中で悦な気分に満たされていく。それは今まで味わったことがないような快楽だった。私の手に女性の細く長い首を締め上げる感覚が伝わる。それはそのまま脳のてっぺんの方から脊髄にまっすぐに快楽として伝わってくる。私は自分の顔を見ている。私の表情は苦悶と悦に浸る表情を交互に繰り返しながら、どこまでもどこまでも快楽の螺旋階段を上っていく。そしてその頂点に達したとき、私は現実の世界へと戻ってきた。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 激しい息遣い。背中に汗が流れる。目を覚ました瞬間、私の両腕は天井に向けてまっすぐ伸びていた。まるでそこに何かがあったかのように手は丸く円を描いている。首を絞めていた。さっきまで私は誰かの首を締め上げていたのだ。夢の中で……

「な、何なんだよ。いったい!」


 恐ろしいほどに感触がはっきりと両手に残っている。少しひんやりとした女性の細い首を、私は力に任せて……いや、締め上げる力を少しずつ強くしながらじわじわと絞めて行ったのだ。残虐極まりないその夢の中で、私はどうしようもない快楽の中にいた。はっきりと覚えている。


「いったい。誰だったんだ。あれは……緑色のカバン」

 台所に行き、蛇口をひねる。コップに水を溢れるほどいれ、それを一気に飲み干す。もう一度コップに水を8分目入れたところで水を止める。今度はゆっくりとのどに水を流し込む。半分飲み終えたあとにコップの水を流しに捨てる。シャツを脱いで汗を拭きとり、洗濯機の中に放り込む。押入れからシャツをだし身にまとう。ひんやりと気持ちがいい。そのままベッドにもどり、気を失ったように眠りについた。


 その夜はもう、夢は見なかった。



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