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夢追い人~別の夢、別の夏  作者: めけめけ
第2章 無意識
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第12話 色つきの現実

 目の前に数字の塊がある。いや、塊というのは数字の美しさを知らない人の言いようで、一つ一つに意味がある。美しい数字はいい。正しい事象は美しい数字で表される。逆に歪な数字は、状態の異常さを表す。以前は美しかった数字――私が勤める会社の数字は、最近すっかり歪になり、私を幻滅させる。


「シンプルじゃないな」

 最近の口癖である。会社は生き物だ。誕生から成長、そして衰退。ライフサイクルというのはおよそどんなものにもあるのかもしれない。上場という道を歩めば、社会そのものが会社の存続を後押ししてくれる。もちろんそれはそれほど潔癖なものではなく、利害の一致という条件は必須であり、それを嫌って最初から上場を目指さない者もいる。しかし、そういったことに考えが及ばず、無為に時を過ごしている者の方が、世の中には多いのかもしれない。


「バランスが悪い」

 口に出しては言わないが、今の会社の経営はアンバランスだ。つまりシンプルじゃない。夢を追い行くところまで行ってみたものの、それを継続する方法を軽視し、いつの間にか守りの経営に変わっていく。ひとたび情勢が悪くなると守るために無理をする。無理はすぐに数字に表れる。しかし彼らには――経営にもっとも重い責任をもつ取締役たちは数字に疎い。思い通りにいかないことをすぐに景気のせいにしたり、やる気のない社員のせいにしたりする。彼らが言う「やる気がない」とは、まったくもって数値化が不可能であいまいな精神論である。生産効率は従業員のやる気=モチベーションによって上下する。そこは正しい。しかし「やる気がない社員」というのは存在しない。最初から「やる気がない人」は、本来ここにはいないはずである。「やる気を失った社員」というはいる。そしてそれは勝手に失われたものなのか、何かが原因で奪われたものなのか。そのあたりを究明してこそ具体的な対策というものが検討できるはずである。


「プロセスを無視して結果を論ずる」

 生きた数字というのは、そこにいたるまでのプロセスが正しければこそ、意味を持った数字となる。逆に言えば数字を見てもその数字が求められるプロセスがわかっていなければ、意味を理解することはできない。ことは単純な足し算と引き算の連続である。真理を求めれば、プロセスは限りなくシンプルになる。偽りの数字とはすなわち、求められて結果に向かってプロセスを複雑化し、エラーを見えなくして思ったような結果の近似値を求めることである。


「どうしてそうなるんですか?」

 一人の社員が上司に噛み付く。1つの質問に対して、正しい答えがあったとして、その答えが望ましくないときに、人は複雑な道理を説いて、結果をごまかす。少しでも理屈がわかる社員であれば、ぐうの音も出ないほどにやり返されるに違いない。しかし、彼らは小賢しくもそのような理屈で反論してきそうな社員には何も語らなくなる。沈黙を答えとする。


「今月の月次決算です。簡単に言うと予算とはだいぶかけ離れています。少なくとも予算の達成率を30%上げるか、或いは予算を30%下方修正して、それに見合った経営にシフトをしないと厳しい状況です」

「そうか。で、銀行との折衝はどうなっている?」

「そちらは進めておりますが、この予算で話を進めるのはいささか無理があると……」

「そうだがしかし、資金繰りは大丈夫なのか?」

「いえ。ですから厳しいと申し上げているのですが」

「じゃあ、どうするんだ」

「試算表をご覧いただいて、判断していただくしかないかと」

「ふむ。もっとわかりやすい帳票にならないか」

「これが前年比と前月比、そして予算の達成率がこれです。昨対割で予算達成率も80%を超える月はほとんどありません。つまり――」

「つまりなんだ?」

「よくないということです。この数字だって、売り上げこそ計上できていますが、中身は利益率が極端に悪く……」

「銀行に相談するしかないだろう」

「借入高はすでに売上とほぼ同等になりつつあります。普通は、このあたりが限界かと――」

「だが、借りてくれと言ってきているのは銀行のほうなのだろう?」

「彼らには彼らの事情があります。それに現実の数字を見せたらさすがに一つ返事で貸し出すとは思えません」

「色を着けるしかないだろう? 結果的にその資金で立て直すことができれば――」

「嘘から出た真ですか?」

「うん? そうだな。ともかく、そちらの話は進めてくれ。売上の予算は常務に相談しろ」

「常務の上げてくる数字は、あてにはできませんよ」

「そんなことは、言われなくとも……ああ、ともかく無担保で借りられる範囲はすべてお前に任せるから」

「社長。この際、申し上げますが、借りた金は返さなければなりません。それができなければ最終的には社長個人が責任を負うことになります。それに粉飾となれば――」

「粉飾? 誰がそんなことを!」

「す、すいません。言葉が過ぎました。社長は色を付けろとしか、おっしゃっていませんでした」

「加減は任せる。色を着けるだけだ」


 色を着ける。なんて不愉快なんだ。数字に色はいらない。白か黒でいい。ほかの色なんて必要ない。でも、それがわかるやつがここにはいない。それが現実――私のいる現実なんだ。




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