第11話 奪われた感覚
「バーニャカウダでございます。こちらのお野菜はすべて当店が直接契約しております農家からのもので農薬や化学肥料を使わない有機栽培でございます」
そのときは思い出せなかったけど、最初に料理を運んできた店員は、俳優の誰かに似ていたし、そうでなくとも感じのいい男だった。ミサコの表情からもそれは見て取れた。料理じゃなくて、そっちのほうが目的?
「へ~。すご~い。美味しそうですね」最高の笑顔でミサコが店員の気を引けば、「当店の自慢は最高の野菜を使うことですから」と店員も最高の作り笑いをする。反吐が出そうだ。でも、確かに料理は美味しそうだ。色とりどりの野菜が白い大きな皿にキレイに並べられている。トマト、ニンジン、パプリカ、アスパラといった色合い豊な野菜が、たぶん、赤、オレンジ、黄色、緑がバランスよく並べられている。多分……そう、多分。ワタシには、白と黒のコントラストにしか見えない。いえ、ちがうの。きっと色は見えている。目の問題じゃない。感覚の問題じゃないんだわ。
「ねぇ、早く食べましょうよ」
店員がこちらのテーブルを離れると、ミサコはまるでオママゴトに興じる女の子のようにワタシに催促をした。迷惑だ、うっとうしい。ワタシは今、それどころじゃないのに。
「う、うん。す、すごくキレイな色合いね」
「そうね。トマトの赤が本当に瑞々しい感じがするし、ニンジンも本当にキレイなオレンジ色をしているわ。きっと、このアスパラも美味しいわよ。あっ、夕子はアスパラ苦手だったっけ?」
「ちがうの、アスパラは平気よ、苦手なのはセロリ……」所詮その程度にしか、ワタシのこと思っていないのね。ミサコ……
ミサコは半分にスライスしてあるミニトマトを口に運ぶ。満面の笑顔で何かいっているが、ワタシには聞こえない。違うわね。ワタシは今、すべての感覚を自分の味覚に集中している。アスパラって、こんなに青臭いものだったかしら。ニンジン――きっと自慢のニンジンなら、もっと甘みが口の中に広がるはずなのに――ただ、口の中でざらざらするだけ。トマトも口の中でグシャって潰れて、とても嫌な感じ。おかしい。どうしちゃったの?ワタシの……ワタシの味覚。
「ねぇ、どしたの? 他にも嫌いな野菜、あったんだっけ?」
「ち、違うの。わ、ワタシ、今日は……口内炎ができちゃっていて、ちょっと痛いというか……」
「えー、うそ~、かわいそう」
ワタシは、そう、かわいそう――ミサコにとっては『かわいそう』な存在。いつも仕事で上司に怒られ、男性社員からは誰にも相手にされず、見た目もパッとしない、そういう可愛そうな存在なのね。
「だ、大丈夫だから。ミサコ、いっぱい食べてね」
夢の色を失い、現実でも感覚がおかしくなっている。そして味覚までこんなになってしまって、こんなになってまで、ワタシには生きている価値があるのかしら、楽しいことなんか何一つない。ちがう。なかったわけじゃない。それも今、奪われた。
奪われた?
誰に?
何に?
ミサコじゃない。そう、夢、どうしてワタシの夢に色がなくなったの?
お願い、返して、ワタシの夢、色つきの夢を返して!




