第1話 夢
白黒の夢を見る、一人の男
夢は嫌いだ。
だが人は眠らずには生きてはいけない。
「社会人になってから夢見なくなったよなー」酒の席、誰かが「昨日変な夢を見た」という話題を振るとみんな、自分が見た変な夢の話題で盛り上がり始める。
子供の頃見た夢は、大体が荒唐無稽で支離滅裂でファンタジーに溢れていた。思春期になると気になるクラスメイトや憧れのアイドルの夢に胸をときめかせ、時には失恋し、時にはセックスをした。
社会人になってから10年。いまや仕事の夢しかみない。それはありふれた日常をなぞるだけで、多少のifや多少のキャスティングミスはある。翌朝目覚めたときには覚えていても、次の日には……いや玄関を開けて家を出る頃には忘れてしまっている。
夢は嫌いだ。
私の夢には色がない。
大人になるまでそれは全く当たり前のことだと思っていた。ところがある日、友人が『昔付き合っていた女の夢を見た』という話で盛り上がった。そのとき初めて自分の見ている夢と、友人の見ている夢の決定的な違い。自分の夢には色がない事がわかった。
調べてみるとそれは特別なことではないらしい。いろいろな説が言われているが、実際には解明されていない人体の謎。人間の脳の謎だ。
しかし、そんなことはどうでもよかった。
私は私の人生そのものの彩のなさが、自分の見る夢にも現れているような、そんな惨めな感覚に襲われた。それはあの時から――友人の毒のない、そして無邪気な悪意「白黒の夢なんて北村らしいや」の一言が頭から離れない。
そうなのだ。私らしいのだ。だから――
夢は嫌いだ。
夢は、嫌いだ。
夢なんか……
色つきの夢を見る、一人の女
夢はきらいよ。大嫌い。
朝目覚めたとき、夕べみた夢を覚えている時は体がだるい。
「素敵な彼とか夢に出てこないかなぁ、夢の中だけでもいいから燃え上がるような恋がしたい!」
そんなことを夢見ていた少女時代はワタシにもあった。高校を卒業し、反対する親を押し切って東京の大学に通い、バイトとミーハーサークルと合コンに明け暮れた青春時代。夢という夢は、それは全て少女漫画の中だけだということを思い知らされた。
それでもワタシは、夢を求めて、子供の頃から好きだった絵の仕事。CGの製作会社に就職することができた。でもそれこそ仕事というのは一つ一つの夢や憧れを壊してゆく作業に他ならなかった。
「なぁ夕子、オレさぁ、音楽が好きだからこそ、やっぱ、音楽を仕事にはできないわ」
学生の頃付き合っていた彼氏は、デモテープを作っていろんなレコード会社に送り続けていたけど、ある日、ワタシにそう継げて、髪をばっさり切り、就職活動を始めた。
夢はきらいよ。大嫌い。
夢なんか持つから裏切られる。夢なんか見るからだまされる。
「南里くん、またクライアントからクレームあがっているんだけど、どうなってる?」
毎日上司に絞られ、クライアントに怒鳴られ、辛い思いをすればするほど、わたしの見る夢は現実逃避してゆく。色鮮やかな夢の中で、みんなワタシを褒めてくれるのに、どうして現実ではうまくいかないの。だったら夢なんか見なければいい。
夢はきらいよ。大嫌い。
夢はきらい。
夢なんか……
『見なければいいのに』