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BLOODY CHAIN Ⅱ  作者:
第一章 死にたがりの死神
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05 森の中の出会い

ミケル:影隠しの森に住む少年。(自立心旺盛なお子様)

リリア:マダリア王国王女。(疑う事を知らない箱入り娘)

ニコル:ジュリアの愛馬。


ルイーズ:流れ者らしい。ミケルの兄貴分。

ハンナ:ミケルの姉。

 ミケルは焦っていた。

 男達の提示する期限が刻一刻と迫っている。

 このままではたった一人の姉が出稼ぎに森を出なくてはいけない。

 あの法外な金額を稼ごうと思ったら、まともな仕事に就くくらいじゃ追いつきっこない。あいつらだって、そんなことは分かっているのだ。

「ルイーズの奴、どこに行ったんだ」

 突然姿を消した兄貴分に苛立ちをぶつけながら、ミケルは歩く。

 片手に弓、腰につけた(えびら)には矢が入っていた。下草に目を落としながら、歩き慣れた道を進む。

 薬草を集めて、薬に生成して売る。

 森で暮らす彼ら森の民にとって大切な収入源の一つだ。

 それでも、一家が暮らすには充分な金額も、無法な身代(しんだい)(あがな)おうと思えば、とてもじゃないが足りっこないのだ。

 だが、まだ幼さの拭えないミケルにできる仕事と言えばこれくらいしかない。

 祖父のように、樹を切り出すことは独力でやるには無理があるし、姉のように薬草を薬に変える技術も知識も、習得し切れていない。

 何もかも中途半端のまま、一人前になる為の時間こそが、今一番惜しむべきものだった。時はミケルの成長を待ってはくれない。

 それでもミケルは、ルイーズと一緒にする狩だけは得意だった。

 小さい獲物ならミケル独りでも仕留められるようになったのは、年老いた祖父ではなく、流れ者だったルイーズの助力によるところが大きい。日が暮れるまで、自分の狩修行に付き合ってくれたのは、年若いルイーズだった。

 祖父は罠の仕掛け方や、弓矢の手入れの仕方、獲物のさばき方を教えてくれたが、往年のように一日中森の中へ入って、獲物を追い掛け回すほどの体力はない。七十も過ぎた老人にしては、充分すぎるぐらいぴんぴんしているが、二十代のルイーズとは比べるべくもない。

 それに、狩猟は体力だけではなく精神力だって必要なのだ。土地勘と集中力を駆使した一張一弛(いっちょういっし)の駆け引きは、想像以上に体力を消耗する。

 狙われる方だって命懸けなのだから、こちらも相応に真剣にならなくては仕留められるものも仕留められない。野生の獣は敏感だ。こちらの気の緩みを聡く気取る。

 「生命を貰う行為なのだから、中途半端な心がけで弓矢を持つな」というのが、祖父の教えであった。森に生きる全ての生に対する感謝と畏敬――、森に生かされている彼らが守るべき訓戒だ。

 それが、あの無法者達が森に入ってきてから崩れ始めている。


 ルイーズは狩の天才だった。

 流れ者だった彼は、ミケルほどの土地勘も祖父ほどの経験値も持ち合わせていないにもかかわらず獲物を探る嗅覚と一呼吸で矢を放つその間合いのとり方は絶妙に巧かった。

 弓矢の手入れの仕方は祖父から学んだが、弓を引き矢を放つ動作を学んだのはルイーズからだった。どんな体勢からでも的確に的を射抜くルイーズの技術は何十年も狩をしてきた名人である祖父でさえも凌ぐものがあったのだ。

 ルイーズに弓の上達を褒められたことは、祖父や姉に褒められることよりも嬉しかった。基本的に無口なルイーズは寡黙な祖父よりも更に口数が少ない。めったに人を褒めることを知らない厳格な祖父よりも、ルイーズのその言葉をミケルは喜んだ。

 何より姉と二人きりの姉弟であるミケルは、ルイーズが来たことによって兄ができたようで嬉しかったのだ。

 両親は既になく、祖父と姉と三人きりの家族だったミケルにとって、年の近い同性の存在は貴重だった。森を出たことのないミケルにとって、森の外から来たルイーズの存在は新鮮で、同性の彼には姉にも相談できない話をすることだってできた。姉のハンナだって喜んでいたのだ。

 それなのに……。

「どこに行っちまったんだよ、ルイーズ」

 弱弱しい声がこぼれ、それに気づいたミケルはぐっと歯を食いしばった。

(弱気になるな。姉ちゃんは俺が守るんだ)

 決意を新たに、ぎゅっと弓を持つ手に力をこめた時、(いなな)く馬の泣き声にミケルは足を止めた。




 リリアは息を切らしながら馬の背から降りた。

 激情のまま馬を駆ってきたために自分がどこにいるかも分からない。

 後からジュリア達が追ってきてくれるという確信の元に取った行動なので、道筋を覚える必要性を感じなかったし、そんな余裕がなかったというのもある。

 しかし、今はそれを少し後悔していた。どうやら大幅に道を外れてしまったようだ。

(大丈夫。きっとジュリア様は追ってきてくれるわ)

 へなへなと樹の根元に座り込み、リリアは乱れる息を整えた。

 マダリア国王の娘として、リリアには乗馬の心得があった。

 礼儀作法や楽器の習得、地理や歴史、政治の勉強などの帝王学を学ぶ傍ら、息抜きでする乗馬の稽古の時間が、リリアは一番好きだった。

 〝好きこそ物の上手なれ〟という言葉もあるとおり、「さすがは陛下のお子だ」と乗馬の教師からも及第点を貰っている。本当は女であるリリアがそこまで本格的に訓練を積む必要はなかったのだが、本人の意向と何より勉強の合間のガス抜き的な意味合いでしょっちゅう馬と触れ合っているうちに想像以上に上達してしまったのだ。

 しかし、まだ十四歳の少女であるリリアに、他人の馬を長時間(ぎょ)しきるほどの体力はなかった。しかも来た事もない土地である。見通しの良い平らな地面でしか馬を走らせたことのなかったリリアにとって、慣れぬ道と、樹木に視界を閉ざされた悪路は想像以上に走りがたかった。

 最初はリリアの覇気に従わされていたニコルも、途中からいつもと違う騎手の指示に迷いを見せ始め、それが益々体力の消耗に拍車を掛けたのだ。

 ニコルは樹の根元に腰を下ろしたリリアの傍らで、ぴくぴくと耳を左右に向け目をきょろきょろさせて落ち着かない様子だ。

 リリアは立ち上がるとその首筋をゆっくりとなでてやった。主人と離され不安そうなその様子にごめんねと呟く。

 その時、ニコルがピクリと耳を動かし何かに反応したように一方向に視線を向けた。

 がさり、という音がしてリリアはびくりと肩を震わせる。

 思い出した。ここは影隠しの森。

 どこに何が潜んでいるか分からない。

 リリアは、ニコルに寄り添うように、手綱を握る手に力を入れた。

 果たして、木の陰から出てきたのは、薄茶の髪と細長い手足を持った少年だった。

 着古された綿のシャツとズボンを身に着け、腰のベルトには矢の入った(えびら)が巻きつけられている。肩掛けにした籠にはどうやら採ったばかりの山菜や木の実などが入っているらしい。弓を片手に用心深げにこちらを窺う目は利発そうだ。

 リリアは自分より幼い子供の登場に、ひとまずほっとして力を抜いた。

 じっとこちらを見つめてくる少年に声を掛けようとして、先を越される。

「……誰?」

 この年頃の少年特有の高く澄んだ声は、まっすぐリリアに届いたが、馬鹿正直に名乗るわけにもいかず、一瞬言いあぐねる。

 その様子を察したのか、少年はそろそろと近づいてきて「迷子?」と訊いてきた。

 小姓姿のリリアに視線を走らせ、馬のニコルを見上げる。

「あの、あなた、道知ってる? 通り道に出たいのだけど」

 少年は一瞬怪訝そうにリリアを見上げ、目が合うとふいっと視線を逸らし、数秒間沈黙を保ってから意を決したように「いいよ」と答えた。


 ニコルの手綱を握りながら少年の先導のもとリリアは森の中を歩いた。

 気まずい沈黙があった。

 少年はおしゃべりな性質ではないらしくむっつりと押し黙ったまま前を見据え、時折進行に邪魔な木の根に簡潔に注意を促すくらいだった。

 リリアはリリアで自身の身元を有耶無耶にしていることに対して引け目を感じてか、口が重い。

 あれこれ聞かれても困ってしまうが、ほぼ無言でただひたすら少年の後をついていく自分に若干の情けなさを覚えた。

 あの場で待ち続けるという方法もあったのだが、薄暗い森の中でニコルと二人きりでいつ来るか分からぬ人を待ち続けることに急に不安を覚えたのだ。森の奥深くまで入ったつもりはなかったが、見知らぬ土地ではどこが安全でどこが危険かも分からない。せめて見つかりやすい場所に移動しておこうという魂胆だった。

 無茶苦茶をしたという自覚はリリアにもある。ただ、それを反省する気にはなれないというだけで。

「……立派な馬だね。…あなたの馬?」

「え? …ええっと、ううん。正確には私の馬じゃないのだけれど……」

 頭一つ分小さい少年から突如発せられた問いに、リリアはつっかえながら答えた。どうやら彼の方でもこの沈黙に気まずさを覚えていたらしい。

「もしかして偉い人の扈従(こじゅう)? ご主人様の狩の途中ではぐれちゃったとか」

「ああ、うん。そんなところ」

 真相は全く違うのだが、そんなことを言うわけにもいかない。少年の勘違いに合わせることにする。

「そういう人、たまにいるよ。狩場を越えて森の奥深くに入るのはすごく危険だ。特にこの森は」

「あなたはこの森に詳しいの?」

 不思議に思ってリリアが訊くと、少年はひょいっと服の下から首に掛けていた小さな管状の笛を取り出した。

「なに? それ」

「森の民なら皆持ってる笛さ。狩をする時に獲物をおびき寄せるために使ったり、万が一道に迷った時や遠くで意志の疎通を図るためにも使ったりする」

「へえ。じゃあ、あなたは森の番人と言われている一族なんだ」

 そう、と言って少年はヒュルリと笛を鳴らした。ニコルの耳が興味深げにピクリと動く。

「早く戻らないと怒られるかな。少し急ごうか」

 足を速めた少年にリリアは苦笑しながらついていった。

 がさがさと葉叢(はむら)を掻き分け、地面に這いつくばるように隆起している木の根をまたぎ、足場の悪い道なき道をニコルを牽きながら懸命に歩く。少年は急いだ方がいいと思っているのだろう、軽い足取りで苦もなく進んでいるが、リリアは息切れしてきた。もう少しゆっくり、と言おうとしたところで、少年は足を止めた。

「ここら辺でいい?」

 振り返って言った彼に、リリアは肩で息をしながら前を見る。前方には生い茂る緑の向こうに開けた場所が広がっていた。人工的なものなのか、自然にできたものかは分からない。

「あそこに道がある。あそこを通っていけば、森から出られるよ。狩に入る人達は大体ここの空き地を集合場所にしていることが多いから、ここで待っていれば仲間とも落ち合えると思うけど」

 丁寧に説明してくれる少年にありがとうと言って、リリアはその場にしゃがみこんだ。

「大丈夫?」

 少年は箙と同じよう腰に巻きつけていた木製の水筒をリリアに手渡した。

 リリアはもう一度ありがとうと言って、好意に甘えて喉を潤す。

「それ、あげるよ」

「え?」

「飲み物持ってないみたいだし。あんまりおいしそうに飲むからさ」

 自分より年若い少年の親切な申し出に、リリアは戸惑う。

「でも、これ、あなたのものでしょう?」

「いいよ。迷った人を助けるのも俺達の仕事だから」

 じゃあ、お言葉に甘えてとリリアが言おうとした時、ぐぅぅぅぅと腹の虫が鳴った。リリアは顔を真っ赤にする。

 そう言えば朝から何も食べていなかった。喉の乾きを潤したら急に自分が空腹だったことを思い出してしまったようだ。

 少年は笑いもせず、今度は小さな袋から木の実を数粒差し出した。

「リコラの実。歯ごたえがあるけど、ほんのり甘くて、強壮にもいいんだ」

 情けなさに眉を下げっぱなしのリリアも、ここまできたら今更取り繕ってもしょうがないと、赤い顔のまま少年の手の平からリコラもらい、口の中に放った。

「水筒、腰につけてあげる」

 リコラを口に含みながら、リリアは至れり尽くせりの対応にさほど疑問を抱くことなく、「ありがとう」と返す。

「じゃあ、そろそろ行くけど。連れの人と合流できないようだった先に森を出た方がいい。ここだって危険が皆無じゃないし、日が暮れたら大変だろうから」

「わかった。ありがとう」

 礼を言うリリアに軽く頷いて、少年は身を翻すとあっという間にリリアの視界から消えていった。

 名前を訊いていなかったとリリアが思い出したのは、彼の姿が完全に緑の中に消えていってからだった。

「無愛想な子だったけど、親切だったわね」

 頭を寄せてリコラの匂いをかぐニコルの首をそっとなでた。

【箙】…矢を入れて携帯する容器。

【一張一弛】…時に緊張させ、時に楽にすること。

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