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BLOODY CHAIN Ⅱ  作者:
第一章 死にたがりの死神
5/12

04 荒れ模様の恋心

ユリウス:マダリア王国国王。(人間たらしのカリスマおじさま)

バルトーク:専鋭隊隊長 兼 親衛隊隊長代理。(豪快巨人)

パジェス:マダリア王国大老。王様に物申す役。(苦労性の小言大臣)

ドミニカ:王女付きの侍女頭。(肝っ玉母さん)


リリア:マダリア王国王女。(恋せよ乙女)

ジュリア:マダリア王国聖騎士。(石頭の金髪王子)

ドリス:マダリア王国聖騎士。(仲裁役の黒髪色男)

サント:黒衣の異邦人。(主人公だってば)

ニコル:ジュリアの愛馬。(従順で素直な鹿毛馬)

「どういうことだっ!!」

 大老大臣の叱責に王女付きの侍女達は蒼ざめた顔でその場に平伏していた。

 場所は国王の執務室。正午から午後にさしかかろうかという時間帯。

 机上に肘をつきながら、顔の前で手を組み目を閉じて椅子に座る国王の横では、親衛隊長を兼任することになった戦闘隊長が深刻な面持ちで屹立(きつりつ)していた。

 扉の前、平伏する女達の前で仁王立つ小柄な老人の背は、抗い難い大きさで立ち塞がっている。彼の前で平伏する侍女たちのプレッシャーは自分の比ではあるまいと、バルトークは同情を禁じえなかった。

「落ち着け、パジェス」

 静かな王の諫めに、瞳を怒らしてパジェスは己の主を振り返った。無言の瞳がよほど雄弁に彼の心境を伝えている。

「お前が真実叱り飛ばしたいのは私のほうだろう」

 伏し目がちに発せられた声は抑揚に欠けていた。

「――侍女の前で一国の王を怒鳴りつけて宜しいと?」

 押し殺しすぎておどろおどろしい声に戦闘隊長は厳つい顔を引き攣らせた。

 腹に据えかねるどころではないらしい。額を突き破って二本の角が生えてきても不思議ではないと、バルトークは(おのの)いた。

「大老、責任は全て私のものです」

 ドミニカは体を小さくしてうずくまる。

 数時間前リリアの寝室に押し入った彼女は、捲り上げた布団の中にクッションの塊を見つけ、一瞬目が点になった。

 状況を把握するのに数秒を要し、ざっと顔色を変えると大声で侍女達を呼んだ。

 部屋の隅々まで探し、いないと分かるや禁裏を守衛している親衛隊員を巻き込んで後宮総出で大捜索となった。

 が、どこにもいない。

 国王の許に報せが入り、宮殿、宮廷――宮城から王城全体へと範囲を広げ、王城内の騎士団員全員で捜索中だが、未だ朗報は入ってこない。

 すわ、誘拐か――と疑念が走る。

 次から次へと沸いて出てくる想定外の問題事に、王城全体が右往左往していた。

「――ドミニカを残して、他の者は下がれ」

 王の言葉に侍女頭を残して女達が退室する。

 さて――、と一息ついた国王に肩を震わせドミニカは一層深く頭を下げて、床に額をこすりつけた。

「昨日のリリアの様子を詳しく話してくれ」

「…はい。ここ数日リリア様は少し神経質になっていたようで、落ち着いていられないご様子でした。己の監督不行届きを告白するのは汗顔(かんがん)の至りですが――、昨日一人で部屋を抜け出したリリア様は陛下にきつく言い含められたと、その後ずっと寝室に閉じこもっていたのです。そして夜になったら突然陛下にお会いしたいと、私にお供を命じられました。本来ならその時お止めすべきだったのですが、何やら思いつめた表情をしていらしたので、一人で抜け出されるよりはとリリア様に従ったのです。ですが、陛下には先客があったようで、控えの間で待つことになりました。その時私は外の廊下で待っていました」

 ユリウスはちらりと視線を隣にある部屋に移した。

 昨夜、リリアはそこにいたという。

 彼は目を細め、先を促した。

「そうしたら、陛下にお目通りする前に控えの間から飛び出してきて、制止の言葉も聞かず御自分の部屋にお戻りになったのです。ひどく混乱していたご様子で、何かあったのかと尋ねたのですが、そっとしておいて欲しいとおっしゃられ、昨夜はそのままお側を辞しました。今朝は昨夜のことが気掛りでリリア様が御自分で起きてこられるまで待っていたのですが、寝室から出てくる気配が一向にないので、十時過ぎごろにお部屋に入ったのです」

「その時には、布団の中は既にもぬけの殻だったのだな」

 パジェスの確認に、ドミニカは「はい」とうなだれた。

「夜の(とばり)が下りてからリリア様が陛下に面会を求めた理由も気になりますが、それを遂げることなくお戻りになられたことの方が一層気にかかります。今の話を聞く限り、陛下に先客があった時リリア様はここの隣の部屋にいて、こちらでなされていた会話を聞いてしまったのではありませんか?」

 暗に鋭い目で質してくるパジェスに、ユリウスは瞼を閉ざして沈黙する。嘆息して、言った。

「……どうやらそのようだな」

「一体、誰と何のお話をしていたのです?」

 その問いには答えず、ユリウスは目を開けると黙って背後に侍していたバルトークに言った。

「親衛隊から早馬を出してジュリアとドリスを追ってくれ」

「陛下?」

「リリアがいるとしたら、そこだ」

 驚く三人の臣に、ユリウスは一人思案に沈んだ。


†††


『ジュリア=シナモン少将、ドリス=サラミア大佐、――以上両名、親衛隊からの除籍を命ずる』

 その第一声にジュリアとドリスは硬直した。

 目を見開いたまま二の句を告げなくなっている二人を見やる国王ユリウスの目は静かだった。冗談や嘘を言っている顔ではない。

 驚愕からいち早く立ち直ったドリスは、隣で蒼ざめている男を横目に言う。

『ええと、陛下、俺はともかくジュリアもですか?』

 無論と頷くユリウスに、ジュリアは震える心臓を押し殺して声を出した。それはまるで死刑宣告をされながら、果敢に己の無実を訴えている囚人のような風情だ。

『…理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?』

『これから話す。――その前に、二人とも胸の太刀を抜け』

 驚愕が二人の騎士の胸を打つ。

『国王ユリウス=シーザーの名において問おう。

 ――聖騎士として、王のために死ぬ覚悟が、お前達にあるか?』 






「さぁ、説明してもらいましょうか、姫様」

 ドリスの追及にリリアは頬を膨らませると、ぷいとそっぽを向いた。

「…姫様」

 何が気に入らないのか口を尖らせたまま頑な王女の様子にドリスは溜息をつく。

 用意周到と言わざるを得ないリリアの格好には、突発的なものではなく計画的な意図が感じられた。

 真っ白い絹のシャツの上に袖なしの胴着を重ね着し、ズボンを穿()きベルトではなくサスペンダーでズボンを吊っていた。皮の長靴を履いて、腰元には繻子(サテン)の帯を巻き巾着をつけている。豊かな髪は後ろで一つの三編みにされ、赤い絹のリボンが結ばれていた。

 派手ではないが、実用的で瀟洒(しょうしゃ)

 彼女の父親の趣向を踏襲したような格好だった。

 一見して、どこかの名家の小姓のようにも見えるが、よく観察すれば男装の少女だということは容易く看破されるだろう。

 誰にもばれずにここまで来たのは大した行動力だと言えるが、今頃王城でどんな騒ぎになっているかを想像して、ドリスは酒を飲んで全て忘れてしまいたいと思った。

 ちらりと隣の相棒を見やれば、思いつめた表情で黙りこくっている。

 顔を戻せばリリアがジュリアのその表情を不安げに窺っていた。ドリスのその視線に気づき慌てて顔を逸らした彼女に、ドリスはもう一度胸の中で盛大な溜息を吐いた。

 彼女がこんな暴挙に及んだ理由に思いを馳せた結果、全部隣の相棒に押しつけるのが妥当であるという結論に達する。

「早く殿下を送り届けたほうが良くないか?」

 傍観者に徹していたサントの言葉に、ジュリアは目を眇める。

「初めから気づいていらしたと?」

 びくりとリリアの肩が揺れたが、ジュリアは気づかない。

 サントの黙殺を肯定と受け取ったジュリアは、視線を逸らさないまま言う。

「ドリス、リリア様を城までお送りしろ」

「俺一人でか?」

「一人じゃ不安だとでも?」

 ドリスは肩を竦めた。

 じっとサントを見据えているジュリアに、今のリリアの表情は分からないだろう。

「案内は必要ない。二人で行け」

「承服できません」

 サントの言葉を打てば響く早さで却下したジュリアの言葉遣いは丁寧だったが、容易に意を覆さないという鉄の意思に満ちていた。

「王に何と言われた」

「聖令は主従間で結ばれる神聖なもの。決して他言することはありません」

「立派な心がけだが、それで? この事態をどう切り抜けるつもりだ」

 挑発的なサントの声に、ジュリアは振り返ってドリスを見る。その視線にドリスは肩を竦めた。

「姫様を城まで届けてから、後で合流しろって?」

 やれやれと後頭部を掻いてリリアを見たドリスは、駄目元で提案してみる。

「それって、俺とお前のポジション変えられない?」

 無言で目を細めるジュリアに続ける。

「付き合いの長さで言うなら、俺とサントの方がいいだろう。姫様だって俺よりお前の方が安心する」

「私は帰らないわっ!!」

 自分を置き去りに進められる会話に焦ったリリアは、ジュリアとドリスの間に割り込んだ。

「リリア様…」

「ここまで来たのだもの。私は帰りません。この国を見て回ることは、王女の私にとって必要なことでしょう!?」

 そこでようやく、ジュリアがリリアと目を合わせる。

 だが、その目は今までリリアが見てきた瞳とは違った。

「リリア様、何故こんな真似をしたのです」

 まっすぐな目は変わらなくても、そこには厳しさがあった。

 こんな目をして自分を見るジュリアを、リリアは知らない。

「城の者達が今頃どんな思いをしているか、貴女は考えましたか? 今回ばかりは浅慮が過ぎます。陛下もお許しにはなられないでしょう」

 厳しい眼差しと言葉に動揺したりリアは、逆上した。

「何がいけないと言うの!? お父様だって身分を隠して街の視察に出ることがあるじゃない。何をするにも許可が必要だなんてもううんざりよっ! 周りの言いなりになって大人しくしていることが、王女の役目だと言うのなら、私はそんなのごめんだわ!!」

「……リリア様、そういうことを言っているのではありません。論旨(ろんし)をすり替えないでください」

「すり替えてなんていないわ! 王女として城の外に出て見聞を広めたいと言っているの!」

「……だとしたら軽率と言わざるを得ません。御自分の私意を正当化するための詭弁に聞こえます。誰にも何も告げず、ここまで来たのでしょう。――上に立つ者が正しい順序を経ずに事に当たれば秩序は乱れる。王族だからこそ正しい道筋が求められる。少なくとも表立ってしてはいけません。それは声を大にして己の不正を唱えていることと同義だ」

「それならばお父様に許可を取ります。私と一緒に城に戻りなさい」

 揺るがないリリアの意志に、ジュリアとドリスは顔を見合わせ、背後のサントを見やった。

「申し訳ないが、殿下、引き返すのならそこの二人と共にお戻りになられのるがよろしい。先を急ぐ旅ゆえ、私はここで辞去させていただく」

「勝手に決めないでいただきたい。陛下の命に背いて、貴方を放って帰れるわけがない」

「親衛隊の隊長が、王女殿下の命を蔑ろにするおつもりか?」

「私が聖騎士として従うのは、マダリア国王ユリウス=シーザー陛下ただお一人。王女殿下より陛下の命を優先させることになんら矛盾は生じない。何より、私はもう親衛隊から除名された身です。帰る場所など既にない。――貴方がどれだけ嫌がっても、私は貴方から離れるつもりはありません」

 サントと向かい合ってリリアに背を向けていたジュリアは、王女の顔色が良くない方に変わってしまったことに気がつかない。

「ジュリア」

 ドリスはどうしたもんかと頭を掻きながら、サントとジュリアの間に割って入った。

 こんな相棒を見るのはずいぶん久し振りだが、恋の苦さを知らないリリアには少々酷だ。いつもの紳士道はどうしたと言ってやりたい。無自覚の罪深さを知らぬほど子供ではあるまいに、どうしてこっち方面に来ると極端に(なまくら)になるのか。

 そんなに陛下が好きなら、いっそお前が結婚してしまえと、この時ドリスは思った。

「私はっ!」

 悲鳴のような叫びが、リリアの喉を裂かんばかりに飛び出した。

「ジュリア様が戻られないのなら、私も絶対戻りません!!」

 ジュリアの愛馬であるニコルの(あぶみ)に足を掛けたかと思うと、身軽く飛び乗り、街道を外れあろうことか木々の生い茂る森の入り口へと馬首を巡らせた。

「リリア様!?」

 ジュリアとドリスははっとして叫ぶ。

 背後で制止を叫ぶ二人の声に、リリアは一層意固地な気持ちになったのが、自分で分かった。

 事の是非などもはやどうでもいい。

 非が自分にあると明らかだとしても知るものか。

 これは道理の問題じゃない。己の心を殺す道など、リリアの選択肢には含まれていない。

 ただ、あの黒衣の人物とジュリアが一緒にいるのだけは許せない。

 己の心が醜い感情で蓋をされていると自覚して尚、承服できない強烈な拒否感だった。

 ――私から大切な人を奪っていくなんて絶対に許さない。

 己の感情のみを武器に、それを振りかざして道を通すことにいささかの痛痒(つうよう)も感じ得ないほど、リリアはこの時その感情に支配されていた。

 親の仇のように、黒衣の人影を睨みつけたかと思ったら、リリアはニコルの手綱を振り絞って、腹を蹴った。体上にいる人物に戸惑っていたニコルは、鬼気迫るリリアの指示に条件反射のように従ってしまう。

 「止まれ、ニコル!」と後ろから命じる主の声にピクリと耳が反応したが、リリアはそれを許さず、きゅっと(もも)の内側に力を入れ、ニコルの逡巡を封じてしまった。

「行きなさい!」

 雷鳴の如く命じられ、尻を叩かれたニコルは、体上で小さな騎手が前方に重心を移動させ前進を促したので、その的確な動作に従順に反応した。指示通り、森の中へと突っ込んでいく。

「まっ!!」

 愕然とした背後の声に、ジュリアが自分を追ってきてくれればいいとリリアは思った。

【汗顔】…大いに恥じて顔に汗をかくこと。

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