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第7話 ブラッドペッパー

「ごちそうさまでした」


ユタカは満腹そうに手でお腹をさすっている。

これでやっと動けるということで、彼はキッチン・パスタの力の主人ことニルバにブラッドペッパーが生える場所まで案内してもらうことになっていた。





「なぁ、一応ナイフくらいは持ってるよな?」


とニルバはユタカに尋ねた。


「これがあります」


ユタカはレデューの中から包丁を取り出してニルバに見せた。


「……包丁か。護身用にと思ったんだがよ、ま、大丈夫だろ。じゃ行こうぜ」




ルマの街を出て西に位置するネモネの森の奥を目指す。



歩くこと2時間、何事もなく意外と早く森の奥へと二人は到着した。

ニルバいうにはネモネの森はそこまで広くなく、奥まではすぐ着くとのこと。


2時間後。


「さぁ、着いたぜ。この辺りがブラッドペッパーが生えてたとこだ。ま、今は何もないようだがな」


ニルバが人差し指で示したところの周辺は地面の色が黒かった。縦2メートル幅10メートル程の面積も有しており、そしてそこだけ何も植物が生えていない状態である。

黒い地面の周囲は草等の植物が生えているのにもかかわらず、その黒い一帯だけは植物どころか何も生えていなかった。


そんな不自然な黒い一帯が気になったのか、ユタカはその場所へと近付いた。


黒い地面のある一帯はニルバが言っていたように暗く、太陽の光りは当たっていても明るくなることはなかった。


原因を探るためユタカはその黒い地面に手を触れようとしたとき、


「ま、待て!その土に触っちゃいけねぇ!」


ニルバがもの凄い勢いでユタカの手を掴んで止めた。


「ふう〜危ねぇとこだったぜ。お前あと少しで手が溶けてたぞ!」


「え!?」


「この黒い土はな【ブラッドソイル】と呼ばれ、触れたものを溶かすんだ」


想像しただけでゾッとしてしまいそうである。危うくその黒い土に触れそうになった彼は直ぐさま手を引っ込めた。


「そ、そうなんですか…。ありがとうございますニルバさん。それなら人間以外の動物や草木も溶けるんですよね?」


「いや、草木は溶けねぇみたいだぞ。溶けるのは動物だけだ」



なんとも恐ろしい土である。

まるで生きているかのようなそんな土。とはいえファンタジーな世界なのだから十分に有り得るとユタカは思う。そこで一度動物が溶けるところを見てみたいなと物騒なことを思っていたりもした。


ふとニルバの方へ視線を向けると、ポケットから何かを取り出して口へと運んでいるのが見えた。


彼はユタカの視線に気付いたようで、


「なんだユタカ、これが欲しいのか?」


とニルバはユタカの方へと手をヒラヒラさせる。その手に持っている物は薄っぺらく色は赤くて乾燥させたような、それでいて噛めば噛む程に味が出る…そう干し肉である。

ちょうどおやつ時であるらしくニルバはそれを食べていた。


「ほらよ」


ニルバから受け取った肉にかぶりつく。


噛めば噛む程味が出て美味しいらしく思わず笑顔になる。何の肉かは判らないのでユタカはフィニッドを開いてみることにした。



【オレゴン】

草食動物で性格は大人しい小型の牛の一種。半年で成熟することから安価で手に入れられる。ステーキなど焼いて食べるよりも干し肉にされることが多く、こちらのほうがしっかりした味わいがある。脂肪は少ないほうでサッパリとしている。



「干し肉ね……肉?」



ここで彼は先程ニルバの言っていたことが頭を過ぎる。



『溶けるのは動物だけだ』



と。



今ユタカが手にしているものは干し肉である。

言い換えれば"動物の肉"である。


「もしかしたら」


彼は、手に持っている干し肉をブラッドソイルに目掛けて投げ込んだのだ。


すると、


ジュウゥ


という音とともに見る見るうちに干し肉が溶けていく。


「やっぱりね」


ユタカは予想通りだと言わんばかりの表情で、肉が溶けていく様子を見ていた。


「おい。なにがやっぱりね、だ!人くれてやったものを捨てるとはどういうことだコラァ!」


どうやらユタカが干し肉をブラッドソイルへと投げるところをニルバは見ていたらしく、ご立腹であった。


「ニルバさんごめんなさい」


直ぐさまユタカは謝る。




「…仕方がねぇな。でももう干し肉はやらんから」


プイッとニルバは若干拗ねてしまった。




そんなやり取りをしている間に、変化は訪れた。



ブラッドソイルの周辺は暗さがなくなり、ほんのりと明るくなっていたのである。


その様子に気付いたユタカはブラッドソイルへと近付いた。

すると先程まで何もなかったはずの黒い土から、黄緑色の突起物がピョコッと顔を出してした。


「これはひょっとして…」


ユタカはニルバを呼び出してブラッドソイルを見てもらうことにした。


すると、


「なっ!ブラッドペッパーの芽じゃねぇか!」


と興奮した状態で叫んだ。


「何で芽が出たんだ?まさか…これか?」


ニルバは手に持っている干し肉を見ながら信じられないといった表情になっていた。



「ニルバさん、もしかしたらブラッドソイルは『肉食の土』なのかもしれません」


「肉食だと?この土がか?」


「はい。動物等の肉をブラッドソイルが溶かしてその養分をブラッドペッパーの種が吸収をして成長するのではないかと私は予想しています」


現に干し肉を投入して芽が出たのでユタカの予想はほぼ正解なのだろう。しかしここで疑問が出てくる。

何故ブラッドペッパーが採れなくなったのかということを。



「はは、ブラッドペッパーが採れなくなったのは俺のせいってわけか」


ニルバそう言って溜息を吐いた。




「どういうことですか?」


「そうだな、まだブラッドペッパーが採れてた頃だ。ブラッドペッパーを採りに行く度、毎回動物達の骨があったんだ。俺は森の動物達がこのブラッドソイルの犠牲になったんだと思ってどうにかならねぇかと考えた。んで考えた結果、動物達がブラッドソイルに近付かないよう周辺に魔法をかけた。その結果、まさかこうなるとはな。



自業自得てか」


彼は力のない声で苦笑を浮かべる。


「ニルバさんは優しいですね。森の動物達が犠牲にならないようにしたんですから。でもその代わりにわかったことがあるじゃないですか」


そう、わかったこととはブラッドペッパーの性質。

森の動物が犠牲にならないようにしたのならば、街で売っている肉を撒けばいい。どちらにせよ動物は犠牲になるが。森の動物は守られるが狩った動物は犠牲になる…なんとも矛盾しているかもしれないが、食用の肉は森で採られていないことを願うばかりである。





日が傾いてきたせいか、空はすっかりとオレンジ色の夕焼けに染まっていた。


「原因が分かったことですし、また明日来ましょうニルバさん」



「そうだな、明日来て肉を提供しよう。うまくいけば数日でブラッドペッパーが実るかもしれん」



というわけで本日のところは帰ることにした二人だった。






〜翌日〜




朝早くから、大量の肉を背負ってネモネの森の奥へと歩いていくニルバ。そしてその隣りにはユタカがいた。


2時間後、二人はブラッドペッパーが生える場所まで到着。




「ニルバさん、昨日は芽しか出てなかったのに、大分成長していますよ」


先日は突起物が出ている程度だったのが、一日経った今では20センチ程の高さになり三角形の葉っぱがちらほらと見られるようになっていた。


「みてぇだな。まさか干し肉が効果を発揮するなんて…っと」


背負っていた大量の肉をニルバは地面に下ろした。


「やるか!」

「ですね、これだけの肉があればしばらくは大丈夫でしょう」


20キロはあるんじゃなかろうかの肉達を、


「「そーい!!」」



と掛け声をかけながら二人は黒い土ことブラッドソイルへと投下した。



ジュウゥ〜


ジュウゥ〜


ジュジュウゥ〜



肉達はブラッドソイルに触れるやいなや、あっという間に溶けてなくなってしまった。



「これで、後はブラッドペッパーが実のを待ちましょう」


「だな、じゃ帰るか。また明日にでも見に来よう」


そう言いながら二人が帰ろうとした時、



ゴゴゴゴ…



地響きが起きているかのような低い音が響き、そしてブラッドソイルが光り輝いた。







今、目の前で起きた出来事が信じられないといったような二人は、ポカンと口を開いた状態で固まっていた。



そして二人は同時に、



「「ブ、ブラッドペッパーが実ってる!」」


と叫んだのだった。


「さすがファンタジー」



「今何か言ったか?」



「いえ、なんでも」



「…まぁいい。しかし、こんなことって有り得るんだな」



10センチ程だったブラッドペッパーは急速に成長し2メートル程になった。そして、紅い色をした唐辛子と同じような見た目のブラッドペッパーの実が50本以上実っていた。




「ニルバさん、どうします?このブラッドペッパー採りますか?」


「勿論だ全部採るぞ」




「…この植物どうなってるんでしょう?」


ブラッドペッパーを採っても採っても次々に生えて実っている。二人はすでにこのやり取りを10回以上はしている。


そして採取したブラッドペッパーは持ち切れないので、フィニッドから取り出した大きい鍋に入れていった。





20分後、やっとブラッドペッパーは実らなくなったようで二人は手を休めていた。


ざっと2000本以上はあるだろうか。鍋にはこんもりブラッドペッパーが盛られている。


ブラッドペッパーは採取したついでにフィニッドに記録することを忘れない。






【ブラッドペッパー】

肉食唐辛子ともいう。

ブラッドソイルと呼ばれる肉食の土でしか育たない植物。吸収する養分が多い程、成長してたくさん実る多年草の種類であり一年中採れる。色は赤く形は通常の唐辛子よりも少し大きい。切ると断面が星の形をしていて切り開くと血のような赤い液体が出ることからブラッドペッパーと呼ばれている。通常の唐辛子よりも鉄分が100倍も含まれていてカプサイクロンという脂肪燃焼効果が高い成分も含まれている。辛さは通常の唐辛子と同じくらいで、甘さとその辛さが絶妙な味わいをもたらし、ニンニクとの相性は最高で、よくパスタに用いられる。



ブラッドペッパーはネモネの森の奥でしか採れないためにサマリ王国以外では高価で取引されている。





「ありがとな」


ニルバはユタカに頭を下げてお礼を述べた。


「いえいえ。役に立てて良かったですよ。無事ブラッドペッパーが実るようになりましたしね。大量に手に入ったことですし帰りましょう」


「そうだな。帰ろう」




街に着いた頃には、ちょうどお昼時であった。



「ユタカ、俺特製の【ペペロンチーノ】を食わせてやるからうちの店に来な」


ついにニルバのパスタが食べられることでユタカのテンションは上がる。


「ぜひ」


と返事をしてニルバの店へと向かった。






トントントン



ジューッ



サーッ



香ばしい香りが店内に広がる。油で炒めたニンニクの香りが脳を刺激してユタカの空腹を加速させる。



「待たせたな」


彼の目の前に出されたのはニルバ特製ペペロンチーノ。

ブラッドペッパーの赤い色と緑色をしたパセリらしきものが色鮮やかで見た目が良い。そして食べていないのにもかかわらず食欲をそそるニンニクの香りが早く食べたい衝動を引き起こす。


「いただきます」


フォークを片手にパスタをクルクルっと巻いて口へと運ぶ。


モグモグ



「美味しい、美味し過ぎる!」


ニンニクの風味とブラッドペッパーの辛味、そして甘さが辛さを上品に包みこむ。ニンニクとブラッドペッパーが踊るようなハーモニー。塩加減がまた絶妙で、パスタの固さもちょうどよくアルデンテ。


次から次へと口へとパスタが放り込まれてあっという間に完食してしまった。


「ごちそうさま」





「どうだ?うまかっただろ?」


とニルバは聞く。


当然そんなことは決まっているのでユタカはこう答えた。


「初めてこんなに美味しいペペロンチーノを食べました。ニルバさんありがとうございます」


「礼を言うのはこっちだぜ。お前のお陰でブラッドペッパーが手に入ったんだ。まぁいつでも食いに来てくれよ。ユタカならタダにしてやるからよ」




と、輝くような笑顔でニルバは言った。




「わかりました。じゃまた来ます」



ユタカはそう言って店を後にした。



こうして【キッチン・パスタの力】は活気を取り戻し、前以上に行列が絶えない店になったという。





ちなみに採取したブラッドペッパーは『これはニルバさんが貰うべきです』とユタカが強く言って無理矢理受け渡した。

また、ブラッドペッパーの所有権と管理は『ブラッドペッパー協会』という協会にある。そのメンバーの一人にニルバは入っている。これにより、独り占めすることはなく安定した供給がされていたらしい。今回入手した大量のブラッドペッパーはその協会にて分配する方向になったという。



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