第5話 エウベル商会
リッチミルクの果実を食べ終えたシアに、ユタカは、リッチミルクの植物体の上にいる所から見えた街らしきところに案内してもらうことになった。普段口にすることが出来ない食べ物を食べられたということで、そうなったわけである。
「でもいいの?あの大きさの果実なら高額で買い取ってくれたはずよ」
「ああ、それなら問題ない。ほらこれ」
ユタカの手にはリッチミルクの果実(特大)が握られていた。
「え?どうして?さっき全部食べたはず…よね」
シアが疑問に思うのも無理はない。リッチミルクの果実は通常ひとつの植物体からはひとつしか採れないからだ。
そして今回ユタカが植物体から手に入れたのはひとつである。
では何故、彼は食べてしまって存在するはずのない果実を持っているのだろうか。
するとユタカはこう言った。
「実はこれ複製したものなんだ」
なんとユタカは【複製能力】を会得していた。
【複製能力】
『一日に一回のみフィニッドに記録された食べ物、食材をひとつだけ複製出来る。複製したい食べ物や食材は、ページを開き念じることで複製出来る』
リッチミルクの植物体から脱出する際に、フィニッドのページがめくられてそこに記された内容が直接頭の中へと流れ込んできたことで彼はその能力を会得した。
ちなみにフィニッドは消えろと念じれば消え、現れろと念じれば現れる仕様となっている。
「凄いわね!複製魔法なんて聞いたことも見たこともないけど、ユタカは魔道士なの?」
(シアはアレが魔法だと思っているのか。ならば魔法ということにするか…いや、魔法が使えないのに、私は魔道士ですだなんて言うのは何だかいただけないしな)
とりあえずユタカはフィニッドを手元に出現させる。
するとシアはまじまじとフィニッドを見て頷いた。
「なるほど魔道書か。ユタカは魔道士なんだね」
「いや、私は魔道士じゃない。あとこれはフィニッドといって魔道書じゃないんだよ」
開いて見てみなと言いながらシアにフィニッドを渡してみるユタカ。
「…あら?開かないわよこれ」
シアは力を込めて開こうとしているが、全く開く気配がしなかった。
どうしてだろうと思いつつユタカはシアからフィニッドを返してもらい、開いてみることにする。
「あ…」
パサッと簡単にユタカはフィニッドを開くことが出来た。
するとシアはこう言った。
「もしかしたらその本は所有者を選んでいるのかもね」
その言葉にユタカは納得する。
念じることで消したり出現させたり出来るのはそういった理由があるからだとと思ったからである。
「シア、私はこのフィニッドという本によって複製能力を得た。しかも食べ物限定の」
「食べ物限定?他のは出来ない?…フフッ、何だか面白い能力ね。まあその能力があれば餓死はしなさそうだけど。それで、結局ユタカは一体何者なわけ?」
フードマスター、と言いたいところだが、その言葉はこちらで認識されているのかわからない。ならば、食を発展させることを表してみようとユタカは思う。
「私は【食の開拓者】だ」
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シアの案内で【ルマの街】にユタカは到着した。
と街に入る前に、何者かがいる。
鎧に身を包み、体格ががっしりとしていそうな人物が何名か、入り口を守るように佇んでいた。
「ほう…見ない顔だな」
いわゆる門番とやらにユタカは止められた。
「遠い所から来たものでして。街に入れてもらえないでしょうか」
とユタカは言うが、門番の人からは警戒されている。
黒髪黒目、こちらの世界になさそうな服装、遠い所から来たという曖昧な場所の表現、これらを統合して怪しいことこの上ない。そして危険な者を街の中には入れるわけにはいかないので当然の反応である。
しかし助け船は出されるもの。
「バルブさん、ユタカは信用できます。通してあげてください」
「これはこれは、シア様。…シア様がそう言うのでしたらお通ししましょう」
(やった、街に入れる。シア様様だな感謝しよう…ていうかシア様?シアって偉いのか?)
ユタカはシアがどこかいいところの家柄なのかと思いつつお礼を言い、門番のバルブさんに会釈をしてルマの街へと足を踏み入れた。
「ようこそルマの街へ」
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「なんだかカッコいいな…」
門をくぐり抜けたユタカは思わず感想を口に出した。
中世ヨーロッパだと思わせる白やバラ色を基調とした石造りの建物が連なっている街並みに感動していたのである。テレビや雑誌などで西欧の街並みを見かけることはあっても日本から出たことのない彼にとっては、とても刺激的で新鮮であった。
そして街だけあって人通りは多く、賑わっている様子から活気溢れる街である。また街の中心部に位置するところには噴水が設けられている。
幾分か上機嫌になりながら歩を進めるユタカは、何気なくズボンのポケットに手を突っ込んだ。すると少しばかりヒンヤリとした手触りのする何かがあることに気付いた。何だろうと思い取り出してみると、鳥のような獣のような絵が描かれた模様をした円形の金属が3種類、金銀銅の1枚ずつがそこにあった。
(これはお金か?見たことないし…こういうことをするのは神様だよな。ならば餞別としてありがたくいただこう)
世界が違えば通貨も異なるのは当然である。
とりあえず硬貨の価値がどれほどなのか判らないが、しばらくはお金には困らないだろうと彼は予想する。
「そういえばユタカ、その手に持ってる果実はどうするの?」
とシアが聞いてくる。
ユタカは手に握っている乳白色の果実の使い道についてはどうしようかとずっと考えていた。いつまでも手に持っているわけにはいかないということもありなんとかしたかった。フィニッドには『大変珍しい』と書かれていたこともあって、それなりに価値があると踏んでいる。なので、売るか保管するかのどちらかにしようとした。
その趣旨を伝えると、
「そうねーリッチミルクの実を売るなら【エウベル商会】へ行くといいよ。何と言っても王室御用達だからね。そこなら買いとってくれるわ」
と教えてくれた。
(王室御用達か…そんなものがあるのか)
「ユタカ、案内はここまででいい?アタシは【ギルド】に用事があるので」
「ギルド?」
「うん」
(ほー、ギルドが存在するんだ。まぁ今はエイベル商会に行くことを優先にしよう。ギルドは次回ってことで)
ユタカはシアにエイベル商会までの道を教えてもらい、別れることになった。
「じゃ、アタシはこっちなので、機会があったらまたお会いしましょう」
「そうだな、また会おう」
お互い手を振って二人はそれぞれの場所へと向かった。
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「ここがエイベル商会か」
シアと別れたユタカは10分程歩いていると、一際大きい建物の前まで来ていた。灰色の外観で入り口の両隣りは何かの野菜かと思われる銅像が置かれている。
カランコロン
「こんにちわ〜」
「いらっしゃいませ」
建物の中へ入ると、いかにも紳士と思わせる格好と雰囲気を兼ね備えた、見事な白髪と鼻の下の髭が特徴的な壮年男性が出迎える。
「本日のご用件は何でしょうか?」
「はい。こちらでリッチミルクの実を買い取りしていただけるとお聞きしまして、買い取りしていただきたいのですけども」
とユタカは言いながら、手に持っている果実を壮年の紳士に見せた。
「ほほぅ。これはまた珍しいものをお持ちですな。それではこちらへどうぞ」
ユタカが案内されたのは、カウンターのある場所であった。
「ここでお客様がお持ちになった品々をお売り出来ます。係の者が参りますので少々お待ちください」
「ありがとうございます」
壮年の紳士は一礼し、自分の持ち場へと戻っていった。
一分程すると、一人の女性がやって来た。
「大変お待たせしました」
その女性は紫色の髪を一つにまとめていて、やや釣り上がった目によく合う眼鏡をしており、いかにも仕事出来そうな雰囲気を醸し出している。
「コレを売りたいのですが」
ユタカは手に持っていたリッチミルクの果実を見せた。
「少し拝見します」
そう言ってリッチミルクの果実を鑑定し始めた。白い手袋を装着し、持ち上げながら色々な角度から鑑定していく。持ち上げた果実を降ろすと、今度は手に意識を集中させている。そして手の平を光らせてリッチミルクの果実にその光りを当てた。
「これはリッチミルクの果実で間違いありませんね。検査魔法では特に異常は見られなかったようですし。」
(ふむ、なるほど。検査魔法か。王室御用達だし、変な物が王様達に提供されることを防ぐためか。毒物なんかがあった場合シャレにならないもんな)
「よくこのような珍しいモノを見つけましたね。さぞかし大変だったでしょう」
そうですね〜とユタカは言いながら苦笑した。実際はそこまで苦労してないからである。むしろ簡単に手に入れたと言ったほうがいいだろう。
そして、売約金額が示された。
「リッチミルクの果実(特大)は一つ5800ルーペで買い取らせていただきます」
「はい、わかりました」
5800ルーペというのがどのくらいなのかわかっていないユタカだったが、とりあえず返事をして麻のような袋を受け取った。
その中には金貨が5枚と銀貨が80枚が詰め込まれていた。
このことから金貨1枚1000ルーペ、銀貨1枚10ルーペであることがわかった彼は銅貨は1ルーペだと予想した。
「ご利用ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
ユタカはエイベル商会を後にした。
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ちょうど太陽が沈みかけているせいか空は茜色に染まっている。
(日が暮れてきたことだし、泊まる宿でも探そう)
ユタカはそう思いながら大きな通りを歩いていると【宿屋ゴア】と書かれた看板を発見した。
「…なぜだろう。見たことがない文字なのに読めるんだが」
今更ではあるが、ユタカはこちらの世界の文字が読めている。そして知らないはずの文字なのに書くことも出来るようになっていた。また言葉も同様で、日本語ではないのに話せたり聞いたり出来ている。神様の力によるものだろうとあたりをつけ彼は宿屋に入っていった。
「いらっしゃい。一泊50ルーペだ。泊まっていくかい?」
そう聞いてきたのは、ガッチリとした体つきで、豪快さが滲み出ている主人だ。
「はい。空いている部屋はありますか?」
「おう、ちょうど一部屋だけ空いているぜ!部屋の鍵はこれだ!一応飯は朝のみ出してるから、昼と夜は各自で頼むな。じゃよろしく!」
部屋の鍵を受け取ったユタカは鍵に書かれた番号の部屋へと向かった。
「意外と広いな」
異世界初の宿の部屋の中は10畳以上はありそうな広さがあり、ちょっとした家具が置かれている。そして、彼にとっては嬉しいことにキッチンが備え付けられてあった。しかし調理器具等はなさそうなので調達する必要があるみたいだ。
ぐぅ
「腹減ったな」
こちらの世界に来てからリッチミルクの実以外何も口にしていないことに気付いたユタカは街に出て、ご飯処を探しにいくことにした。
宿を出て少し歩いていると、
「良い匂いだな…辿ってみるか」
犬のように鼻を利かせながら匂いのするほうへとユタカは辿っていった。
しばらく辿っているとある一軒のお店の前で足を止める。匂いの発生源かと思われるそこからは食欲を掻き立てる良い匂いが溢れ出ていた。抑えることの出来ない欲求に身を任せ店の中へと入っていった。
カランコロン
「いらっしゃいませー」
店内に入ると、おばちゃんがせわしなく動いているのが見える。
「開いてる席に座ってちょうだい」
おばちゃんは忙しそうにしながらも客お方を伺っている。
開いているカウンター席に座ってメニューを開くと、【おばちゃんオススメ定食】が目に入り、気になったユタカはそれにすることにした。
「お客さん注文決まったかい?」
「はい、おばちゃんオススメ定食でお願いします」
「はいよ!出来上がるまでちょっと待ってておくれ」
…10分後、
「お待ちどうさま」
「いただきます!」
ユタカはすぐさま【箸】を使い次々と料理を口に運んでいく。
「ゲホッ、ゲホッ」
と途中むせていることもあったが。
この世界には【箸】が存在していた。ナイフとフォークだけかと思っていたユタカにとってはありがたいものである。
お水をいただいて一息いれたユタカの感想はずばり、
「美味しい!」
であった。
定食のメインである油で揚げてあるだろう衣に包まれたコレは、ユタカいわく、サクッとしたキツネ色の衣の中はジューシーかつヘルシーな鶏肉に近いものだそうだ。食感は鶏肉よりも歯ごたえがあるようで、鶏のから揚げに近い食べ物のようである。そして味付けは薄味。
お次は、緑色と黄色からなる見た目はピーマンらしき炒め物。
シャキシャキと食感がもの凄く良い野菜料理。炒めてあるのにシャキシャキ感がたまらない、やみつきになりそうなもやしに近い味がするそうだ。メインと同じく薄味。
3品目は青色の茄子のような物。
ナイフとフォークを持って真ん中から切ってみと、その物体は簡単にナイフで切れて中は赤くフルーティーな匂いがするものだった。とりあえず食べてみないことには始まらないのでユタカはそれを口にする。
見た目とは違ってメロンのような甘みを持つ果物のようである。
後はパンとスープがあって見た目と味はそのままだったらしい。とはいえスープは薄味のようだが。
半分程食べたところでユタカはフィニッドを出して、料理に近付けた。
【ヘインバルク】
鳥獣種。体長3メートル。翼を広げると10メートルを越す。比較的おとなしく食用として飼い馴らしやすい。鶏と同じような味がするが、食感は少し歯ごたえがある肉質をしている。長時間火にかけるとトロトロに軟らかくなる性質を持つ。ヘルシーなので女性に好まれている。
【イグライ】
緑色と黄色からなる花で、花の部分を食用としている。食感がシャキシャキとしていて歯ごたえは最高によい野菜の部類に入る。また煮ても歯ごたえは変わらない。
【シャロ】
皮は青色で中身は赤い。味と食感はメロンに近く甘い。食物繊維が多く含まれており不溶性と水溶性の二つの食物繊維を多く含む。
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フィニッドに記録後、ユタカは凄まじいスピードで料理を平らげた。
「ごちそうさま!おばちゃん、美味しかったです。お金ここに置いておきますね」
「嬉しいこと言ってくれるね。ありがと、また来ておくれ」
彼は銀貨1枚をカウンター越しに置いて店を出たのだった。