第18話 クレープとホイップクリーム
とある一室にて、何かを頬張る一人の青年らしき男の姿が見られる。
「ふう、"パレーレ"はいつ食べても美味しいな」
ナイフとフォークを使いながら食べ物を口に運び、透明感のある少し赤見がかったハーブティーであろう飲み物を一口含んでから出た言葉がそれである。
「そうでございましょう。なにしろ"ミエル"をふんだんに使用しておりますゆえ、風味甘味共に最高の出来でございます」
青年のやや斜め後ろにいる初老の男がそう説明した。
随分と年下の彼に対して敬語を使っていることから、初老の男は青年に仕えているのだろう。。
そしてミエルは貴族か裕福な者ぐらいにしか口にすることが出来ないために一般的ではない。さらにはミエルを使用した食べ物となるとそれなりの身分を持つ者に限られる。つまり青年は身分の高い者であるということだ。
その食べ物とは、
黄色い生地に表面と下部1ミリ程が茶色く、少々の弾力を持ちふんわりとした食感が楽しめる、卵とミエルをふんだんに使ったお菓子。地球では南蛮菓子。現在ではラスクにもなっていたりもする"カステラ"である。
彼はパレーレというカステラらしき物を食べ終えると、次は近くの皿に盛られている果物に手を伸ばした。
次々に果物を口に収めては咀嚼、そして飲み込む彼。
その光景を見ていた初老の男は、絶えず笑みをこぼしている。
「相変わらず甘い物と果物がお好きなようですな"ヴィレム様"は」
「当然さ。甘い物と果物は僕にとって活力なんだよ"ルッツ"」
そうでございましたね、とルッツと呼ばれた初老の男がヴィレムという青年に対して言った。
そしてルッツは続けてこう言った。
「ヴィレム様、最近ちまたである食べ物が人気というのはご存知でしょうか?」
その質問に対してヴィレムは顔を傾げる。
「知らないね」
それを予想していたのかルッツは頷いてから口を開いた。
「"クレープ"という名のお菓子が出回っているとの報告を耳にいたしました」
するとヴィレムは思い切り目を見開いて叫んだ。
「お菓子だと!??」
「はい、噂ではとても甘くてトロけるような食感を味わえる代物のようでざいます。それに加え安価で一般民の懐にも優しく行列が絶えないとも聞いております」
その報告を聞いたヴィレムは興奮していた。何せパレーレ以外にお菓子が存在すると思っていなかったからだ。パレーレに似た物は少数ではあるがいくつか存在する。しかしトロけるような食感となると話しは別だ。トロける食感がするお菓子などヴィレムは見たことも聞いたこともないからである。一体どんなお菓子なのだろうと妄想が広がっている彼は未知なるお菓子クレープが食べてみたくてしょうがなかった。
「ルッツ、今からクレープを食べに行くよ」
仕方ありませんなとルッツは呟きながらも、ヴィレムに付き添うことにした。
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「ねぇ"クレープ"って知ってる?私一度食べてみたいのよねぇ」
「あぁ、知ってる。なんでも甘くてトロけるような食感がする食べ物らしいな。じゃあ食べてみるか?」
「え?いいの?やった!確かこの広場があるらしいんだけど…え」
「…まさか、アレか?」
クレープを求めてきたお客さんは凄まじい行列を目の当たりにした。
「はは、凄いな。まさかこれほど並んでいるとは」
「そうね。でも食べたい!最後尾はどこかしら?」
お客さんが最後尾を探していると一人の少女が声をかけてきた。
「…クレープを買いたいならこっちに並んで」
無表情の銀髪の少女ことメルは、誘導係としてお客さんを最後尾まで連れていった。
そして最後尾に着くとすぐに自分の持ち場に戻る。
ざっと200人以上は並んでいるだろうか。まだかまだかと待ち続ける人達の先では、一人の女性が接客をしていた。
「いらっしゃいませクレープひとつ30ルーペです。5つですねありがとうございます。ユタカ、お後5つ追加だよ」
そう接客しているのは、緑色の髪で整った顔立ちのシンシアことシアだ。彼女は容姿が良いゆえに、時たま熱い視線を送ってくるお客さんやナンパしてくるお客さんがいたが、そこはうまく受け流すように対応していたようである。
「はいよ」
と注文の返事をして、黒髪黒目の男が少し慣れた手つきで小麦粉から出来た生地を焼いている。
シュ〜
と数十秒して焼き上った生地に白いモタッとした気泡が入ったものを軽く塗って、バナナに似た果物と茶色い"セルクシロップ"を振り掛ける。
シュッ
クルクル
と何回か折るようにしてから巻いて完成である。
「お待たせ致しました。"クレープ"でございます」
とお客さんに作っては渡し、作っては渡しの繰り返す作業が続いていた。
そんな中、頭が寂しい状態なのがうかがえる男性ことオイゲンは、ユタカの調理補助をしながらユタカの調理の仕方に驚いていた。
「フライパンを同時に8つも使えるやつなんて初めて見たぜ」
現在ユタカはフライパンを8つ同時に使用してクレープを焼いている。ガス台が8つあるわけではないのにでだ。
そしてユタカ自身フライパンに触れていないのにも関わらずクレープ生地は焼けている。それはなぜか。
「【飛伝導熱】発動」
ユタカの手から目に見えない"何か"が放たれる。その"何か"はフライパンに吸い込まれるように消えていった。するとユタカはクレープの生地となる液体をそのフライパンに流し込む。シュという音とともに生地が焼かれていくことから、ユタカは熱伝導を調理器具に触れないで熱を飛ばして操作が出来るようになったみたいだ。
つまりユタカは8つのフライパンを同時に飛伝導熱を使い操作をしてクレープを焼いているということになる。
フライパンは構造上、底と横からでしか熱を食材に伝えることが出来ないのだが(フタなしの場合)ユタカが焼いたクレープはひっくり返していないにも関わらず表面に焼き色が付いていた。つまり何もない上方からも熱が発生し全体が焼けたといえば解りやすいだろうか。
それに気付いた能力発動者は、能力が"進化"しているのではと思った。
そうでなければ説明がつかないからである。
「フライパン8つ同時に使っていることだけでも凄いのによ、その尋常じゃない速さの手捌きで一気に完成させるんだもんな。本当に恐れいるぜ」
そうオイゲンが言うのも無理はない。
焼き上がった生地に具材等を乗せて生地を折るようにして巻き終わるまでの作業が2秒程なのだから。いくら果物を予め仕込んであるとはいえ、とてつもない速さである。
一応お客さん側からユタカが作業している姿が見えるのだが、動きが速過ぎるので何をしているのかはわからないようだ。
3時間程売り続けると予め仕込んでおいたクレープ生地の元となる液体がなくなったので、本日は販売終了。
1分間で8つ以上のクレープを売りつづけた結果、3時間で約1500個も売れた。
「5日前から売っているけど日に日にお客さんが増えているし大人気だねユタカ」
「うん、まさかこんなに行列が出来て売れるとは思わなかったよシア」
そこそこ売れるだろうとユタカは思っていたが、ここまで売れるとは予想していなかったようである。
明日はさらにクレープの仕込みを増やさないとなと考えていると、ユタカの服をクイっと引っ張りながらおねだりするように少女は言ってきた。
「"クリーム"食べたい」
あぁクリームなら残っているから食べていいよとユタカはメルに言った。
アタシも食べたいとシアも言ってきたので二人分のクリームを用意することにした。
「ユタカ知ってる?このホイップクリームだっけ?お客さんからは"天使の口溶け"って言われているのよ」
へぇそうなんだ。と返事をしつつシアとメルの前にホイップクリームをあるだけ差し出した。
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この世界クラウズ・エントでは"生クリーム" というものは存在していたが、"泡立てる" ことはしないらしい。なので、ユタカは生クリームを泡立てて砂糖を加えた。それをクレープ生地で包んで試しにシアとメルに食べてもらったところ、二人は目を輝かせて、
「「美味しい!!」」
と口を揃えてユタカに詰め寄り問いただした。
「ユタカ、この白いのは何?甘くてふわっとしてて、いつの間にか口の中で溶けてしまったわ。なんだかとても幸せな気分になるわ〜」
シアの目はトロンとして幸せに浸っている。その横でメルも同じような状態になっていたのは言うまでもない。
「それは"ホイップクリーム"っていうんだ」
ユタカはそう言うとおもむろにボールとホイッパーを取り出してホイップクリームの作り方を見せた。
それが"天使の口溶け"と世間で呼ばれるクリームの始まりだった。
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甘い物好きなユタカではあるが、さすがに生クリームは食べ過ぎると気持ちが悪くなる。しかし目の前にいる二人の女性は違った。
「なぁ、シアとメル、二人共よくそんなに生クリーム食えるな」
ユタカはそう言ってはいるが、二人の目の前に大量のクリームを差し出した張本人でもある。
さすがに全部は食べられないだろうと予想していたのだが、それは裏切られることになる。
「「ごちそうさま」」
比較的大きな皿の上にホイップした大量の生クリームを、二人共簡単に平らげてしまったのだ。
「はぁ」
とため息をつき呆れながらも甘い物に関しては女性に敵わないなとユタカは思うのだった。
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生クリームは美味しいけど飽きるなぁとユタカは思っていた。
ということで現在ユタカは何か良い物がないか街中を探索している。
物流が盛んなので色々な物が目に映る。その中で、これは買わなきゃと思う物が目に入る。
「【ナナバ】は買っておかなきゃな、危うくクレープに入れる果物を忘れるところだった」
【ナナバ】
地球に存在する形や色や味がバナナにそっくりの果物。バナナは温かい気候で採れるが、ナナバは逆で寒い気候でしか採れない。5゜C前後が1番熟し甘くなる果物でもある。甘さを表すシュガースポット(斑点)は存在し10゜C以下で出てくる。
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ナナバを大量に買い占めたユタカは、ある露店商を見てまわっている。
そこへ露店商の男がユタカに声をかけた。
「そこの兄ちゃん、南国で採れた"甘い香りがする物"はいかが?」
甘い香り?なんだそれはと思いながらも見てみることにした。
「これは…!?」
色は黒く細長い。長さは10センチくらいで甘い香りがする物。ユタカは手に取って匂いを嗅いで頷いた。
「これは"バニラ"じゃないか」
「おぉー兄ちゃんよく知ってるね。まぁ甘い香りがするだけで飾くらいにしか使えないけどさ」
と露店商の男は苦笑しながら言った。
ユタカは飾りだけじゃないと知っていた。なぜならバニラはお菓子には欠かせないからだ。
ユタカは迷わず、
「このバニラ全部くれ」
と言って露店商の男を驚かせたのは言うまでもない。。