第17話 セルクシロップ
セルクの樹液を大量に手に入れた翌日。
一人、宿にあるキッチンに向き合っている。
彼が今回作るのは、いや、創るのは、【セルクシロップ】である。
まず2Lくらいの量の樹液を取り出す。
そしてザルときめ細かい布を用意する。ザルに布を敷いてから、先程取り出した樹液を注ぎ【濾過】をして不純物を取り除く。
濾過した樹液を鍋に入れて火にかける。
中火くらいにかけて、水分を飛ばして煮詰めていく。
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「だいぶ水分が飛んだな」
30分程煮詰めると、樹液の量が最初と比べて半分くらいになっていた。
色の方もメープルシロップ程ではないが、茶色さを帯びてきたように見える。
ここまでくれば完成は近いだろう。
少しばかり火を弱くしてゆっくりとヘラで混ぜながら水分をさらに飛ばしいく。
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15分後。
水分はだいぶ飛んで最初の1/4程に。
樹液の色はメープルシロップと同じ色、つまり透明感のある茶色になっていた。
そして濃度が濃くなったのか、とろみが少しついている。
ならば肝腎の味はどうだろうか?
スプーンでひとすくい、口へと運んでみる。
「…!!」
口に含むと、舌全体に広がると同時に大自然を感じさせるような甘さが脳裏を過ぎる。
森の中で遊んでいるような感覚にさせてくれる、優しい気持ちにもさせてくれる心地好い甘さ。喉を通るのは一瞬で、少し気持ちが安らかになったような気分にさせる濃厚な樹液。
「もう一口」
スプーンでもうひとすくいして口へと運ぶ彼。
もう一度味わう。
「美味しいなぁ」
このしつこくない甘さがなんともいえない。お菓子や料理に使えることだろう。
セルクシロップは、メープルシロップと比較すると、甘さが少し強く感じられる。そしてわずかに癒される感覚がある。色はさほど変わらないが。
ま、結局のところ甘くて美味しいということのようだ。
「よし、完成だ」
彼はフィニッドを出現させる。
セルクシロップは料理とは言えないが手をかけたモノなので、登録できるかもしれない。ということでフィニッドを出してみた。
【セルクシロップ】
・霧島豊が開発したシロップ。自然の恵みがたくさん詰まっている。
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無事登録出来たようで彼は満足げである。
「…あれ?」
彼は少し引っかかるなと思った。今まで彼が作った料理はフィニッドには登録されるが説明がなかった。しかし今回は説明が書かれている。
これは一体どういうことなんだろうかと、疑問に思っていると、記録される部分に【調味料】と書かれていた。
「調味料として登録されたってことか」
「調味料がどうかしたの?」
「っ!」
突然ユタカの背後から声がかかる。そして彼は振り返った。
「ノックぐらいしてから部屋に入ってくれよシア。急に後ろから声掛けられたからビックリしたよ」
「あら、一応ノックしてから部屋に入ったわよー」
「そうなの?」
「うん」
どうやらユタカはセルクシロップに夢中でシアが部屋に入って来たことに気付かなかったようだ。
「ところで、なんだか良い香りがするけど、ユタカ、もしかして何か作ってた?」
「お、鋭いなシア。これを見てくれ」
「えーと…茶色い液体?でもここから良い香りがするわね」
「そうだろ?実はこれを作っていたんだ」
完成したシロップを鍋から小さな器へと移したそれをシアに差し出し、残りは保存することも兼ねてビンに移すことにした。
シアにスプーンを渡して、
「食べてみて」
と彼はシアに勧めた。
「…よくわからないけど、ユタカが言うなら食べてみるわ」
シアはスプーンでセルクシロップを少し乗せて、恐る恐る口へ運んだ。
すると、
驚いた表情をしたと思ったら、すぐに表情が綻んでいった。
「ユタカ、これ甘くて美味しいわね!ミエルよりもクセがなくて食べやすいし、なんだか懐かしい味がするわ」
どうやらシアは気に入ってくれたようだ。
「…んー、これどこかで食べたことがある味がするわね。しかも最近食べたような…」
彼女は手を顎にあてて思案する。そしてハッと気付いたように手を叩いた。
「もしかして、これ…」
「そう。これは、セルクの樹液から創ったセルクシロップだよ。これが、私の求めていたモノなんだ」
ユタカはこのセルクシロップというものを世界に広めたいのだ。それが彼の目標のひとつ。
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「ユタ兄、おかわり」
「ユタカ、俺にもくれ」
上から、メル、オイゲンである。
ユタカは頭を抱えていた。
なぜなら、さっき作ったばかりのセルクシロップが、全て食べられてしまったのである。
約2名が飲み物のようにセルクシロップを食べたことが原因。
ここでユタカは疑問に思う。
オイゲンに宿を教えた覚えがないのに、なぜか今ここにいることに。
「かたいこと言うなよユタカ。俺達の仲じゃねぇか」
どんな仲だよ!
と内心突っ込んだユタカは、オイゲンに後で食べた分のシロップ代を請求しようと黒い笑みを浮かべるのだった。
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セルクシロップをもう一度作ることになったユタカは、能力を使ってシロップを作ることにした。
先程と同じようにセルクの樹液を取り出して作るのだが、たくさん食べる方がいることを考慮し、
「よいしょっと」
50Lは入るだろう大きな寸胴を取り出して大量に作るようだ。
寸胴に濾過したセルクの樹液を注ぎ込み火にかける。
ここで彼は、
【乾燥能力】
を発動した。
これにより一気に水分を飛ばすことが可能になる。
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シュウゥ
「…やっちまった」
加減を間違えたのか、ほとんど水分が蒸発してしまった。寸胴の底には結晶化したモノが存在している。
どうやらセルクシロップを作るのは失敗してしまったようだ。一瞬で全てが乾燥してしまうとは思ってもみなかったようである。
失敗したとはいえ、有り余る程の樹液がある彼にとっては痛くも痒くもない。ただ寸胴を洗うのが面倒なぐらいである。
彼は、寸胴の底にこびりついた結晶物をどう取り除いて洗おうか悩んだ。
「こういうのって中々落ちないんだよなー」
と言いながら結晶物に触れて、さらにはそれを口に含んでみる。
「はは、やっぱ硬いな。手にべたつくし。味はシロップよりも甘いな。まぁ糖の結晶だしな…」
何気なく言った自分の言葉に彼は同じ言葉をもう一度言った。
「糖の結晶…?」
彼は気付いた。糖の結晶を意味することを。
「…【砂糖】じゃないか!糖の結晶は!」
そう、彼は【砂糖】を偶然にも創ってしまったのである。
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シアとメルにシロップを食べ尽くされたゆえに出来た産物【砂糖】
セルクから出来たということで【セルクシュガー】とユタカは名付けた。
彼はこれで念願の【お菓子】が作れることに大変喜んだのはいうまでもない。
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落ち着きを取り戻したユタカはフィニッドを取り出した。
【セルクシュガー】
・ユタカが開発した砂糖。
セルクの樹液が結晶化したもの。ミネラルが多く含まれており、その中でもカルシウムの含有量が多い。そして気持ちを安らかにする癒し効果がある。
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新たな調味料【砂糖】によって料理の幅が広がることは間違いない。
そして砂糖によってさらに新しい調味料を創ることも出来そうである。
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「なんだかスッキリだ」
とユタカは思わず口にした。
セルクシュガーの結晶を【氷砂糖】のような塊にしたモノが、さっきまで彼の口の中で転がっていたのだ。
これは砂糖の塊であるのでもちろん甘いのだが、食べると気持ちが落ち着く効果がある。
フィニッドに癒しの効果を持っているとに表記されている。日頃イライラしている現代人には良いかもしれない。ただクラウズ・エントはストレス社会であるのかは判らないので、地球にいる時に欲しかったなと彼が思いに更けっていると、
クイクイ
とユタカの服を掴む少女がいた。
こうやって彼の服を引っ張る人物は一人しかいない。
「ユタ兄、コレ何?」
そう、メルである。
「これは砂糖だよメル」
「サトウ?」
「うん、ちょっと食べてみて?」
樹液が結晶化したモノの一欠けらをメルの手の平にちょこんと乗せた。
首を傾げながらもメルはその結晶化したモノを口の中へと放り込んだ。
すると、
「!!」
衝撃が走ったかのようにメルは固まってしまった。
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砂糖の塊だからかメルには衝撃が強すぎたようである。
とはいえメルに彼は催促されていたけれども。さすがに砂糖の塊をたくさん食べるのは糖分の採り過ぎだと判断したユタカは今日の砂糖の塊はおしまいということにした。
慢性的な糖分の採り過ぎは【糖尿病】という病気を引き起こす恐れがある。さらには別の病気を併発させることもありうる。
ちなみに糖尿病及び糖尿病疑いのある日本人は5〜6人に1人《国民健康・栄養調査(2006年)より》
クラウズ・エントでは、砂糖というモノ自体が存在していないがために、そういった病気は一部の人間に限られる。砂糖が一般的になれば、糖尿病を発症する人間が増える恐れはあるが。
しかし砂糖は時には幸せな気持ちにさせてくれる存在でもある。つまり良い所と悪い所があるというわけだ。
結局は採り過ぎなければということになる。
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砂糖を手に入れたユタカは、それを使った料理でも作って三人に御馳走しようとしていた。
「この世界には粉ふるいなんてものはないよな。ならばこれで」
ザルを代用として使うことにしたようだ。
◆Let's Cooking◆
1、あらかじめ小麦粉をザルでふるっておく。
2、溶いた卵と牛乳と砂糖を混ぜておく。
3、2に1を一度に入れて粉っぽさがなくなるまでホイッパーで混ぜる。
※混ぜ過ぎないこと
4、熱したフライパンにバターを入れて馴染ませる。火加減は中火。
5、3の生地をレードル(おたま)ですくって4のフライパンに流し入れてフライパン全体に広がるようにして焼く。
6、流し入れた生地の外側が少しキツネ色になってきた所でひっくり返す。
7、30秒程焼いたらその生地をお皿に移す。
8、薄切りにしたナナバ(バナナのような果物)をその焼き上がった生地にのせて、セルクシロップをかける。
9、ナナバを包むようにして生地を三角形の形状に折り畳んで完成。
いわゆる【クレープ】を作ったユタカは三人の前にそれを置いた。ナイフとフォークも同様に。
《スイーツ》というものがない世界で、それを初めて食べた時の反応を密かに楽しみにするユタカは表情に出ないようつとめるのであった。
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突然出させたクレープという"スイーツ"を目の前に出された三人は、ソワソワしていた。
「ユタカ!これは一体何なの?良い匂いがすごーいするわ」
と最初に言葉を切り出したのはシアだ。
「これは"クレープ"というスイーツだよ。美味しいから食べてみて」
と彼が言い切る前に三人は食べはじめた。
行儀が悪いぞと思いながらも、どういう反応をしてくれるのか楽しみなユタカは何も言わない。
「「「!!!」」」
クレープを口にした三人は驚いた表情して一時的に止まりはするものの、すぐに食べるのを再開するが誰も言葉を発しなかった。
そして三人は駆け込むようにして口の中へとクレープを放り込んだ。
完食した三人はしばらく無言の状態であったが、緑色の髪をした女性は、この状態を切り開いた。
「ユタカ、あなたって人はやってくれるわね。ありがとう」
「ユタ兄、ありがと」
「ユタカよ、感謝するぜ」
シアに続きメル、オイゲンはユタカにお礼を言った。穏やか笑みで。
作った者に感謝をする。
ユタカは改まってお礼を三人に言われて反応に困った。彼としては《美味しい》と満面の笑みで言われると思っていたので、予想外である。しかし彼は喜びを与える料理を作れて本当に良かったと嬉しさを隠せなかった。
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美味しいことが伝わったユタカは、どんなところが良かったのかを聞いてみた。
「口に入れた瞬間バターの風味が広がって、噛んでみると、軟らかいくて、ナナバとセルクシロップがうまい具合に合わさった味は、本当に美味しい!特に黄色くて軟らかいコレは何かしら?パンじゃないのよね?少し甘さがあってしっとりしてて噛んだと思ったらすぐに口の中で消えてしまったの。それでまた一口、二口食べてしまうのよ。はぁ、こんなに美味しいモノは初めて食べたわ」
とシアの感想。
作った甲斐があると改めてユタカは思う。
ジー
何やら横から視線を感じたユタカ。
ジー
メルだろうとと思い視線を感じる方へ顔を向けると、
「ユタカ!おかわりをくれ」
メルではなくオイゲンだった。
「メルもおかわり」
とメルもちゃっかりおかわりを宣言した。
とても良い笑顔でそう言われてしまうと、ついあげてしまいたくなるユタカだが、
「今日は甘いモノおしまいなんだ」
いくらなんでも甘いモノを食べ過ぎだと思う。セルクシロップを飲み物のようにたくさん飲んだことが大きな原因でおかわりなしということにしたようだ。
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セルクシロップが手に入り、偶然にもセルクシュガーという砂糖を創ることも出来たユタカはこれらを広めるために意気込んだ。
すると、いつの間にか手に持っていたフィニッドが光り出し、蒼い光が彼の額を貫いた。