第7章 思考
講義を終え、真司が教室を出ようとしたときだった。
「間宮先生」
振り返る。
「浅田先生。どうしました?」
「少し、お聞きしたいことがあって」
「何でしょう」
「先生、以前、常勤のお話を断られたそうですね」
真司は少し笑った。
「そういう話はありました」
「どうして断ったんですか?」
真司は少し考えた。
「自分の考えを、好きなように追いたいんですよ」
「哲学を?」
「哲学というより、自分が気になったことを」
舞は頷いた。
「それで、非常勤を?」
「その方が、今の自分には合ってます」
「でも、講義はかなり多いですよね」
「学生が来てくれるからね」
真司は苦笑した。
「ありがたいことに、大学からも声をかけてもらっています」
「学生には人気ですもんね」
「そうなのかな」
「そうですよ」
舞は笑った。
「だから、研究してるんです」
「僕の講義を?」
「はい」
真司は少し意外そうな顔をした。
「物理の先生が、哲学の講義を?」
「先生の考え方が面白いんです」
舞はノートを開いた。
「意識を、生命が生まれたあとにできたものとして考えていませんよね」
「そうですね」
「そこが気になっています」
「物理から見ると、変ですか?」
「変というより……面白いです」
舞は少し考えた。
「もし先生の考え方が正しければ、進化の見方そのものが変わるかもしれない」
真司は笑った。
「まだ仮説ですよ」
「だから研究してるんです」
舞はノートに何かを書き込んだ。
「また、講義を聞かせてもらってもいいですか?」
「もちろん」
「ありがとうございます」
舞は一礼して、教室を出ていった。
真司は、その背中を見送った。
自分とは違う分野から、自分の考えを見てもらう。
悪い気はしなかった。
*
その夜。
浅田正人は自宅の食卓で、舞と向かい合っていた。
「最近どうだ? 大学は」
「うん。少しずつ慣れてきた」
「講義は?」
舞は苦笑した。
「まだ、うまくできない」
「そうか」
「でも、面白い先生を見つけた」
「面白い先生?」
「同じ大学の非常勤の先生」
正人は箸を止めた。
「どんな先生だ?」
「哲学。意識とか進化について、自分の考えを話してるの」
「へえ」
「学生にすごく人気があるんだよ」
舞は少し笑った。
「名前は?」
「間宮先生」
正人の動きが、一瞬だけ止まった。
「……間宮?」
「うん。間宮真司先生」
正人は黙った。
黒板。
数式。
隣に立っていた男。
間宮正司。
「お父さん?」
「……いや」
正人は我に返った。
「昔の知り合いに、同じ名字の人がいただけだ」
「そうなんだ」
舞は、それ以上聞かなかった。
「その先生、意識について結構面白いことを言うんだよ」
「そうか」
「それで、研究してみようと思って」
「哲学を?」
「先生の考え方を」
正人は少し笑った。
「お前らしいな」
*
舞が部屋に戻ったあと、正人は一人で食卓に残った。
間宮真司。
その名前が、頭の片隅に残っていた。
だが、今はそれ以上考えなかった。
研究室へ戻る。
*
モニターには、雷光現象の観測データが並んでいた。
発生日時。
発生地点。
気象条件。
測定された熱量。
正人は過去の記録と現在のデータを重ねた。
「……早くなってる」
以前より、発生間隔が短くなっている。
正人は別の画面を開いた。
熱量の記録。
最近の観測値は、わずかに高い。
もう一度、計算する。
観測できた場所は限られている。
測定条件も揃っていない。
誤差の範囲である可能性もある。
正人は画面を見つめた。
「熱量も……上がってるのか?」
まだ、断定はできない。
それでも、周期の短縮と重なると気になった。
正人はデータを保存した。
*
その夜。
真司は六畳一間の部屋で、パソコンに向かっていた。
掲示板を開く。
以前書き込んだ「意識と進化」についての文章に、返信がついていた。
『意識と進化について、もっと詳しく聞きたいと思います』
その下に、続きがあった。
『私は、意識は進化の結果だけではないと考えています』
真司の指が止まった。
読み進める。
『生命が生まれてから意識が生まれたのではなく、もっと前から存在していた何かが、進化に関係していたのではないでしょうか』
真司は画面を見つめた。
自分と同じだった。
キーボードに指を置く。
『私も同じ考えを持ってますから』
送信する。
しばらくして、返信が来た。
『本当ですか?』
『はい。私は、物質の段階から意識が存在していた可能性を考えています』
少し考える。
『生命が意識を生み出したのではなく、何らかの意識が、生命の進化に影響したのではないかと』
送信。
返信を待つ。
やがて、画面に文字が現れた。
『私も、そう考えています』
真司は、その一文を見つめた。
名前も知らない相手。
それでも、自分と同じことを考えている。
真司は小さく笑った。
「……面白いな」
画面を閉じる。
部屋が静かになった。
真司は椅子にもたれ、しばらく天井を見ていた。




