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再演  作者: らいと


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第55章 念願

浅田は、見慣れた気象庁の建物へ入っていった。


 気象学者として、ここを訪れること自体は珍しくない。


 観測データの確認。


 情報交換。


 雷光現象についても、これまで何度となく足を運んでいる。


 だが、今日呼ばれた場所は、いつもの会議室ではなかった。


 局長室。


 浅田はその前で足を止め、ドアをノックした。


「どうぞ」


 中から声がした。


「失礼します」


 ドアノブに手をかけ、扉を開く。


 中には三人の男がいた。


 浅田が入ると、三人はソファーから立ち上がった。


 一人は、よく知っている顔だった。


 残る二人には見覚えがない。


 挨拶を交わし、差し出された名刺を見る。


 航空局。


 そして、国土交通省。


 浅田は二枚の名刺をテーブルに置き、三人を見た。


「……やっと、重い腰を上げていただけましたか」


 局長が苦笑した。


「耳が痛いですね」


「何年も言い続けてきましたから」


「その件も含めて、今日は先生に来ていただきました」


 浅田は勧められたソファーへ腰を下ろした。


 テーブルの上には、見覚えのある資料が置かれていた。


 海外で観測された雷光現象。


 高度、およそ二千メートル。


 現象が消失したあとも残った高温域。


 推定、約二千度。


 浅田自身が送った資料だった。


「今回の観測については、こちらでも確認しました」


「それで?」


「これまでとは明らかに違います」


「ええ」


「発生したのが海上だったのは、幸運だったのかもしれません」


「今回は、です」


 浅田はすぐに返した。


「次も海上とは限りません」


「その通りです」


 航空局の男が口を開いた。


「高度も問題です。航空機が通過する可能性があります」


「ですが、発生場所も時間も予測できない」


「現状では、航空規制を行う根拠もありません」


「確率も出せませんからね」


「はい」


 浅田は資料へ目を落とした。


「だから厄介なんですよ」


 国土交通省の男が、別の資料をテーブルに置いた。


 浅田の視線が止まる。


 消失した旅客機。


 その記録だった。


「……そこまで調べましたか」


「先生は以前から、関連する可能性を指摘していましたね」


「可能性です」


 浅田は即座に答えた。


「関連があるという証拠はありません」


「我々も同じ認識です」


 航空局の男が言った。


「ただ、関連がないとも言い切れない」


「それで十分です」


 三人が浅田を見る。


「分からないなら、調べるしかない」


 しばらく沈黙が続いた。


 やがて、国土交通省の男が口を開いた。


「上からも指示が出ています」


「上?」


「閣僚です」


 浅田の眉がわずかに動いた。


「危険性を指摘してきたのは浅田先生だ。必要な資金は出す」


 一度、言葉を切る。


「早急に原因を究明してほしい。それが指示です」


「……ずいぶん急ですね」


「人命に関わってからでは遅いですから」


「それも、何年も言ってきましたけどね」


 局長がまた苦笑した。


「ですから、耳が痛いんですよ」


 浅田もわずかに笑った。


「研究者の選定は?」


「先生に一任します」


「分野も?」


「必要だと思われる人材を集めてください」


「期限は?」


「できるだけ早く」


「一番困る答えですね」


 浅田は小さく息を吐いた。


 もう一度、テーブルの資料を見る。


 これまで何も残さなかった現象が、初めて熱を残した。


 ここから先は、待っている場合ではない。


「分かりました」


 浅田は三人を見る。


「引き受けます」


 大学へ戻った浅田は、その日のうちに人選を始めた。


 気象学。


 大気物理学。


 高エネルギー物理学。


 天文学。


 情報科学。


 これまで資料を送り、意見を求めてきた研究者の中から、それぞれの分野で実績を持つ者を選んでいく。


 一人。


 また一人。


 名前が並んでいく。


 そして最後に、浅田の手が止まった。


 ほかとは、明らかに専門が違う。


 ――間宮真司。


 専門。


 哲学。


 浅田はその名前の横に、


 ――研究代表者補佐。


 と記した。


 その頃。


 真司は、舞と食事に出掛けていた。


 少し小洒落たレストラン。


 高級というほどではないが、真司が一人で入ることはまずない店だった。


「こういう店、来るんだね」


 向かいに座った舞が言った。


「どういう意味だよ」


「真司って、もっと適当なところで済ませそうだから」


「失礼だな」


「違うの?」


 真司は答えず、グラスに手を伸ばした。


 舞が笑う。


「ほら」


「今日はたまたまだよ」


「私とだから?」


 真司の手が一瞬止まった。


「……そういうことにしとけ」


「ふーん」


 舞は少し嬉しそうに料理へ手を伸ばした。


 二人で食事をすることも、いつの間にか珍しいことではなくなっていた。


 そのとき。


 テーブルの上に置いていた真司のスマートフォンが震えた。


 画面を見る。


 ――浅田正人。


「……噂をすれば」


「お父さん?」


「ああ」


 真司は電話に出た。


「もしもし」


『真司君、今いいか?』


「舞さんと飯食ってます」


 向かいで、舞が顔を上げた。


 わずかな間があった。


『……そうか』


「なんですか、その間」


『いや、別に』


「絶対なんかあるでしょ」


『それより話がある』


「なんです?」


『雷光現象を調べる研究チームを作ることになった』


 真司の表情が変わった。


「研究チーム?」


『ああ。国から正式に予算が出る』


「本格的に動くんですか」


『そういうことだ』


 浅田は一度、言葉を切った。


『それで、真司君』


「はい」


『君にも入ってもらう』


「…………俺が?」


 舞が真司を見る。


「いや、俺、哲学ですよ」


『知ってるよ』


「じゃあ、なんで」


『俺の補佐を頼む』


「補佐?」


『ああ』


「なんで俺なんですか」


『それは会ったときに話す』


「いや、そこ今説明してくださいよ」


『舞にもよろしくな』


「ちょっと、浅田さん――」


 電話が切れた。


 真司はスマートフォンを見つめた。


「……切りやがった」


「お父さん、なんだって?」


 真司は顔を上げた。


「俺、浅田さんの補佐になったらしい」


「え?」


「俺が聞きたいよ」


 舞は少し驚いたあと、笑った。


「いいんじゃない?」


「何が」


「お父さん、真司のこと気に入ってるから」


「そういう問題か?」


「さあ?」


 舞は楽しそうに料理へ手を伸ばした。



 二週間後。


気象庁の一室に、浅田が選んだ研究者たちが集まっていた。


 気象学。


 大気物理学。


 高エネルギー物理学。


 天文学。


 情報科学。


 そして、量子物理学。


 国内だけではない。


 海外から招いた研究者の姿もある。


 長机の上には、雷光現象に関する資料が並べられていた。


 発生地点。


 高度。


 熱量。


 継続時間。


 そして、現象が消失したあとに残った高温域。


 研究者たちは、それぞれ資料に目を通している。


 浅田は、その顔ぶれをゆっくりと見回した。


 何年も追い続けてきた。


 現れては消え、何一つ残さなかった。


 仮説を立てても、確かめる術がなかった。


 だが、今は違う。


 痕跡が残った。


 国が動いた。


 そして――。


 これだけの人間が集まった。


 浅田は、スクリーンに映る白い雷光へ目を向けた。


「やっと、こちらに顔を出したんだ」


 一拍置く。


「必ず暴いてやるからな」


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