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再演  作者: らいと
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33/60

第32章 論文

休校日。


 真司は、博物館の入口に立っていた。


 建物の正面には、大きな垂れ幕が下がっている。


 ――特別企画展。


 ――量子力学から考えるパラレルワールド。


「真司さん」


 声に振り返る。


 舞がこちらへ歩いてきた。


「待ちました?」


「いや、今来たところです」


「本当ですか?」


「本当です」


「ならいいですけど」


 舞は垂れ幕を見上げた。


「結構、人いますね」


「タイトルが強いですからね」


「パラレルワールド?」


「もう一つの世界があるかもしれないって言われたら、気になるでしょう」


「真司さんは特に気になりそう」


「舞さんもでしょう」


「まあ、そうですけど」


 二人は並んで館内へ入った。


     *


 最初の展示室には、量子力学の歴史が紹介されていた。


 原子。


 電子。


 光。


 観測。


 模型や映像を眺めながら、二人はゆっくりと進んでいく。


「あ、これ昨日読んだやつだ」


 舞が小さく呟いた。


「昨日?」


「あ」


 舞が真司を見る。


「ちょっと予習したんです」


「博物館の?」


「少しだけ」


「息抜きじゃなかったんですか?」


「……真司さん、それ気に入ってますよね」


 真司が笑った。


「でも、僕より詳しそうだ」


「一応、理系ですから」


「じゃあ、分からなかったら聞きます」


「自分でも考えてください」


 二人は次の展示へ進んだ。


 やがて、大きなスクリーンの前で真司が足を止める。


 一本の光が、二つに分かれる。


 さらに分かれ、いくつもの光となって広がっていく。


 ――多世界解釈。


 その文字を、真司はしばらく眺めた。


「昨日、コグニティブにも聞きました」


 舞が言った。


「そこまで予習したんですか?」


「せっかく来るんだから、少しくらい知っておこうと思って」


「真面目ですね」


「普通です」


「休みの日の博物館を予習するのは、あんまり普通じゃないと思いますよ」


「もういいです」


 舞は先へ歩き出した。


 真司も笑いながら後を追う。


 次の展示には、同じ街を描いた二枚の絵が並んでいた。


 一方には雨が降っている。


 もう一方には青空が広がっている。


 ――異なる可能性。


 舞が立ち止まった。


「こういうの見ると、不思議ですね」


「何が?」


「もし本当に違う世界があるなら、そっちにも私たちがいるのかなって」


「いるかもしれませんね」


「全然違うことしてたり?」


「僕が物理学者になってるかもしれない」


「それはないんじゃないですか?」


「即答ですか」


 舞が笑った。


「じゃあ、私が哲学者とか?」


「それも想像できないな」


「お互い様じゃないですか」


 二人は顔を見合わせて笑った。


 舞はもう一度、二枚の絵を見る。


「じゃあ……」


「うん?」


「真司さんと会わなかった私の世界も、あるのかな」


 真司は少し考えた。


「この考え方なら、あるかもしれませんね」


「そっか」


 舞は小さく頷いた。


 少しだけ間が空く。


「……それは嫌だな」


「え?」


「なんでもないです」


 舞は先へ歩き出した。


「次、行きましょう」


「今、何か言いました?」


「言ってません」


「言ったでしょう」


「気のせいです」


 真司は首を傾げた。


 舞は振り返らない。


 真司はもう一度、二枚の絵を見てから、その後を追った。


     *


 一通り展示を見終え、二人は博物館を出た。


「結構、面白かったですね」


 真司が言う。


「でしょう?」


「息抜きになったかは分かりませんけど」


「なりましたよ」


「ならよかった」


 舞が周囲を見る。


「ちょっと休んでいきません?」


「いいですね」


 博物館から少し歩いたところにあるカフェへ入り、二人は窓際の席に座った。


 真司は珈琲。


 舞はカフェラテを頼んだ。


「結局、パラレルワールドがあるかどうかは分からなかったですね」


 舞が言った。


「分かったら大変ですよ」


「確かに」


 舞はカフェラテを一口飲んだ。


「真司さんは、どう思いました?」


「面白かったですよ」


「それだけ?」


「……一つ、気になったことはあります」


「何です?」


 真司は珈琲のカップを手にしたまま、少し考えた。


「別の世界があるとして……普通、繋がらないんですよね」


「展示では、そういう話でしたね」


「じゃあ――」


 真司はカップを置いた。


「なんで繋がったんだろう」


 舞が真司を見る。


「掲示板ですか?」


「うん」


 真司は頷いた。


「あの人と僕が、本当に別の世界にいるなら、どうしてやり取りできたんだろうって」


「……確かに」


「まあ」


 真司は少し笑った。


「本当に別の世界なのかも、まだ分からないですけどね」


「そこまで考えて、戻るんですね」


「分からないものは分からないですから」


 舞が笑った。


「真司さんらしいです」


「そうですか?」


「はい」


 少しの間、二人とも黙っていた。


 窓の外を、人が行き交っている。


 真司はその様子を眺めながら、珈琲を飲んだ。


「……あ」


「どうしました?」


「そういえば、お礼言ってなかった」


「お礼?」


「今日」


 真司は舞を見る。


「誘ってくれて、ありがとう」


「急ですね」


「今、思い出したんです」


「忘れてたんですか?」


「違いますよ」


 舞が笑った。


「じゃあ、どういたしまして」


 真司も笑い、珈琲へ目を落とした。


「でも、本当に来てよかったです」


「パラレルワールドが面白かったから?」


「それもあるけど……」


 真司は少し考えた。


「最近、起きてることばっかり追いかけてたから」


 四つの月。


 日蝕。


 消えた書き込み。


 考えることは増えた。


 だが、気づけば答えのないものばかりを追いかけていた。


「自分が何を考えてたのか、ちょっと忘れてたのかもしれない」


「何を?」


「意識とか、進化とか」


 真司は窓の外を見る。


「父さんのことを調べ始める前から、ずっと考えてたことです」


 舞は静かに聞いていた。


「久しぶりに、論文を書こうと思います」


「論文?」


「うん」


「何についてですか?」


「まだ、ちゃんとは決めてないです」


「決めてないんですか」


「これから考えます」


 舞が笑った。


「でも」


 真司は続けた。


「書きたいことは、少し見えてきた気がします」


「なら、今日誘った甲斐がありましたね」


「ええ」


 真司は頷いた。


 窓の外では、いつもと変わらない街を人々が行き交っていた。

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