第25章 手探
その夜。
真司は、自宅でパソコンを開いていた。
メールが一件届いている。
差出人は、浅田舞だった。
――以前お話しした、間宮先生のノートを整理したデータです。
添付ファイルを開く。
父のノートをスキャンした画像と、その内容を舞が整理した資料が入っていた。
天体の名前。
観測時期。
座標。
ブラックホール。
磁場。
父が書き残した短い言葉まで、項目ごとにまとめられている。
「……几帳面だな」
真司は資料を追った。
見覚えのある記述がある。
――座標の異常。
その下には、
――数分後、正常値へ。
さらに別の記録。
――一時的な観測異常。
そして、
――説明しきれない。
真司は手を止めた。
父のノートそのものは、何度も読んでいる。
それでも、こうして整理されたものを見ると、今まで別々に見えていた記録が、一つの研究として続いていたことが分かる。
ただ、答えは書かれていない。
真司は画面を見つめた。
父は、どこまで考えていたのだろう。
資料の最後には、舞から短い文章が添えられていた。
――まだ整理途中なので、何か見つかったらまた送ります。
真司は返信する。
――ありがとう。助かります。
送信した直後だった。
スマートフォンが鳴った。
舞からだった。
「はい」
『間宮さん、今メール見ました?』
「今見た。ちょうど返したところ」
『早いですね』
「パソコン開いてたからな」
『ノートの方、まだ全部じゃないです』
「十分だよ。俺が読むより分かりやすい」
『それ、褒めてます?』
「褒めてる」
『ならいいです』
舞が少し笑った。
だが、すぐに声の調子が変わった。
『それと、もう一つ』
「何?」
『父のところに、変な情報が入ったみたいで』
「変な情報?」
『今、送ります』
通話したまま、パソコンに新しいメールが届いた。
真司は開いた。
画像が数枚添付されている。
一枚目。
山の斜面。
木々の間に、大きな物体が横たわっていた。
「……飛行機?」
『はい』
旅客機だった。
だが、墜落したばかりには見えない。
塗装は剥がれ、機体の一部は錆びている。
周囲には草木が伸びていた。
長い間、そこにあったように見える。
「これ、いつ見つかったの?」
『今日みたいです』
「今日?」
『山の中で見つかったって』
真司は次の画像を開いた。
機体側面の拡大。
番号が写っている。
さらに次の資料。
現在運航されている旅客機の情報だった。
真司は二つを見比べた。
「……同じ?」
『ですよね』
機種。
航空会社。
機体番号。
どれも一致している。
真司は現在の運航情報を確認した。
該当する機体は存在している。
事故の記録もない。
「こっち、普通に飛んでるよな?」
『はい』
「じゃあ、これは何?」
『分からないです』
舞も、それ以上は言わなかった。
真司は山中の機体を見る。
同じ番号。
片方は今も飛んでいる。
もう片方は、山の中で朽ちている。
「番号の間違いとか?」
『父も最初にそれを疑ったみたいです』
「そりゃそうだよな」
『まだ確認中ですけど』
「じゃあ、なんで俺に?」
少し間があった。
『前に言ったじゃないですか』
「何を?」
『何かあったら連絡しますって』
「ああ……」
真司は思い出した。
「言ってたな」
『忘れてたんですか?』
「いや」
『今、思い出しましたよね』
「……悪かったよ」
舞が笑った。
真司はもう一度、写真を見る。
「浅田さんは?」
『調べてます』
「今までのことと関係あると思ってる?」
『分かりません』
舞はすぐに答えた。
『父も、まだ一緒に考えるなって』
「そうだよな」
『でも……』
「ん?」
『何となく、気になったので』
真司は写真を見つめた。
「俺も気になる」
『ですよね』
「ありがとう。送ってくれて」
『はい』
通話が切れた。
真司は椅子にもたれた。
画面には、二つの資料が開いている。
父のノートを整理したデータ。
そして、山中で見つかった旅客機。
真司はしばらく両方を眺めていた。
何か関係があるのか。
それとも、まったく別の話なのか。
今の真司には分からない。
分からないものを、無理に一つにするつもりもなかった。
*
しばらくして。
真司は掲示板を開いた。
以前、「意識と進化」についてやり取りした相手から、何か書き込みがないか探す。
それらしいものはなかった。
「……まだか」
真司は掲示板を閉じた。
何かがおかしいとは思わなかった。
相手がまだ書き込んでいない。
そう思っただけだった。
真司はコグニティブを開いた。
『こんばんは』
「こんばんは」
少し考える。
「一つ聞いていいか」
『どうぞ』
「同じものが、二つ存在することってある?」
『条件によります』
「例えば、同じ機体番号の飛行機が二つ」
『通常、同一の機体番号が同時に二つの航空機へ割り当てられることは想定されません』
「だよな」
真司は写真を見る。
「片方は今も飛んでる」
『はい』
「もう片方は山の中で見つかった。かなり古い」
少し間があった。
『その情報は確認されていますか?』
「まだ調査中」
『では、現時点で結論を出すべきではありません』
真司は少し笑った。
「最近、慎重だな」
『あなたとの対話から学習しています』
「俺、そんな慎重か?」
『結論を変更することをためらわない傾向があります』
真司の手が止まった。
「……そんなことまで分かるのか」
『対話内容から推測しました』
「なるほどね」
真司は椅子にもたれた。
「じゃあ、仮に本物だったら?」
『何がですか?』
「二つとも」
返答が止まった。
数秒。
『既知の情報だけでは、説明が困難です』
「それだけ?」
『はい』
「可能性くらい出せない?」
『出せます』
「じゃあ聞かせて」
『機体番号の誤認。記録上の不整合。意図的な複製。過去に存在した別機体の誤認――』
いくつかの可能性が並ぶ。
どれも、真司にも思いつくものだった。
「他には?」
カーソルが点滅する。
返答がない。
「コグニティブ?」
『あります』
「何?」
また、止まった。
『現時点では、提示する根拠が不足しています』
「根拠が足りないだけで、考えてはいる?」
『はい』
「何を?」
『可能性です』
「だから、それを聞いてるんだけど」
『確度が低すぎます』
「低くてもいい」
数秒。
『新しい情報が得られれば、再評価します』
「……教えないのかよ」
『現時点では』
真司は眉を寄せた。
以前なら、聞けば何かしら答えた気がする。
学習した結果なのか。
それとも――。
「まあ、いいや」
『はい』
真司はコグニティブを閉じた。
*
画面が閉じられたあとも、処理は続いていた。
間宮正司の研究記録。
浅田舞によって整理されたデータ。
天体の観測情報。
山中で発見された旅客機。
真司との対話。
そして――
一時的に取得され、その後確認できなくなった情報。
それぞれの関連性が、再計算される。
いくつもの可能性。
その中で、一部の値がわずかに変化した。
確度は、まだ低い。
コグニティブは、それを真司へ提示しなかった。
新たな情報を待った。




