表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/36

第21話 才女達の包囲網と放課後

 その日の放課後。


 すべての授業が終了したことを告げるチャイムが鳴り響いた瞬間、僕の一日は、ある意味で本当の終わり――いや、地獄の始まりを迎えていた。


 三郷にファイルを没収されたあの昼休みから、授業中もずっと、僕の背中には針で刺されるような視線が突き刺さり続けていた。

 笹浪さんは、授業中にもかかわらず「絶対逃がさないから」と言わんばかりに、時折小指を立てて僕に見せてくる。指切りの約束を人質に取られている気分だった。


 そして今、僕の机の両脇には、学校一の才女たちがそびえ立っている。


「なつめ。大人しく、私たちの事情聴取に応じてもらうわ」


「そうだよ、なつめくん! あんなファイルを抱えて、色んな女の子とこっそり約束しちゃうなんて、ちょっとお仕置きが必要だと思わない?」


 冷徹な瞳で僕を見下ろす三郷と、可愛らしく、けれど逃げ道を完全に塞ぐように腕を組む笹浪さん。


「あの、僕としては、本当に生徒会室で桐谷会長から頼まれただけで……」


「言い訳は、場所を変えてからじっくり聞くわ」


 三郷はそう言い切ると、僕の制服の襟元を優しく、けれど絶対に逃れられない力加減で掴み、そのまま空き教室へと連行し始めた。


「わ、分かったから引っ張らないで、三郷!」


 教室に残っていたクラスメイトたちが、「また影久が才女たちに拉致されてる……」と言いたげな、哀れみと嫉妬の入り混じった視線を送ってくるのが、本当に胃に痛かった。


        ※ ※ ※


 放課後の静かな空き教室。


 夕日が差し込む薄暗い部屋の真ん中で、僕はパイプ椅子に座らされ、二人の少女に正面から囲まれていた。


「まず、天音。彼女が『一緒に出る』と言ったのは本当なの?」


 三郷が腕を組み、冷ややかに問いかけてくる。


「うん……廊下でばったり会った時にファイルを見られちゃって、僕が出るなら出るって、天音さんが……」


「やっぱり! 軽井沢さん、なつめくんにベタベタしすぎだよ!」


 笹浪さんが不満げに頬を膨らませ、僕に一歩にじり寄った。

 綺麗に整えられた彼女の茶髪から、甘いフルーティーな香りがふわりと漂う。


「なつめくん、私の前だけでそういう無自覚人たらしを発揮してって言ったのに。軽井沢さんにも、何かずるいこと言ったんでしょう?」


「何も言ってないよ! ただ、一緒にステージに出られたら嬉しい、みたいなことは言ったかもしれないけど……」


「なつめ。あなたは本当に、自分の言葉の破壊力を自覚した方がいいわ」


 三郷がこめかみを押さえ、深いため息を吐いた。


「ただでさえ距離感のおかしいスポーツ女が、そんなことを言われて正気でいられるはずがないでしょう。それに、椎名小春さんまで陥落させたのね?」


「椎名さんも、僕が出るなら出るって……」


「椎名先輩、普段あんなに無表情で大人しいのに、なつめくんの前だと急にグイグイ来るんだから……」


 笹浪さんは僕の椅子の肘掛けに手を置き、顔を近づけてくる。

 夕日に照らされた彼女の潤んだ瞳が、僕を真っ直ぐに捉えて逃がさない。


「ねえ、なつめくん。本当に、明日その衣装の話をするために、椎名さんと二人きりで空き教室で会うつもりなの?」


「約束、しちゃったから……」


「だめだよ。私、そんなの絶対に嫌」


 笹浪さんは僕の手をぎゅっと握りしめた。

 その小さな手は、少しだけ震えていた。


「私だって、なつめくんと同じステージに立ちたい。お揃いの衣装を着たいもん。三郷さんばかりにずるいことさせないんだから!」


「寿羽さん、あなたの我が儘もそこまでよ」


 三郷が僕たちの間に割り込み、笹浪さんの手を僕から引き離した。


「なつめは私の彼氏。文化祭でペアを組む相手として、私が最も相応しい。これは譲れないわ」


「仮の恋人のくせに、独占禁止だよ!」


「仮であっても、今は私の特権よ」


 二人の美少女の視線が、再び至近距離でバチバチと火花を散らす。

 挟まれた僕は、ただただ縮こまるしかなかった。


「あの、二人とも。それならさ……」


 僕は恐る恐る口を開いた。


「三郷も、笹浪さんも、みんなで同じテーマのコスプレをすれば、喧嘩しなくて済むんじゃないかな?」


 僕なりに考えた、平和的な提案だった。

 しかし、二人は一瞬だけ動きを止め、それから呆れたように僕を同時に見つめた。


「……なつめ。あなたは、自分がどれだけ酷い拷問を私たちに強いているか分かっているの?」


「そうだよ、なつめくん。女の子が何のためにドレスを着ると思ってるの? 他の誰でもない、なつめくんに『一番可愛い』って言ってもらうためだよ?」


 笹浪さんは恥ずかしそうに顔を赤らめながらも、僕の胸元を指先でポツンと叩いた。


「みんなで一緒、なんて、そんなので納得できるわけないじゃん」


「なつめ。私の衣装を、あなたが自ら選んでくれるのなら、私も少しは妥協してあげてもいいけれど?」


 三郷も顔を背けながら、耳の裏まで真っ赤に染めて呟いた。


「僕が……選ぶの?」


「ええ。あなたが私に着せたいと思う衣装を、あなたが決めるのよ。それが、待たされた私への誠意というものよ」


「あ! ずるい、三郷さん! なつめくん、私の衣装もなつめくんが選んで! 週末のデートの時に、一緒に着せ替え人形になってあげるから!」


「寿羽さん、言葉のチョイスが不健全よ。なつめの頭を壊すつもり?」


「壊さないよ! 私、本気だもん!」


 二人の距離がまた僕へと近づき、夕暮れの空き教室に、二人の少女の甘い香りと熱気が満ちていく。


 誰にも見つからないように、誰からも期待されないように生きてきた僕の日常は、文化祭というイベントを前に、もう取り返しのつかないところまで『特別』なものに染め上げられようとしていた。


 そして次の日、僕は椎名小春さんとの『空き教室での秘密の打ち合わせ』を控えている。

 さらに、週末には笹浪さんとの『二人きりのデート』。


 僕の日常のブレーキは、もう完全に粉々に砕け散ってしまっていた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

応援が次回更新の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ