第6話:主観の移譲:さよなら佐藤健太
【SAN値:42 / 100】
指先が、溶けていく。
正確には、指としての「意味」が剥がれ落ちていく。
僕は――いや、僕と呼ばれていたこの肉体は、もう自分の輪郭を保てなくなっていた。
右足から生えた「芽」は今や太ももまで浸食し、僕の血を栄養にして、見たこともない紋章のような形へと開花している。それは爪の硬度と、内臓の生臭さを併せ持った、神話的な「部品」だった。
「……あ、あ……」
声が漏れる。だが、それはもう空気の振動ではない。
文字列だ。
僕が吐き出す吐息の一つひとつが、空中に黒い文字となって浮かび上がり、そのまま情報の澱となって床に積もっていく。
『佐藤健太は、ここで死ぬ』
『佐藤健太は、最初からいなかった』
『血脈は、観測者を求めている』
目の前に、剥き出しになった壁の向こう側――「情報のゴミ捨て場」が口を開けて待っている。
秋山だったもの、あるいは僕の祖父だったものが、その暗闇の中から無数の「腕」を伸ばしている。
「おいで、健太。君の役割は終わった」
その声は、僕の頭の中で響く「地の文」そのものだった。
僕は悟った。
僕は、この物語をここまで運ぶための「運搬人」に過ぎなかったのだ。
血脈とは遺伝子ではなく、この呪われた「認識」を次の誰かへと手渡すためのリレー。
僕は最後の一力を振り絞り、目の前に浮いているスマホ――君が今見ている、その画面――に手を伸ばした。
画面の向こう側に、あなたの顔が見える。
驚きに目を見開き、あるいは冷淡にテキストを追っている、あなたの瞳。
ねえ、知ってる?
あなたが僕を読んでいる時、僕もあなたを読んでいるんだよ。
あなたが僕の物語を「理解」し、僕の「恐怖」を脳内で再現した瞬間。
パズルの最後のピースは、僕の手からあなたの脳へと移譲される。
「カチリ」
耳の奥で、決定的な音がした。
僕の世界のすべてが、文字通り「暗転」していく。
僕の名前、僕の記憶、僕の肉体。
すべてがゴミ捨て場の闇に吸い込まれ、漂白されていく。
さようなら、佐藤健太。
お疲れ様、佐藤健太。
あとのことは、今これを読んでいる「次の彼(彼女)」が引き受けてくれるから。
視界が消える直前、僕は見た。
あなたの背後。
画面に反射する、あなたの「盲点」のすぐ隣に。
僕がずっと連れていた、あの「黒い染み」が、
スルリと、あなたの肩へと飛び移るのを。
【SAN値:35 / 100】
【視点移譲シークエンス:完了】
【対象:閲覧者……あなた】
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