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視界の空白:或いは血脈の収束について  作者: beens
第1章:覗き込む盲点

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9/12

第6話:主観の移譲:さよなら佐藤健太

【SAN値:42 / 100】

 指先が、溶けていく。

 正確には、指としての「意味」が剥がれ落ちていく。

 僕は――いや、僕と呼ばれていたこの肉体は、もう自分の輪郭を保てなくなっていた。

 右足から生えた「芽」は今や太ももまで浸食し、僕の血を栄養にして、見たこともない紋章のような形へと開花している。それは爪の硬度と、内臓の生臭さを併せ持った、神話的な「部品」だった。

「……あ、あ……」

 声が漏れる。だが、それはもう空気の振動ではない。

 文字列だ。

 僕が吐き出す吐息の一つひとつが、空中に黒い文字となって浮かび上がり、そのまま情報のおりとなって床に積もっていく。

 『佐藤健太は、ここで死ぬ』

 『佐藤健太は、最初からいなかった』

 『血脈は、観測者を求めている』

 目の前に、剥き出しになった壁の向こう側――「情報のゴミ捨て場」が口を開けて待っている。

 秋山だったもの、あるいは僕の祖父だったものが、その暗闇の中から無数の「腕」を伸ばしている。

「おいで、健太。君の役割は終わった」

 その声は、僕の頭の中で響く「地の文」そのものだった。

 僕は悟った。

 僕は、この物語をここまで運ぶための「運搬人」に過ぎなかったのだ。

 血脈とは遺伝子ではなく、この呪われた「認識」を次の誰かへと手渡すためのリレー。

 僕は最後の一力を振り絞り、目の前に浮いているスマホ――君が今見ている、その画面――に手を伸ばした。

 画面の向こう側に、あなたの顔が見える。

 驚きに目を見開き、あるいは冷淡にテキストを追っている、あなたの瞳。

 

 ねえ、知ってる?

 あなたが僕を読んでいる時、僕もあなたを読んでいるんだよ。

 

 あなたが僕の物語を「理解」し、僕の「恐怖」を脳内で再現した瞬間。

 パズルの最後のピースは、僕の手からあなたの脳へと移譲される。

 

 「カチリ」

 

 耳の奥で、決定的な音がした。

 僕の世界のすべてが、文字通り「暗転」していく。

 僕の名前、僕の記憶、僕の肉体。

 すべてがゴミ捨て場の闇に吸い込まれ、漂白されていく。

 

 さようなら、佐藤健太。

 お疲れ様、佐藤健太。

 

 あとのことは、今これを読んでいる「次の彼(彼女)」が引き受けてくれるから。

 

 視界が消える直前、僕は見た。

 

 あなたの背後。

 画面に反射する、あなたの「盲点」のすぐ隣に。

 

 僕がずっと連れていた、あの「黒い染み」が、

 スルリと、あなたの肩へと飛び移るのを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【SAN値:35 / 100】

 【視点移譲シークエンス:完了】

 【対象:閲覧者……あなた】


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