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視界の空白:或いは血脈の収束について  作者: beens
第1章:覗き込む盲点

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4/12

第3話:血脈の収束:最初の断絶

【SAN値:79 / 100】

 首を動かしてはいけない。

 視線を上げてはいけない。

 脳が、脊髄が、本能のすべてがそう叫んでいる。

 スマホの画面に映ったあの「逆さまの怪物」が、今、僕の頭上にいる。天井の染みに擬態しているのか、あるいは僕の「盲点」に潜り込んでいるのか。気づかなければ、まだ食われない。認識の「空白」に留まっている限り、現実は保留される。

 僕は震える手で、スマホの画面を凝視し続けた。

 秋山からのラインが、再び画面を叩く。

『健太、聞こえるか。今すぐ家を出ろ。

 荷物は持つな。あのノートだけは、絶対に離すな。

 お前、水たまりを踏んだ時、何か「音」を聞かなかったか?』

 音?

 ……そういえば、あの時。右足が水面を叩いた瞬間、耳の奥で「カチリ」という音がした。

 古い時計の針が動いたような、あるいは、厳重な金庫の鍵が外れたような。

「……ッ、あ」

 声がうまく出ない。喉の奥に、砂でも詰まったような不快感がある。

 僕は指を動かし、秋山に返信を打とうとした。だが、キーボードの文字が、いくつか「欠落」している。

 『あ』『い』『う』『え』『お』

 ……『㦸』。

 本来『わ』があるべき場所に、あの不気味な漢字が鎮座していた。

 僕はそれを無視して、文字を打ち込む。

「秋山、お前、どこにいる。あの写真は誰が撮った。

 助けてくれ。天井に、何かがいるんだ」

『写真は、お前の「記憶」が送らせたものだ。

 いいか、健太。落ち着いて聞け。

 お前の名字、「佐藤」っていうのは、偽りだ。

 お前の祖父が、ある血統から逃れるために戸籍を買い取ったものなんだよ。

 お前の本当の血の名前は――』

 文字が、そこから激しく乱れ始めた。

 意味をなさない記号の羅列。

 外字、外字、外字。

 まるで、その名前を表示すること自体を、スマホのシステムが拒絶しているかのようだ。

 ガリリッ。

 頭上で、何かが天井を引っ掻く音がした。

 ゆっくりと、何かが「降りて」くる。

 

 視界の右後ろ。

 あの黒い染みが、今や視界の三分の一を覆い尽くそうとしていた。

 染みの中に、無数の「目」のようなものが蠢いているのが見える。

 

 僕は耐えきれず、鞄からあのノートを引っ張り出した。

 秋山は言った。このノートだけは離すなと。

 

 三ページ目。

 そこには、一通の手紙が挟まれていた。

 宛名は「未来の㦸へ」。

 

 『血は、情報である。

  肉体的な遺伝ではない。特定の概念を認識し、特定の空白を脳内に完成させたとき、人はその一族に組み込まれる。

  お前がこの手紙を読んでいるということは、もうパズルは七割方完成しているはずだ。

  お前はもう、佐藤健太ではない。

  お前は、収束点だ。』

 

 手紙の裏には、古い家系図のようなものが描かれていた。

 名前の欄はすべて空白。

 ただ、一番下の「僕」に当たる場所だけが、じわじわと赤黒いインクで塗りつぶされている。

 

 そのインクが、動いた。

 

 家系図を逆流するように、空白の欄が次々と「赤」で埋まっていく。

 まるで、過去に遡って、僕の先祖たちが今この瞬間に殺されているような、おぞましい感覚。

 

 「……ああ、あああああああ!」

 

 突如、激痛が走った。

 右足だ。あの水たまりを踏んだ右足の、親指の先。

 

 見ると、靴下を突き破って、そこから**「芽」**のようなものが生えていた。

 植物ではない。

 それは、人間の「歯」と「爪」が混ざり合ったような、硬質な肉の芽だった。

 

 プルルルルッ!

 

 スマホに着信。秋山からだ。

 僕は震える手で通話ボタンを押した。

 

「秋山! 助けてくれ、足から、足から何かが――」

 

『……健太?』

 

 スピーカーから聞こえてきたのは、秋山の声ではなかった。

 それは、ノイズ混じりの、僕自身の声だった。

 

『健太。後ろを向いちゃダメだ。

 上も見ちゃダメだ。

 今、お前の真後ろにいるのは、僕だよ。』

 

 ヒタヒタと、背後の畳が濡れる音がする。

 生暖かい息が、僕のうなじを撫でた。

 

『僕たちは、もう収束しちゃったんだ。』

 

 僕は悟った。

 秋山という友人は、最初から存在しなかったのかもしれない。

 彼とのラインも、電話も、すべては僕の脳内の「空白」が作り出した、僕をここまで誘い込むための餌。

 

 僕はゆっくりと、ノートの最後のページをめくった。

 そこには、こう書かれていた。

 

 『血脈の収束。これを読み終えた時、読者もまた、家族となる。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【SAN値:72 / 100】


【読者への汚染:欠落のパズル Lvl.3】


お気づきでしょうか。

第1話から、佐藤健太の「一人称」が微妙に変化していることに。


「僕」が、いつの間にか「㦸(わたくし)」へと浸食され始めています。


そして、先ほど聞こえた「自分の声の電話」。

あなたの耳の奥でも、今、小さな「カチリ」という音がしませんでしたか?


万が一、自分の足の指に違和感を感じても、決して靴下を脱いで確認してはいけません。

認識しなければ、それはまだ、そこには存在しないのですから。


第4話「情報の虫食い:空白の隣人」へ続く。

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