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視界の空白:或いは血脈の収束について  作者: beens
第1章:覗き込む盲点

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3/12

第2話:マリオットの怪物

【SAN値:88 / 100】

 スマホの画面に映り込んだ「それ」を視認した瞬間、僕の全身の毛穴が逆立ち、内臓がせり上がるような悪寒が走った。

 僕の肩越しに、画面を覗き込む白く細長い指。

 関節の数が一つ多いような、不自然な曲がり方をした「腕」。

 僕は叫び声を上げることもできず、椅子から転げ落ちるようにして振り返った。

 誰もいない。

 六畳一間のアパート。湿った空気と、脱ぎ捨てたジーンズ。それ以外には、何も。

「……はあ、はあ、はあ……」

 荒い呼吸が、静まり返った部屋に響く。

 錯覚だ。またパレイドリアだ。スマホの液晶画面の汚れと、背後のカーテンの影が偶然重なって、腕のように見えただけだ。

 そう自分を納得させようとして、僕は気づいた。

 右手の指先が、熱い。

 ノートの空白を掻きむしった人差し指の先から、どろりとした鮮血が滴り、畳に黒いシミを作っていた。

 痛みはない。ただ、何かが「入り込んでくる」ような、不快な熱だけがある。

 チカッ、チカッ

 スマホが再び震える。友人、秋山からの追撃。

『返信しろよ。あのノート、絶対にお前が持ってるだろ。

 悪いことは言わない。今すぐ、それを(  )に捨てろ。

 じゃないと、お前の【盲点】が、手遅れになるぞ』

 秋山がなぜ、僕の視界の異常を知っている?

 僕は震える指で、血を画面にこすりつけながら文字を打った。

「どうして知ってる。盲点ってなんだ。あのノートは何なんだ」

 送信。

 既読は一瞬でついた。

『心理学で習っただろ。マリオット盲点。

 視神経が束ねられる場所に、光を感じない「穴」がある。

 普通、脳はその穴を周囲の景色で「適当に」埋めて、僕たちに嘘の景色を見せている。

 でもな、健太。

 もし、その穴を埋めているのが「脳」じゃなかったら?

 外側にある「何か」が、自分の姿を隠すために、その穴を勝手に埋めていたとしたら?』

 画面を見つめる僕の指が止まる。

 秋山の言葉は、僕がさっき図書館で考えていた仮説の、さらにその先を突いていた。

『あのノートは、その「穴」を広げるためのマニュアルだ。

 読めば読むほど、空白を意識すればするほど、穴は大きくなる。

 最後には、お前の視界の半分が「奴ら」の都合のいい景色に書き換えられる。

 そうなったら、お前はもう、自分の部屋に誰が立っているのかさえ、一生気づけない。』

 心臓が喉まで競り上がってくる。

 僕は反射的に、部屋の隅々を見渡した。

 何もいない。テレビの横、クローゼットの隙間、ベッドの下。

 どこにも、何もいない。

 

 ……本当に?

 

 僕が見ているこの景色は、僕の脳が「何もいないはずだ」と判断して作り上げた、ただの補完データではないのか?

 現に、僕の視界の「右後ろ」にいるあの黒い染みは、一回り大きくなっている気がする。

 僕は実験せずにはいられなかった。

 ノートの端を破り、そこに小さな●と、十センチほど離して+を描く。

 心理学の教科書に載っている、マリオット盲点を確認するための簡単な図。

 

 左目を閉じ、右目で+を見つめながら、紙を顔に近づけていく。

 ある一点で、左側に描いた●が、ふっと視界から消えるはずだ。

 

 十センチ。十五センチ。

 

 ……消えた。

 ●が消え、そこにはただの「白い紙の地」が見えている。

 本来そこにあるはずの黒い点が、脳の補完によって抹消された瞬間だ。

 

 だが、その「白い空白」の中に。

 

 ……何かがある。

 

 真っ白なはずの空白の中に、蠢くものが見えた。

 それは、小さな、無数の、人間の「歯」のようなものだった。

 白い紙の色に擬態した、真っ白な歯が、何かを咀嚼するようにガチガチと震えている。

 

「ひっ……!」

 

 僕は紙を投げ捨てた。

 投げ捨てた紙が畳に落ちるまでの間、その「歯」は、僕の視界の端でずっと笑っていた。

 

 ブブッ。

 スマホに通知。秋山からではない。

 知らないアカウントからの、画像付きのメッセージ。

 

 恐る恐る、それ。を。開。く。

 

 画像は、僕のアパートの外観だった。

 二階の、僕の部屋の窓。

 カーテンがわずかに開いたその隙間から、

 

 ――血まみれの指先で、ノートを必死に読み耽っている「僕」が映っていた。

 

 そして、その「僕」の真後ろ。

 天井から逆さまにぶら下がった、皮膚のない巨大な何かが、

 「僕」の頭を、今まさに飲み込もうと、その大きな口を開けている光景が、鮮明に写し出されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【SAN値:79 / 100】

 

 ――上を。向いてはいけない。

 ――気づかなければ、まだ、食べられてはいないのだから。


【読者への汚染:欠落のパズル Lvl.2】


あなたは今、この文章をどこで読んでいますか?

自室? 電車? それとも、誰かとの待ち合わせ中でしょうか。


ちょっとした実験をしましょう。

今、スマホの画面に映る自分の顔の「反射」を見てください。


背景に、心当たりのない「白いもの」が映り込んでいませんか?

それは、天井の照明かもしれません。

あるいは――あなたを覗き込む、誰かの「歯」かもしれません。


第3話「血脈の収束:最初の断絶」へ続く。

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