8. 別れと旅立ち
「さっきはごめん……エミリアから聞いたよ。ご両親のこと、中央のこと」
「……はあ。とりあえず座りましょ」
近くのベンチに並んで座る。
少し肌寒い風が吹き抜け、沈黙がやけに長く感じられた。
「……いい街だね」
自分でも、唐突すぎて驚いた。
「なによ、いきなり」
「いや……もうすぐ、この街を離れるんだなって思ってさ」
ほんと、何言ってんだ俺。
「……あの子から聞いたのね。昔のこと」
「うん。軽率だったよ。何も知らないくせに、一緒に来てほしいなんて」
マリアは膝の上に手を重ね、小さく息をついた。
「こっちこそ、ごめんなさい。急に飛び出して。……でもね、誘ってくれて、嬉しかった」
その一言が、胸の奥にほんのりと温かく残った。
「エミリア、あの子ね。ほんとバカなのよ。中央を出たときだって、周りともうまくやれてたし、才能だって私よりあったのに」
「残ればよかったのに、私を心配して、無理について来て……」
エミリアの言葉と、ぴったり重なる。
「だからね、今、私があの子を置いて行くわけにはいかないの」
――妹を想う気持ち。
それを無視して「一緒に来てくれ」なんて、もう言えなかった。
「……わかった。じゃあ、せめて見送りには来てくれる?」
「もちろん」
マリアはふっと笑って、こっちを見た。
……やっぱり、黙ってれば天使だよな。
リゼとエミリアと合流し、転移ステーションへ向かう。
少しピリついた空気の中、エミリアが一生懸命に話題をふってくれる。
ほんと、よくできた妹だ。
……そりゃ、大事にしたくもなるよな。
ふと、妹のひなたの顔が浮かんだ。
今、どうしてるだろう。
もしかすると、俺はもう死んだことになってるかもしれない。
――母さんも、ひなたも、泣いてないといいけど。
転移ステーションは、大きなターミナル駅のような場所だった。
行き先ごとにレーンが分かれ、その先に転移装置が設置されている。
効率化のため、1時間ごとに人をまとめて転移させるシステムらしい。
俺たちは、中央都市バルグレイス行きのレーンの前に並んでいた。
――いよいよ、ふたりと別れる時が来た。
たった二日間。
でも、信じられないほど名残惜しい。
これからまた、異世界人二人だけの旅が始まる。
見知らぬ中央都市。
未知の世界。
……不安が、こみ上げてくる。
「これ、荷物。お金だけじゃ不安でしょ? 一応、食料と着替え――あ、女物だけね。あんたは絶対に触らないでよ。それから、おすすめのお菓子と、化粧道具と……」
マリアが差し出してくれた荷物を受け取る。
説明してくれているけど、どこか言葉が遠くで響いているように感じた。
「じゃ、元気でね。リゼのこと、泣かせたら許さないから。あ、こっちに戻ってくる時は連絡して。おいしいパフェ屋さん、紹介してあげる」
マリアがくるりと背を向けて、歩き出そうとした――そのとき。
「お姉様!」
エミリアが一歩前に出て、両手を広げて姉の行く手をふさいだ。
マリアも、俺も、リゼも、思わず動きを止めた。
空気がピタリと張りつめる。
「何してんの?」
若干苛立った声で、マリアが問いかける。
「……行ってください」
「はあ?」
「行ってください、お姉様!」
その声は、ほんのわずかに震えていた。
「行かないってば。その話はもう終わったでしょ」
「終わってません!」
エミリアは真っ直ぐに、姉の瞳を見つめる。
「私は、いつもお姉様を追いかけてきました。誰よりも考えて、誰よりも早く動いて、信念を貫いて――」
「目の前にいるのは、そんな私が目指してきたお姉様じゃありません!」
「本当は行きたいくせに、我慢して――」
「いい加減にしてよ……! いつも、いつも……勝手についてきて!」
「勝手です! お姉さまの妹ですから! 今も勝手にさせてもらいます!」
「いつまでも子ども扱いしないでください。お姉様は……行くべきなんです!」
「――っ! でも……!」
「いいから行けっ!! バカお姉様っ!!」
エミリアの目から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
マリアはうつむいて、だらりと腕を下ろす。
迷わず、その手を握った。
そして、何も言わずに、そのまま引いた。
顔は見ない。
たぶん今は、見られたくないはずだから。
「――まもなく、中央行、出発です」
アナウンスが構内に響いた。