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63. 未完成の翼

「……で、どういうこと?」


 暖炉の火がパチパチと爆ぜる音が響くリビングで、俺はルミナに向かって問いかけた。


 場所はロムサの街外れにある大きな一軒家。

 驚いたことに、先ほどの犬の飼い主である女性はルミナの母親だった。

 そしてここは、ルミナの実家。

 さらに、スティグ支部長が案内しようとしていた工房もこの家にあるという。


 食卓には湯気の立つシチューと焼きたてのパン。

 ルミナの母親と、優しそうな祖母。

 そして俺たち5人にスティグを加えた面々が、ひとつのテーブルを囲んでいた。


「えへへ……驚いた?」

「驚いたも何も、腰抜かすかと思ったよ。リュキアに戻ったんじゃなかったのか?」


 ルミナはばつが悪そうに、スプーンを口にくわえたまま視線を泳がせる。


「そうなんだけどねー。やっぱり、たー坊たちのことが気になってさ。それで、じいちゃんに相談したんだ」

「ヘルマン会長に?」

「うん! 有休じゃ足りないと思ったからね。そしたらじいちゃん、『ボランティア休暇にしたらいい』って。『悪い奴から女神様を守るのも、広義のボランティアじゃ』ってさ」


 ……何その超絶ホワイト企業。

 俺の元職場にも爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。


「また一緒にいられるのはすげー嬉しいけどさ。ルミナ抜きで、本当にリュキアは大丈夫なのか?」

「もちろん。心配なら、今すぐセラたんに聞いてくれてもいいよ」


 セラさん。

 懐かしい響きだ。

 フォルテリアで世話になった、ルミナの上司でありお目付け役。

 ちょうどいい機会だし、お礼も兼ねて連絡してみるか。


 俺は端末を取り出し、リュキアのセラさんへと通信をつないだ。

 皆にも聞こえるよう、端末をスピーカーモードに切り替える。


『……はい』


「あ、どうも。秋月です」


『ソウタさんですか。急にどうされました?』


「実は今、ロムサにいるんですが……ルミナがいて」


『ああ、そのことですか。存じています。……てっきり、別件かと思いましたが』


「別件?」


『はい。中央で、その……女性関係で色々あったと、ルミナから聞きまして。もし連絡があったら、慰めてほしいと言われていました』


 ……おい。


 視線を向けると、ルミナはわざとらしく天井を見上げている。

 マリアとセシルは笑いをこらえきれないのか、手で口元を押さえながら肩を震わせていた。


『ですので、もしかすると食事のお誘いかもしれないと思ってしまいまして』


「……セラさん。それ、本気で言ってます?」


『半分ほどは』


 半分って……これ、喜ぶべきなのか?


『……冗談はこれくらいにして。ルミナのことは、心配いりませんよ。むしろ、ご迷惑でなければいいのですが』


「とんでもない! ルミナには何度も助けてもらってますし、今も合流してくれて、すっげー嬉しいです」


『それは良かったです。女神様を助けるのは、大変な仕事だと思います。頑張ってください。私もできることは何でも協力しますので』


「ありがとうございます。必ず、女神様を守ってみせます」


『お願いします。……それでは、ルミナにも、よろしくお伝えくださいね』


 そう言って通話は切れた。

 どうやらルミナの話は本当だったらしい。


「許可が出てるなら、最初から堂々と合流すればよかったじゃないか。なんで隠れてたんだ?」


「それは……その……」


 ルミナは口ごもり、ちらりと母親の方を見てすぐにこちらへ向き直った。


「ほ、ほら! びっくりさせたくってさ! 普通に再会するより、そっちのほうが面白いかなって……」


「いや、何かにつけられてる感じがして、振り向いたら誰もいないとか、普通にホラーだろ」


「やっぱり見えてなかった? 光学迷彩ってカモフラ率の規制が厳しくてさー。規格に準拠しつつ、できるだけ見えにくくなるように、色調の自動コントロールを強化したんだよ。いやー、苦労した甲斐があった」


「なんだよその、車検ギリギリの透過率狙ってスモーク貼るみたいなやつ」


「これはバカ売れ間違いなしだぞー」


 大丈夫か、それ。

 犯罪を助長しないか?

 

 この、賢いのにおバカなことを全力を注ぐ感じ。

 しばらくお預けだと思っていた分、呆れつつもやっぱり嬉しかった。


「……相変わらず、人騒がせな奴だ」


 呆れたように呟いたのはスティグだった。

 彼は慣れた手つきでコーヒーを啜っている。


「おじじ、久しぶりだね!」


「……人前でそう呼ぶなと言ったはずだ」


「えー、いいじゃん、おじじ」


 ルミナは唇を尖らせて言い返す。


 ……おじじ?

 この寡黙で、ちょっとおっかない支部長を?

 

「ルミナと支部長って、知り合いだったんですか?」

「知り合いも何も……こいつのオムツを替えたこともある」


「おじじってば変態ー。変態同士、たー坊とはきっと気が合うよ」

「「誰が変態だ」」


 スティグと声が重なり、思わず顔を見合わせる。

 次の瞬間、互いに苦笑していた。

 最初は近寄りがたい人だと思っていたけど、案外そうでもないのかもしれない。


「スティグさんはね、ルミナのお父さんの友人だったのよ」


 ルミナの母が、懐かしそうに目を細めて教えてくれた。


「ルミナのお父さん……?」

「ええ。マギアの職人をしていたの。スティグさんのギアも、彼が作ったのよ」


 あの黒槍を作った人物。

 あれだけの代物を生み出したのなら、相当な腕の職人だったに違いない。

 ……なるほど、血は争えない、か。


「ヒルダ。工房に行くが、構わんな」

「……ええ、どうぞ」


「行くぞ」


 カップを置き、スティグが立ち上がる。


 俺たちもそれに続き、家の裏口から外へと出た。

 案内されたのは、母屋よりもさらに大きなドーム状のガレージだった。

 重厚な扉をスティグと俺たちで押し開ける。


 差し込んだ日光に照らされ、その巨体は静かに眠っていた。


「大きい……」


 セシルが思わず声を漏らす。

 そこに鎮座していたのは、巨大な円盤状の物体。

 滑らかな船体は金属光沢を帯び、見た目はまさにUFOそのものだった。


「これが……移動用ギア?」

「ああ。そうだ」


「空を飛ぶギア……確かに、これなら雪原も関係ないわね」


 マリアが船体を見上げ、感心したように言う。


「でも、“外”を長距離移動するギアなんて、本当に可能なの? 実現不可能だって言われてるはずだけど」

「言ったはずだ。未完成だと」


 スティグが短く答えた。

 未完成ということは、何かが決定的に足りないのだろう。


「パパはね、あの天の柱を目指してたんだ」


 ルミナが静かに語り出す。


「『あそこへ行けば、世界のすべてが明らかになる』って。誰よりも高く、誰よりも遠くへ行けるギアを作ろうとして……」


 そこで、一瞬だけ言葉が途切れた。


「……でも、完成する前に病気で死んじゃった」


 いつもと違う、“らしくない”ルミナだった。

 父を亡くしたという共通点に、ほんの少しだけ親近感を覚える。

 ……だからといって、喜べる話じゃないけど。


「親父さん、そこに女神がいるって知ってたのか?」

「ううん。誰も行ったことがない場所だよ。でも、すっごく怪しいし、ワクワクするよね」

「確かにな……。で、未完成って、何が足りないんだ?」


 ルミナは指を立て、淡々と説明し始めた。


「問題はふたつあった。ひとつは防御面。マナに引き寄せられて集まる魔物を、完全に迎撃する仕組み。どんな相手が来ても、確実に対処できなきゃいけない」


「なるほど……じゃあ、もうひとつは?」

「動力。マナの供給源だよ」


 ルミナは船体に手を置き、その冷たい装甲を撫でながら続ける。


「搭乗者のマナを使う設計なんだけど、量がまったく足りないんだ。この巨体を浮かせて、しかも高速で飛ばすには、とんでもないマナが必要。普通の人間なら、離陸して数分で空っぽ」


 そこで、彼女は一瞬だけ言葉を区切った。


「……パパも、そこで行き詰まったんだ」


 強力な迎撃システム。

 そして、膨大なエネルギー源。


 そのどちらかが欠ければ、この船は空を飛ぶ前に墜ちる。

 いや、最悪ただの鉄の棺桶だ。


 スティグが腕を組み、俺たちを見回す。


「そういうことだ。最新技術をもってしても、この問題の解決は難しい。期待させて悪かったが、やはり――」

「ちっちっち……」


 言葉を遮るように、ルミナが指を振った。

 そして、いつもの調子でにやりと笑う。


「相変わらず頭が固いなー、おじじくん。問題が『あった』って言ったよね?」

「……」


「この問題は、もう解決してるんだよ。ね、たー坊?」


 全員の視線が、一斉に俺へ向けられる。


 ……うん。

 なんとなく、そうだろうとは思ってた。

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