60. 別れ、そして北の果てへ
「で、は……発表しまーす!」
満面の笑みで、ルミナが声高らかに宣言した。
女神の居場所が判明したということで、俺たちはヴァンガード中央本部へと集められていた。
「やったな。で、どこなんだ?」
「もー、たー坊ってば、そうやってすぐ答えを聞こうとする。そんなんだからモテないんだよ? プロセスを楽しも?」
今回の件で、ルミナの中で俺は「残念な勘違い男」に認定されているらしい。
でも、ひとつだけ大きな誤解がある。
モテないんじゃなくて、モテてしまった結果の悲劇なんだ。
……まあ、訂正する機会はないだろうけど。
「コホン。まずはね、リゼっちが聖堂から転移ステーションへのアクセス履歴を入手してくれました。ね?」
「うん。頑張った。カリナさんしか権限がない場所にあったから」
「でも、そんな厳重そうなところから、どうやって?」
「特別手当を利用した」
リゼが淡々と説明する。
「それぞれの業務で達成したノルマに応じて報酬が支払われる制度がある。第一聖女が実績データを確認して、直接個人の口座に振り込む。その瞬間の通信経路を逆探知した」
「へえ、そんな仕組みがあるのか」
「カリナ様が作った、中央独自の制度よ。多くの職員が必要って事情もあるけど、訳アリの子も多いから、そういう子たちのモチベーション維持のためにね」
マリアが補足する。
マリアも両親を亡くしているし、ルーティも「捨てられた」と言っていた。
結果的に歪んでしまったけれど、カリナという人物そのものは決して根からの悪人ではなかったのかもしれない。
「特別手当の条件は、相談係が一番早そうだった。ノルマは相談100件。できるだけ短時間で片づければすぐ終わる」
……そんなタイムアタックみたいなことを。
善意で作られた制度がまさかこんな形でハッキングの糸口にされるなんて。
カリナ本人もきっと想像していなかっただろう。
ほんの少しだけ同情してしまう。
「でね、リゼっちが入手したのは、転移ステーションの監視ログ」
ルミナが指を立てて説明を始める。
「転移障害。あれは、聖堂側から不正に転移先の座標を書き換えて起こされてたんだ。システム側はエラーを検知して修正しようとするから、街の中枢システムとの通信が頻発するんだけど……」
一拍置いて、ルミナは得意げに続けた。
「その時のログを見たら、特定の時間帯だけアクセス頻度が異常に高くなってたんだ。しかもね、一見すると等間隔。でも、よーく見ると、コンマ数秒単位でアクセスの間隔がズレていってたんだよ」
……なるほど。
いや、言ってる意味はわかるけど、それがどう場所の特定につながるんだ?
ルミナは「もう分かったよね?」と言いたげなキラキラした顔をしている。
正直さっぱりだ。
でも、俺だけ理解できていない可能性もあるのでとりあえず黙って頷いておく。
「それでピンと来たんだ。ログに残らないくらいの短時間で、どこからかアクセスしてるって。で、その断片的なデータを集めていったら……ある座標が浮かび上がってきたんだ」
「ある座標?」
「そう。それで、リゼっちがすぐに気づいたんだよ」
「うん。0、0、N。……颯太なら、もう分かったはず」
リゼが信頼に満ちた瞳を向けてくる。
……ごめん、買いかぶりすぎだ。
そんな座標表記、まったく覚えがない。
「ごめん。さっぱりだ」
一瞬だけ間をおいて、リゼは何事もなかったかのように解説を続けた。
「この世界の座標データは、すべて数字ふたつとアルファベットのNかSの組み合わせ。数字は赤道平面上のXY座標、アルファベットは北半球か南半球かを示している」
そういうことか。
「なるほど、ようやく分かったよ。0と0ってことは、地軸上ってことだよな。で、北半球……ってことは、女神がいるのは……北極!?」
「そう。正確には、北極点」
カイムらの作った“門”の先。
そこで女神と会った、あの光景。
肌を刺すような冷たい空気と、足元に広がる氷海。
「どおりで、あの時寒かったわけだ。オーロラが見えたのも納得だ」
謎は解けた。
けど、すぐに新たな疑問が頭をもたげる。
「でも、そんなところどうやって行くんだ? 外では乗り物も使えないんだろ? 魔物がいる中、歩いて北極までなんて何年かかるかわからないぞ」
「それは……まだ分からない」
「分からないって、そんな……」
リゼやルミナですら案が無いとなると、完全にお手上げだ。
「“ロムサ”という街がある。転移ステーションから飛べる中で、その座標に最も近い街だ」
沈黙を破り、そう切り出したのはアレンだった。
「手段はともかく、いずれにせよそこを拠点にするのが最善だろう。君たちは先にロムサへ向かい、現地で移動手段の検討を始めてほしい。ヴァンガードのロムサ支部には、すでに協力を要請し、了承も得ている」
「分かりました。でも、“先に”って……アレンさんは?」
「私はここに残る。今回の件の後始末をしなければならなくてね」
一拍置いて、アレンは続ける。
「だが、女神様のもとへは、私も必ず同行するつもりだ。彼を――“友人”を助けたいからね」
そう口にするアレンの目は真剣そのものだった。
ノクセイアの調査隊に同行できなかった後悔。
そして、ヴァイルたちが遭遇したあの過去の出来事。
それらを知って、彼の中で燻っていた炎が確かな決意に変わったようだった。
「分かりました。俺たちで、なんとか手段を見つけてみます」
「ああ、頼んだよ」
「さて……女神様の居場所も分かって、次の行き先も決まったね!」
場の空気を切り替えるように、ルミナがパンと手を叩いて明るく声を上げる。
「じゃあ、みんな! あとは頑張ってね! 応援してるよー!」
「……え?」
嫌な予感が胸をよぎる。
「ルミナ、一緒に来ないのか?」
「やだなー、たー坊。もう忘れちゃったの?」
ルミナはいつも通りの軽い調子で、肩をすくめた。
「ボクはノクセイア調査のために、期間限定でヴァンガードに協力してただけなんだよ。たまたま少し時間が余ってたから、今回の件も手伝えたけど……ここまで。時間切れ。もう、リュキアに戻らなきゃ」
「そんな……嘘だろ……」
今の今まですっかり忘れていた。
確かにルミナはリュキアの社員だ。
それも、会長の孫娘というお嬢様。
これからも一緒にいるものだと、勝手に思い込んでいただけだった。
「……何とかならないのか? ヘルマン会長に頼んで……」
「うーん、さすがに厳しいかな。ボクもそのギアの活躍、最後まで見ていたかったんだけどさ」
そう言って、ルミナは少しだけ困ったように、けれど優しく笑った。
「ボクがいないと会社も困ると思うし」
確かにその通りだ。
ルミナほどの人材はそうそういない。
だからこそ、これから彼女の力を借りられなくなるのは大きな痛手だった。
「ギアのメンテナンスは、これからも引き続きやるからね! 転送でもいいけど、たまには直接持ってきてくれたら嬉しいなー」
「……ああ。もちろん。できるだけ会いに行くよ」
少し間を置いて、俺は彼女の目を見て言った。
「今まで、本当にありがとう。ルミナがいてくれてよかった」
「うんっ!」
ルミナは、湿っぽさを吹き飛ばすような、最高の笑顔でうなずいた。
「いい報告、待ってるよ!」
思いもよらない別れに、気持ちの整理はまだついていない。
それでも、今は――。
目の前のその屈託のない笑顔をしっかりと胸に刻んで、前に進むしかない。
俺たちは、北の果てを目指す。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
本話にて第五章は完結となります。
ここで今後の連載についてお知らせです。
プロットの整合性や展開の熱量をより一層高めてお届けするため、今後の更新を【毎週土曜日の朝】に変更させていただきます。
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次回、土曜日にお会いしましょう!




