6. 女神様
マリアの案内で、“聖女の間”と呼ばれる部屋の前までたどり着いた。
道中、マリアが「同席していい?」と聞いてきたので快諾。
エミリアは遠慮していたが、半ば強引に引っ張ってきた。
マリアが扉をノックする。
「お入りください」
中から、落ち着いた女性の声が返ってきた。
マリアに続いて、一人ずつ部屋に入っていく。
室内は薄暗く、両壁に並んだランプが淡く揺れていた。
幻想的な光が空間を照らしていて、まるで舞台装置のような雰囲気だ。
「ようこそいらっしゃいました」
中央には、気品と落ち着きをまとった大人の女性が立っていた。
「初めまして。第一聖女、ミレイユと申します」
「えっと……初めまして」
その神秘的な空気に、思わず声が小さくなる。
「あなた方がここへ来ることは、女神様のお告げで伺っていました」
……どうやら、完全に把握されてるらしい。
「女神様から、あなたがたにお伝えしたいことがございます――」
その瞬間、視界がふっと暗くなった。
空間が変わった。
背景は漆黒。
まるでアニメで見た“精神世界”の演出みたいな場所に、登場人物だけがぽつんと浮かんでいる。
……あ、これ知ってるやつだ。
初めての経験のはずなのに、意外と冷静でいられた。
「初めまして、秋月颯太さん」
どこからともなく、柔らかな女性の声が響く。
「あなたのことは、よく存じています。お調子者で、少し変態なところがあり、女好きで――」
……おいおい。
なんで初対面の女神様に、俺の人格を一刀両断されなきゃいけないんだ。
しかも全員の前で。
「何事にも前向きで、誠実で、優しい」
……一応、ちょっとは持ち上げてくれたらしい。
「登録はしておきました。これでもう、不審者扱いされることはないでしょう」
え、そんな簡単に済むの?
もっと大がかりな儀式とかあると思ってた。
「さて――あなたの一番の望みは、“元の世界に戻ること”ですね?」
「えと、はい……そうです」
すべて見透かされているような感覚。
この人、本物かもしれない。
「結論から申し上げますと、元の世界に戻ることは可能です」
――!!
一気に希望が湧き上がる。
「どうすれば帰れるんですか!?」
食い気味に尋ねた。
「わたしのところへ来てください」
「……あなたの“ところ”って、どこに?」
マリアに目を向けると、小さく首を横に振った。
「わかりません」
……は?
「申し訳ありませんが、わたし自身、今どこにいるのかわからないのです」
「まさか、どこかに閉じ込められてるとか?」
「違います。ただ、わたしは自分の意思では、そちらに行けません」
……つまり、場所もわからない女神を、自力で探せと。
無理ゲーすぎるだろ。
「せめて、何かヒントを……!」
「これ以上お伝えできることはありません。あなたが来てくれることを、お待ちしています」
……バッサリいかれた。
「それから、リゼさん――」
女神の声に、皆の視線がリゼへ向く。
「初めて来たはずのこの世界で、すでに登録されていたことを、不思議に思われたでしょう」
……めっちゃ気になってたやつ、それ。
「あなたとわたしは、過去に一度お会いしています。その時、登録いたしました」
え、会ってたの?
「ですが、今のあなたには、心当たりがないでしょう。けれど、いずれその意味がわかる時が来ます」
「それまで、今そばにいる人たちを信じてください。応援していますよ」
次の瞬間、視界がふっと切り替わり――
聖女の間に戻っていた。
「ふう……終わりましたね。手に汗かいちゃいました」
ミレイユさんが、緊張をほどくように微笑む。
女神との“会話”を終えた今、俺は次に何をすべきかを考えていた。
「女神様に会った人なんて、たぶん世界に誰もいないわよ。リゼ以外は」
マリアの言葉に、リゼへ目を向けると――
彼女は困惑したように眉をひそめていた。
……本当に、覚えてないんだな。
「あの……」
注目からリゼを庇うように、エミリアが口を開いた。
「女神様、もしかしたら“外”にいらっしゃるのかもしれません」
「外? あの、魔物だらけの?」
思わず聞き返す。
「はい。誰も会ったことがないのなら、人のいる街じゃない可能性もあるかと。それに、特定の街にいるなら、場所を教えられるはずですし」
「確かに……そうかもね」
マリアがうなずき、言葉を継ぐ。
「街のマナ調整も維持管理も、女神様が関わってる。でも、特定の街に偏ってたら不公平になる。どこか一つの街にいるって考えるのは不自然よ」
……外、か。
魔物がうようよしてるという、危険地帯。
できれば行きたくないけど、そこに女神がいる可能性があるなら、無視できない。
「“外”の情報なら、ヴァンガードが一番詳しいわ。“中央”の本部に行けば、何かわかるかもしれない」
「中央……?」
「中央都市バルグレイス。世界で一番発展してて、人も情報も集まってる街よ」
なるほど。ニューヨークとか東京みたいなもんか。
「……よし。まずは中央に行って、情報を集めてみよう」
「それがいいわ。転移ステーションから飛べるから。案内してあげる」
転移ステーション……ワープポイント的なやつ?
思ったより簡単に行けそうだな。
「よし、そうと決まれば――すぐ行こう!」
勢いづいた俺を、マリアが冷ややかに止めた。
「……あんた、ほんと脳足りんね。で? 旅の資金は? 路銀ゼロで行く気?」
「えっ」
「リゼ連れて野宿でもする? こんな可愛い子、外で寝てたら何されるかわかんないわよ」
……完全に忘れてた。
自分の詰めの甘さに、心底落ち込む。
「……お金、貸してあげる。何日分かだけ。その間に仕事、見つけなさい」
「マリア様〜〜っ!!」
感極まって抱きつこうとした瞬間――
「きっしょ……やっぱ貸さないわ」
即拒否された。
……うん、想定の範囲内だ。
一連のやり取りを、リゼは少し離れた場所から見ていた。
ふと目をやると――彼女の口元が、わずかに緩んでいた。
……よかった。
その笑みに、ちょっとだけ救われた気がした。