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59. 純白のワンピースとクレープ

「どう?」


 試着室のカーテンが開き、赤いワンピースをまとったマリアが現れた。


「いいんじゃないかな」

 

「さっきのと比べて、どっちがいい?」

「うーん……さっきの、かな」

 

「はあ、やっぱりしっくりこないわね。別のを探すわ」


 かれこれ30分ほど、試着しては戻し、また探して――を繰り返している。

 正直、女物の良しあしなんてさっぱりわからない。

 というか、マリアなら大抵何を着ても似合う。

 唯一、ボディラインを過剰に強調するようなデザインだけは絶望的だが、それさえ避ければ何でも二重丸だ。


「リゼは、何かいいのあった?」


 マリアが鏡越しに問いかける。

 けどリゼは服を探す素振りも見せず、ずっと俺とマリアのやり取りを眺めているだけだった。


「わからない。服、自分で選んだことないから」

「嘘でしょ!?」


 マリアが目を丸くする。

 もっとも、リゼの場合はかなり特殊な事情がありそうだけど。


「じゃあ、あんたが選んであげなさいよ。この子に似合いそうなの」


 いきなりの無茶ぶりだ。

 けど、散々「主体性がない」と突っ込まれたあとで、ここで逃げるわけにはいかなかった。


「よし、任せとけ。リゼにぴったりのやつ、選んでやるよ」


 自信のなさを押し殺し、胸を張って言う。


「言っとくけど、いやらしいのは却下よ」

「わかってるよ!」


 こいつの中で俺への評価はどうなってるんだ。そんなの選ぶわけないだろ。

 リゼだぞ。……セシルのならともかく。


 その瞬間、頭の中にセシルの姿が浮かんだ。

 車内でのやり取り。

 密室。

 近すぎる距離。

 伝わる呼吸音。

 彼女の唇の動き、メリハリのあるボディライン。


「……颯太?」


 リゼの不思議そうな声で、意識が現実に引き戻された。

 

「あっ、ゴメンゴメン。張り切って、どんなのが似合うか考えてた」


 まさか妄想でドキドキしていたなんて、口が裂けても言えない。


「どうせ、また変なことでも考えてたんでしょ」

「んなわけあるか!」


 ……マリアさん、正解。




「……どう?」


 試着室のカーテンが開き、ふわりとしたニットに包まれたリゼが顔を出した。


「うん。思った通りだ。すごく似合ってるよ」

「でも、手が変」


 彼女の手は大きめの袖の中にすっぽりと隠れ、指先だけがちょこんと覗いている。

 それを、ぶらぶらと揺らしていた。


「それがいいんだよ。いわゆる“萌え袖”ってやつ。かわいすぎて、思わず守ってあげたくなる」

「萌え袖……。そう。颯太がいいって言うなら……ありがとう」


 リゼはそのまま立ち、袖をぱたぱたと動かしている。

 どうやら、まんざらでもないらしい。


「じゃあ、次は私のも選んでよ」


 マリアが、当然の流れだと言わんばかりに言った。


「えっ」

「何よ。嫌なの?」


「い、いや。まさか。任せてくれ」

「楽しみにしてるから」


 ……試されている気がする。

 何が正解だ?

 過去のこともあるし、露出は控えめがいい。

 さっきもワンピースを見ていたし。


 必死に考える。

 マリアのイメージ……。

 しっかりしていて、頼りになって。

 口は悪いし厳しいけど、根は優しい……。


 色んな要素が浮かんでは消える。

 俺は店内を行き来しながら、ラックを眺め続けた。


 そのとき――ふと、一着の服が目に留まった。


 ……これだ。


「マリア」


 選んだ服を手に取り、彼女の前へ差し出す。


「ずいぶん悩んだじゃない。どれ……って、なにこれ!? まさか、これを私に!?」


 露骨に顔をしかめ、服と俺を見比べてくる。


「ああ。きっと似合うと思う。着てみてくれないか」

「いや、私のイメージじゃないし……ちょっと、これは……」


「いいから、いいから」


 半ば押し付けるように、その服をマリアの手に渡した。


「絶対、似合わないから」


 そう言い残し、マリアは渋々と試着室へ入り、カーテンを閉めた。


 ――数分後。


 シャッ、と音を立ててカーテンが開く。


 そこに現れたのは、純白のワンピースに身を包んだ、息を呑むほどの美少女だった。

 ふわりと広がる丈の長いスカートが、気品と可憐さを同時に引き立てている。

 普段の黒っぽい服とは対照的な、眩しいほどの白。


 ……うん。

 やっぱり、大正解だ。


「……やっぱ、私には合わないわ」


 マリアはそう言いながら、どこか落ち着かない様子で視線をそらす。

 指先がスカートの裾をきゅっとつまんでいた。


「いや、そんなことない。めちゃくちゃ似合ってる。一瞬、本物の天使かと思った」

「……ばかにしてんの?」


 拗ねたように言うが、耳がほんのり赤い。


「してない。完全に本気」


 そう言うと、マリアはますます顔を伏せた。

 

 冗談めかした言い方になったのは照れ隠しだ。

 本音だからこそ、真正面からは言えなかった。


「マリアって、濃い色の服が多いだろ。でもさ、こういうのも絶対似合うって、前から思ってたんだよな」

「……キャラじゃないわ」


 ぶっきらぼうな返事とは裏腹に、視線は下を向いたままだ。


「そんなことないって。なあ?」

「うん。マリア、すごくかわいい」


 リゼの素直すぎる一言に、マリアの肩がびくりと揺れた。


「ほら。リゼだって、そう言ってる」

「……」


 マリアは何も言わず、ただ俯いたまま。

 けれど、その指先が小刻みに震えているのが分かった。

 普段あれだけ勝ち気なのに、ここまで照れているのは珍しい。

 正直、すごく新鮮で、可愛い。


「……ごめん。似合ってるとは思うけど、趣味じゃなかったかな。別のを――」

「……いい」


「ん?」

「これでいいって言ってるの」


「本当にいいのか? なんかめちゃくちゃ恥ずかしそうだけど」

「だから、いいって言ってるでしょ!」


 マリアは顔を上げず、少し強めの口調で言い切った。


「あんたが選んだんだから……責任、取りなさいよ」


 

 無事にふたり分の服を買い終え、そのまま街をぶらぶらと歩いていた。


 ふと顔を上げると、どこか見覚えのある景色が目に入る。

 ――ああ、ここか。


 以前、マリアとデート(?)したときに来た場所だ。

 少し先には、相変わらず行列の絶えないクレープ屋が見える。


 あの時は邪魔が入って結局買えなかったんだよな。

 どんな味だったんだろう。


 ……よし、今度こそリベンジだ。


「なあ、クレープ食べないか? 実はあの時、食べ損ねてさ。ずっと気になってたんだよな」

「いいわね。ちょうど小腹もすいてきたところだし」


 マリアは頷いたあと、ちらりとこちらを見る。


「それにしても……あんた、意外と覚えてるのね」

「“意外と”ってなんだよ。俺、こう見えて記憶力には自信あるぞ」

「ふーん。約束は忘れるのに、こういう食べ物のことは覚えてるんだ」

「うぐ……」


 相変わらず、隙あらば刺してくる。

 さっきのしおらしさはどこへ行ったんだ。


「あ、リゼには言ってなかったよな。前に免許試験の勉強の合間に、マリアと来たんだ。色々あって、結局食べられなかったんだけど」

 

「……ずるい」


 そう言うと、リゼは頬をぷくっと膨らませた。


 初めて会った頃と比べて、時折こうして年相応の女の子らしい表情を見せるようになった気がする。

 少しずつ、心がほどけてきているのだろうか。


「ごめんごめん。あの時はリゼ、出かけてたからさ。それに結局、食べられなかったわけだし。……そうだ、セシルとルミナの分も買って帰ろう」

「……うん」


 小さく頷くリゼに、ほっとする。


 3人で列に並ぶ。

 ふたりきりだった以前と違って、今は緊張感がない。

 休日だからか、列は前回よりもさらに長く、なかなか順番が回ってきそうになかった。


「……マリア」


 背後から声がする。

 振り返ると、そこにいたのは数人の少女だった。

 以前、ここで並んでいたときにマリアの悪口を言ってきた連中だ。


 けど今の彼女たちはどこか気まずそうで、申し訳なさそうな表情をしている。

 おそらく、カリナの記憶操作の影響が消えたんだろう。


 マリアは一瞬、戸惑ったように視線を揺らした。


 俺は一歩前に出て軽く声をかける。


「行ってこいよ。俺とリゼで並んどくからさ」

「で、でも……」


「いいから。ほら」


 彼女たちからあの時のような悪意は感じない。

 だったら、背中を押してやるのが今の俺の役目だ。


「あ、マリア。何味にするんだ? これはちゃんと聞いておかないとな」

「……ストロベリーチョコ」


「オッケー」


 マリアは小さく息を吐いてから、少女たちのもとへ向かった。

 その後ろ姿を、俺とリゼは並んで見送る。


 しばらく列に並び続ける。

 最初はぎこちない様子だったマリアも、やがて会話が弾みはじめ、気づけば柔らかな笑顔を浮かべていた。

 過去のわだかまりが、少しずつ溶けていくのが見えるようだ。


「……そろそろ、俺たちの番だな。リゼは何にするんだ?」

「まだ迷ってる。でも……甘いのがいいかも」

「奇遇だな。俺も、とびきり甘いのが欲しい気分」


 列の先から漂ってくる甘い香りに、胸の奥まで少しだけ温かくなるのを感じた。

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