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58. バッティングセンター

 翌朝。

 リビングにはまだセシルの姿はなかった。

 昨夜の帰りが遅かったこともあり、まだぐっすり眠っているのだろう。

 戦闘だけでなく事務仕事も山積みだと言っていた。

 今回の騒動の尻拭いも含まれていると思うと、本当に頭が上がらない。


 ルミナは注文していたマギアパーツの受け取りとかで早々に外出していた。

 となれば自然と、マリアとふたりで出かける流れになる。


 鏡の前で服を確認する。

 

 ――やっぱりこれだよな。


 中央に来た時、マリアに選んで買ってもらったネイビーのジャケット。

 思えば、マリアとふたりきりで出かけるのはあの日以来だ。


 玄関に向かうと、マリアはもう準備万端で待っていた。

 腕を組み、指先で自分の二の腕をトントンと叩いている。

 完全に “待たされた側のやつ” だ。


「ごめん。待たせた」

「遅い」


 短い言葉だけど、口調はいつもより少しだけ柔らかかった。



 並んで歩きながら目的地へ向かう。

 行き先は告げられておらず、ただついていくしかない。

 どこへ行くんだろう。おしゃれなカフェか、それとも映画か。

 

 期待を膨らませて着いた先は――聖堂だった。


「……聖堂? なんでここ?」


 まさか、まだ何か問題が残ってるとか?

 

「マリア、颯太」


 背後から聞き慣れた声。

 振り返ると、私服姿のリゼがちょこんと立っていた。


「リゼ?」

「今日はマリアに誘ってもらった。颯太が“おもてなし”してくれるって」


 ……聞いてないんだが。

 思わずマリアを見る。


「文句ある? リゼだって、あんたのせいで危ない目に遭ったんだから。今日はつきあってもらうわよ」


 完全にふたりきりのデートだと思っていたぶん、少しだけ肩透かしを食らった気分だ。

 でも、リゼと出かけるのも久しぶりだし、それはそれで悪くない。


「わかったよ。で、改めて。3人でどこ行くんだ?」

「そうね――」



 着いたのは、まさかのバッティングセンターだった。


 ……未来にもあるのかよ。

 野球とかプロスポーツみたいなの、まだ残ってるのかな。あとで聞いてみるか。


「ここ最近、体動かしてなかったし。ストレスも溜まってたしね。――誰かさんのせいで」


 ところどころ刺してくるのは相変わらずだ。

 まあ、こうして普通に口をきいてもらえてるだけマシだと思っておこう。


 それにしても――。


 カキィン!

 快音が響く。

 

 マリアがバットを構える。

 きれいなフォーム。

 無駄のないスイング。

 鋭い打球が、何本も気持ちよく飛んでいく。


 ……ほんと、何でもできる人だな、この人。

 運動神経までいいとか、神様は二物を与えすぎだろ。

 

「ほら、あんたもやってみなさい」


 マリアと交代し、打席へ入る。

 バットを握る感触。

 何年ぶりだろう。


 目の前には、空中にスコアや設定がホログラムで表示されていた。

 ……このあたりは、やっぱり未来って感じだ。


 球種はストレートのみ。

 球速は時速130キロ。


 シュッ、とマシンからボールが放たれる。

 来た球をしっかり引きつけて、腰を回して打ち返す。


 カキィン!

 

 芯を捉えた感触が手に残る。

 感覚はまだ鈍っていない。

 中学の頃、バッセンにハマって通い詰めた経験は伊達じゃない。

 このくらいのスピードなら十分対応できる。


 女子の前でいいところを見せるチャンス。

 まさか未来(こんなところ)で役に立つとは思わなかったけど。


 30球ほど打ち終わり、終了のホログラムが点灯する。


「へえ、やるじゃない」


 マリアが少しだけ感心したように言った。

 よし、心の中でガッツポーズ。

 調子に乗っているのを悟られないよう、涼しい顔をしておく。


「んじゃ、次はリゼの番かな」


 バットを差し出すと、リゼはきょとんとした顔で受け取った。


「どうした?」

「……やったことない」


 なるほど。

 生まれも育ちも特殊だし、こういう庶民的な娯楽は未経験でも不思議じゃない。


「簡単だよ。飛んできたボールを、そのバットで打ち返すだけ。初めてなら、遅めの設定でやってみれば?」

「……わかった。やってみる」


 マリアが操作パネルをタップする。

 ホログラムに“80km/h”の文字。


 これなら、さすがに一球も当たらないなんてことは――


 

 あった。

 

 まさかの全球空振り。


「颯太、これ……難しい。ふたりともすごい」


 リゼは肩で息をしている。

 どうやら本気で振っていたらしい。

 ここまでの壊滅的な運動音痴、久しぶりに見た。


 この子が泣く子も黙るS級で、ノクセイアをほぼひとりで滅ぼした化け物を倒した、なんて誰が想像できるだろうか。


「まあ、初めてだしな。気にすんな」

「ありがとう。でも……楽しかった」


 リゼが少し照れたように笑う。

 その顔が見られただけで、ここに来た甲斐があった。

 

「じゃあ今度はふたりで来よっか。私がみっちり教えてあげる。すぐに、そこのポンコツより打てるようになるから」

「マリア、ありがとう。……うん、お願い」


「おい待て、それだと俺よりマリアのほうが上ってことになるよな? 聞き捨てならないぞ」

「事実を言ったまでよ。何なら、ここで白黒つけてもいいけど?」

「望むところだ」


 これはチャンスかもしれない。

 いつも偉そうにしてるけど、どっちが上かはっきりさせてやる。


「プロモードの得点が高い方が勝ち。10球で、ヒット性の塁打数がそのままスコアになるわ」

「わかった」


 女子相手にムキになってる自覚はある。

 でもこれは勝負だ。

 プライドをかけて負けられない。


 そして――。


「……嘘、だろ」


 表示スコアは、


 ソウタ:1点

 マリア:4点


 ホログラムの数字を前に、俺は完全にうなだれた。


 なんだよプロモードって!

 150キロ超えの豪速球に、消える魔球みたいな変化球。

 本物のプロでも簡単には打てないんじゃないか、これ。

 ていうか……まさか女の子(マリア)に負けるとは。


「あら、あれだけ粋がってた割に、その程度なのね」


 マリアが勝ち誇った笑みを浮かべている。

 さすが未来だ。

 プロの基準そのものが、俺の知っている世界とはまるで違うらしい。


「結構、自信あったんだけどな。俺の時代とはレベルが違ったよ」

「昔、セシルとよく遊んだからね。あの子には、まったく敵わなかったけど」


「へえ……セシルって、そんなにすごいのか」

「すごいわよ。ほら、あれを見て」


 マリアが指さした先に、巨大なランキングボードがあった。

 ホログラムに浮かぶスコアは、どれも二桁。

 俺の1点が余計に惨めに思えてくる。


「キッズ部門の1位。セシルよ」


 表示されている名前を追って、思わず声が漏れた。


「……“しっこくのいもうと”? 22点って、化け物かよ。っていうか、その下の“漆黒の刃”って……」

「ヴァイル兄さんね」


 21点。

 1点差で妹に負けた、ということか。

 兄としてのプライドは相当ズタズタだっただろう。


 規格外の妹を持つ兄。

 同じ兄の立場として、少しだけ同情してしまう。


「あのあと兄さん、通い詰めてたけどね。結局、追い越せないままキッズの年齢を卒業しちゃったのよ」


 中二病全開のネームを名乗りながら、妹に勝つため必死に練習するヴァイル。

 ……なかなか味わい深いエピソードを聞かせてもらった。


「さ、体も動かしたしお腹すいたわ。お昼にしましょ。負けたんだから、あんたの奢りね」

「えっ!? 聞いてないんですけど……」


 有無を言わさぬ調子で切り上げ、俺たちはバッティングセンターを後にした。



 そのまま近くのレストランに入り、3人でテーブルを囲む。

 料理を待ちながら、初めて未来に来たあの日のことを思い出していた。

 あの時は右も左もわからず、マリアに奢ってもらったっけ。


「ごちそうさま。ようやく出世払い、できたじゃない」

「そうだな。でも、あの時よりだいぶ高いの頼んでなかったか?」

「利息分よ。文句ある?」


 言いたいことは色々あったけど、最近の騒動のお詫びだと思えば安いものだ。

 俺は何も言わず、素直に支払いを済ませた。


「で、これからどうするんだ?」

「……あんた、本当に主体性ないわね。女の子ふたり連れてるんだから、もう少しリードしようとか思わないの?」

「うぐ……」


 図星すぎて、反論が出てこなかった。

 自分でも薄々感じていた弱点を的確に突かれる。


「でもさ、俺、未来のことほとんど知らないし……下手に連れ回して失敗するのも嫌だし」

「はあ……。まあいいわ。最初から期待してないし、ちゃんと考えてあるから」


 完全にお任せコースだ。

 女の子にデートプランを丸投げする男。

 我ながら本当に情けない。


「服を買いに行きましょ」

「服?」

「そう。あんたが選ぶの。リゼと――私のぶん」


「え、選ぶって……俺が?」


 マリアが不敵に笑う。

 その目は、「逃がさない」と言っていた。

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