5. 夢と現実
……あの夢は、なんだったんだろう。
夢にしては妙に鮮明で、目が覚めた今でも胸の奥に残っている。
部屋の扉を叩く音が聴こえていた。
ぼんやりしている間に、どんどん激しくなるノックの音。
扉越しでもわかるくらい、叩いている相手の苛立ちが伝わってくる。
渋々体を起こし、扉を開けた。
「いつまで寝てんのよ」
やっぱりマリアだった。
「え、ちょっと臭……。あんた、お風呂入ってないでしょ?」
……そうだった。帰ってそのまま寝たんだ。
「……おはよう」
マリアの後ろから、リゼがそっと顔をのぞかせる。
……え、誰?
一瞬、本気でそう思った。
昨日までボサボサだった髪は丁寧に整えられ、服も年相応の可愛らしいものに変わっていた。
たしかに素材はいいと思ってたけど……まさかここまでとは。
「いい感じでしょ」
マリアが腕を組んで、ニヤニヤと笑う。
完全に俺の反応を楽しんでやがる。
「颯太、どう……かな?」
「えっと……すごく似合ってる……」
直視できずに顔をそらす。
……俺、今完全に思春期の中坊じゃん。恥ずかし。
マリアはしてやったりの顔で、じっとこっちを見ていた。
そのあとエミリアとも合流して、4人で朝食をとることになった。
従業員用の食堂だけど、俺とリゼも使わせてもらえるよう、マリアが話を通してくれたらしい。
口は悪いけど、なんだかんだ面倒見はいい。
やっぱり聖女なんだな。
「昨日の狼、あれってよくあることなの?」
安全な世界だと思ってたけど、そうでもないのかもしれない。
確認しておきたかった。
「滅多にないわ」
マリアの答えに、少しだけホッとする。
「魔物はね、普通は“外”にしかいないの」
「外? 街の外ってこと?」
「そう。街にはまず入って来られないようになってるわ。でも、ごく稀に昨日みたいなことがあるの」
「どうやって防いでるんだ? 結界か何か?」
「空間圧縮。街そのもののサイズをものすごく小さくしてるの。砂粒くらいにね。広大な荒野の中から、特定の砂粒ひとつを見つけろって言われたら、無理でしょ?」
……なるほど。
地球にデカい隕石が当たる確率と同じ理屈か。
ていうか、文明ヤバくね? 中世どころか、SFじゃん。
「でもまあ、数年に一度くらいはあるのよ。そういうときは、昨日みたいにお巡りさんが対処するの。魔物の種類によっては手に負えないから、そのときはヴァンガードが出るわ」
「ヴァンガード?」
「“外”の調査と魔物退治の専門家。転移障害で“外”に飛ばされた人の救出なんかもするわ」
……ヴァンガード。名前からして絶対モテる。
「颯太さん、向いてるかもしれませんね」
エミリアが微笑みながら言った。
「昨日のオーバークロック、本当に驚きました。戦闘ギアならもっとすごいことに……」
まじか。
これ、もしかして俺って才能ある? モテ期、来ちゃう?
「モテるとか思ってるでしょ。無いから。」
ぐはっ。
考えが顔に出てたのか、マリアから容赦なくツッコまれる。
「街で平和に生きるなら戦闘の才能なんて無意味。はっきり言って、モテ要素になんかならないから」
……ガーン。
「そういえば――」
気を取り直して、気になっていたことを聞いてみた。
「人に特定の夢を見せるマギアってある?」
昨夜の夢がどうしても引っかかっている。
もしかしたら、誰かが意図的に見せてきたんじゃ……?
「聞いたことはないけど、作ろうと思えばできるかも」
「見たい夢があるんですか? 安眠用のギアならありますよ」
二人の返答に、なるほどと思いつつも、性格の差を感じた。
姉妹だけど、やっぱり全然タイプが違うな。
「いや、ちょっとリアルすぎる夢を見てさ。その中に、レオンって少年が出てきたんだ。あと、顔ははっきり見えなかったけど、たぶんリゼも」
リゼに確かめるのが早いと思って、名前を出してみた。
「レオン……?」
リゼの肩が小刻みに震え、呼吸が乱れた。
明らかに普通じゃない反応。
聞くべきじゃなかった――そう悟った。
マリアがすぐに立ち上がり、リゼを支えて部屋の外へ連れて行く。
咄嗟の判断と行動。さすがだった。
俺はエミリアと二人、取り残される。
「やっぱりお姉様はすごいです。リゼさんの変化に誰よりも早く気づいて、迷わず動いて……。私、いつもかなわないなって思ってしまいます」
たしかに、マリアは観察眼も行動力もある。
そして面倒見もいい。……まあ、口は悪いけど。
「私はお姉様の背中ばかり見て、追いかけて。でも、追いつけないんです。きっと、邪魔だって思われてるんじゃないかなって……」
そんなこと、ないって言いたい。
けど、言葉を選ぶべきだと思った。
安易に否定するのは違う気がした。
しばらく沈黙が流れる。
なにか気の利いたことを……と考えていたら、先にエミリアが話題を変えてくれた。
「そういえば、今朝のリゼさん、びっくりしませんでした?」
「ああ……うん、すごく似合ってた。めちゃくちゃ可愛かったよ」
エミリアは嬉しそうに微笑んだ。
「よかった。あの服、私のお気に入りだったんです。でも、最近入らなくなっちゃって……」
視線が自然と、エミリアの胸元へ。
……ああ、なるほど。妙に納得してしまった。
「いやらしい目で見るの、やめてくださいね?」
あっさり釘を刺された。
……うん、前言撤回。やっぱ姉妹だわ。
そこへ、マリアとリゼが戻ってきた。
リゼは、だいぶ落ち着いた様子だった。
……よかった。大丈夫そうだ。
「さっきはごめん。嫌なこと、思い出させたみたいで」
軽率だったことを詫びると、リゼは静かに首を横に振った。
「大丈夫。颯太のせいじゃない」
その一言だけで、彼女の気遣いが伝わってくる。
リゼが自分から話してくれるまでは、レオンの話題は避けよう。
「面会の時間よ。案内するから、ついてきて」
マリアの声が空気を切り替えるように響いた。
――いよいよ、女神様(の代弁者)とのご対面ってわけか。
ちょっと、緊張してきた。