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47. 渡せないキーホルダー

「あっ、もうこんな時間」


 彼女に誘われるまま、俺たちはカフェで話し込んでいた。

 思いのほか会話が弾み、気づけば窓の外は夕焼けに染まっている。


「俺はまだいけるけど」

「門限があるんですよ~。うちの寮、特に厳しくて」

 

「そうか……残念だな。もっと話したかったのに」

「私もです……。でも、ほんっとに厳しいんです。ごめんなさい!」


「謝ることないさ。今日はすごく楽しかった。こんなに心が弾んだの、久しぶりだ」

「嬉しいです! じゃあ、また明日ですねっ」


「ああ、また……って、明日!?」

「来てくれないんですか?」


 つぶらな瞳で見つめられる。

 これは反則だ。

 断れる男がいるなら見てみたい。


「……もちろん行くよ」

「わーい! じゃあ明日は、聖堂近くの靴屋さんのベンチで待ってますね。聖堂の中だと、みんなに見られると恥ずかしいですし」


 彼女と別れ、帰路につく。

 足取りは軽く、スキップでも始めてしまいそうな気分だった。


 彼女の名はルーティ。

 この街の聖堂には、けっこう前から在籍しているらしい。

 俺の容姿も褒めてくれたし、聞き上手で、とにかく一緒にいて楽しい。

 何より、一挙手一投足がいちいち可愛らしい。


 ヤバい……惚れてしまいそうだ。

 未来の世界で恋愛ってのも、悪くないかもしれない。




「おかえり。ずいぶん遅かったじゃない」

「ただいま。ちょっと、いろいろ寄り道しててさ」


 結局、俺が一番最後の帰宅になってしまった。


「おっ、おかえりー! リゼっちどうだった? 元気にしてた?」

「ああ。立派に相談係してたよ。超長い列を作ってた」


「へえ~。ボクも相談したいなぁ」

「俺で良かったら相談に乗るよ」


「ホント!? じゃあ今、索敵から自動迎撃の術式を構築してるんだけど、感度設定の閾値計算が難しくって……」


「ごめん、やっぱ今のなし」

「え~っ!」


 悪いけど、そっちの相談は俺の手に負えない。


「あっ……」


 ルミナの背後を通りかかったセシルと目が合う。


「セシル、ただいま」

「お、おかえりなさい……」


 小さく一言だけ告げて、セシルは逃げるように奥へと消えていった。

 昨日の夜から、なんだかよそよそしい。


「ふたりきりなのをいいことに、昨日セシルに何かしたんじゃないの?」


 マリアが背後から探るように問いかけてくる。


「いや、頼まれて手合わせをしただけなんだけど。しかも俺、すぐのされちゃって、あんまり覚えてないんだ」

「ふーん。ところで……」


 マリアの目が細まる。


「あんた、帰ってきたときえらく上機嫌だったわね。何かいいことでもあったの?」


 ――ギクッ。


「い、いや……いつもと変わらないって。あ……久しぶりにリゼに会えたから、それが嬉しかったのかも」

「……怪しいわね」


 腕を組み、じっと疑いの目を向けてくる。

 相変わらず鋭い観察眼だ。

 こいつと結婚したら、隠し事なんて絶対できない気がする。


「ほ、ほんとに何でもないんだ……信じてくれ」

「まあいいわ。暇だからって、羽目を外しすぎないようにね」

「ああ、肝に銘じておくよ……」


 別に俺だって、好きで暇してるわけじゃない。

 それに、空いた時間で何をしようが自由のはずだ。

 そう思うのに、どうしてだか後ろめたい気分になっていた。




「おいしーっ! やっぱりここのパフェ最高ですっ!」


 翌日もルーティとデート(?)に来ていた。

 目の前で無邪気にパフェをほおばる姿を見ていると、自然と顔がほころぶ。


「ほら、ソウタさんも食べましょ! はい、あーんして……」

「あーん……って、ちょ、ちょっと待て!」


 流されそうになったけど、冷静に考えてまずくないか!?

 これ、完全にカップルの図じゃないか。

 いや、俺はフリーだから問題ない……のか? どっちだ!?


「ソウタさんったら照れちゃって、可愛いですね」

「からかわないでくれよ」

「嫌……ですか?」


 スプーンを持ったまま、しょんぼりと見つめられる。

 その表情に胸がぎゅっと締めつけられた。


「い、嫌じゃない! むしろご褒美……だけど、まだ早いというか、その……」

「わっかりました! からかってごめんなさいです」


 ルーティはぱっと笑顔を取り戻す。


「でも、ソウタさんが女性を大切にする人だってよく分かりました。ソウタさんの彼女さんはきっと、幸せ者だなあ」

「いや、残念ながら、いないんだよな。彼女」

「えっ!? じゃあ、フリーってことですよねっ! 立候補しちゃおうかな~」


 上目づかいに見つめられ、胸がドキドキとうるさく鳴る。


 ――これ、もう行っちゃっていいんじゃないか?


 ……だめだ。

 俺は元の時代に帰るんだ。

 一時の感情で、彼女を巻き込むわけにはいかない。


「めっちゃ嬉しいけど……実は俺、じきにすごく遠くへ行かなきゃならないんだ」

「えっ?」


「だから、ごめん……」

「……?」


 ルーティは意味が分からないとでもいうように、小首をかしげる。


「遠くって……転移すれば、どこの街でもすぐ会えますよ?」


 しまった。

 未来(ここ)じゃ、距離の概念そのものが違いすぎるんだった。


「あ、いや、その……それは……」

「ふふっ、冗談ですよー。まだ知り合って2日ですもんね」


「そうそう、お互いのことをもっと知らないとな」

「じゃあ――」


 ルーティはおもむろにポケットから通信端末(リンリンくん)を取り出した。


「連絡先、交換しましょう」


 断る理由は無い。

 俺もポケットから端末を取り出した。


「私がスキャンしますね」


 ルーティが端末をかざそうとし、ふと動きを止める。


「あれっ? それって……“ゴロりん”じゃないですか」

「ゴロりん?」

「ほら、ソウタさんの端末についてるやつ」


 指さされたのは、端末にぶら下げていたへんてこなキャラクター。

 マリアと一緒に買い物したとき、ついでにもらったものだ。


「これ、ゴロりんっていうのか」

「いいなあ。でもそれ、カップル割のやつですよね? ……もしかしてソウタさん、彼女いるんじゃないですか?」


「いやいや! これは友達と、安くなるからってだけで……!」

「……ほんとに?」

「ほんとだって!」


「じゃあ――」


 ルーティの目がきらりと光る。


「それ、くれますか?」

「えっ」


 一瞬、言葉に詰まった。


 ――『お揃いね』


 マリアの声と顔がよみがえる。


「いや、それは……ちょっと」

「えー、欲しいなー。友達とだったら別にいいじゃないですかー。くれないと、信じてあげませんよ?」


 ぐいっと迫る笑顔。

 無邪気なのか、試されているのか――判断がつかない。


「ほんとなんだ。けど、俺も気に入ってて……」

「むー、しょうがないですね」


 頬をぷくっと膨らませ、残念そうに視線を落とす。

 よかった、どうやら諦めてくれたみたいだ。


「その代わり、明日も会ってください。そしたら信じます」

「俺はもちろんいいけど、そんなに毎日大丈夫? 仕事もあるんじゃ……」


「大丈夫ですっ! 仕事は“頑張らない主義”なので」

「頑張らない主義?」


「はい。だって、周りがすごい人ばかりですから。どれだけ頑張っても一番にはなれないんです。だから、ほどほどでいいんです」

「そうなんだ。まあ、人生、仕事だけがすべてじゃないしな」


「ですよねっ! ということで、明日もよろしくです。明日はお買い物に行きたいな~」

「買い物か。いいね、俺も楽しみにしてるよ」


 その後、「ちょっと予定があるんです」と言ってルーティは席を立った。

 別れ際まで笑顔で手を振る姿が、夕陽の中でやけに眩しかった。


 ……今日も可愛かったな。

 キーホルダー、少し残念そうだったけど……あげたほうがよかったのか。

 でも、なんとなく、あれだけは渡しちゃいけない気がした。

お読みいただきありがとうございます!

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