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40. 女神の沈黙

「なんだ……ヴァンガードの余興か?」


 ざわつく人々。


 その頭上、夜空に浮かぶのはスーツ姿の壮年の男。

 オールバックに撫でつけられた髪、下界を射抜くような鋭い眼光。

 一目でわかる。

 まともな人間じゃない。


『……ルト』


 隣で、リゼが何かに気づいたように小さく呟いた。


 男が、手を払うような仕草をする。

 直後、街のあちこちで爆発が弾けた。

 建物が砕け、逃げ惑う人ごと炎に呑み込まれる。


 悲鳴。怒号。混乱。


「おい! なんでマギアが発動しねえんだ!?」

「転移ステーションへ急げ! 他の街へ!」


 人の波が、パニックに任せて暴走を始める。


「僕たちも行こう。エリオたちだけでも、避難させるんだ」


 カイムの声に、フィオナたちも人混みに押されるように駆け出した。



 

 場面が切り替わる。


 襲撃者の前に、2人のヴァンガードが立ちはだかる。

 先ほどまでカイムと肩を並べていた仲間たちだ。


「貴様……何者だ!? こんな日に、ふざけやがって!」

「ほう、戦士か。どれほどのものか、見せてもらおう」


 襲撃者は腕をだらりと下ろし、無防備に立つ。

 ――隙だらけ。挑発だ。


「さあ、好きに来い」

「あれだけの被害を出して……容赦できるか! 覚悟しろ!」


 剣を構えた男が飛び掛かる。

 刃は光を纏い、一直線に首筋を狙った。


 だが――


「なっ……!?」


 刃は、首に触れる寸前で、時が止まったかのように静止した。

 どれだけ力を込めても、1ミリたりとも進まない。


「もう終わりか?」


 襲撃者が軽く手をかざす。

 次の瞬間、男の体は内側から吸い寄せられるように、ありえない形に潰れていく。


 バキバキッ……ボキボキッ……!


 骨が砕け、肉が裂ける音が夜に響く。

 数秒後、そこに人の形はなく、ただ血と肉の塊だけが残されていた。

 

「なっ……! お、お前……!」


 隣の男が震える声を漏らす。

 その直後――。


 パンッ。


 乾いた音とともに、男の体は見えない何かに圧し潰されるようにして崩れ落ちた。


「もう少し楽しませてくれると思ったが……期待外れだな」


 血だまりを見下ろすその声は、退屈そうで――それでいて、底知れぬ狂気を孕んでいた。




 場面が再び切り替わる。


「機能停止だって!?」

「女神様は……聖堂は何をしているんだ!」


 転移ステーションは既に人で溢れかえり、怒号と悲鳴が飛び交っていた。

 耳に入る言葉から、この街から脱出する術は絶たれているらしい。


「マギアが使えず、転移も不可能……本当に、女神様に何かあったのかもしれない」


 混乱の中でも、カイムだけは冷静に行動を考えているようだった。


「聖堂……まさか、イリス様にも何か……!」

「聖堂へ向かおう。フィオナ、君の力が必要になるかもしれない。一緒に来てくれるね?」

「もちろんですわ! でも……リリたちは……?」

「ここで待ってもらおう。聖堂の周辺は危険だ。それにもし復旧したら、すぐ逃げられるかもしれない」


「えーっ! 俺も行く!」

「リリも……離れたくない」


「リリ、これを」


 カイムは赤い石のついたペンダントを首にかけてやる。

 ――見覚えがあるペンダントだ。


「魔よけのギア。気休めかもしれないけど……僕の代わりに守ってくれるはずだ。それから――」

「エリオ、リリを頼んだよ」


 カイムは弟の頭を優しく撫でた。


 その瞬間、周囲に悲鳴が広がる。


「魔物だ! 魔物が出たぞ!」


 黒い影が地面を這いずり出てくる。

 無数の脚をうねらせるその姿は、巨大なムカデのようだった。

 群衆に襲いかかり、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がる。


「数が多すぎる……! 前言撤回だ。エリオ、リリ、一緒に来るんだ!」


 カイムとフィオナはそれぞれエリオとリリの手を取り、混乱の渦中へと駆け出した。




 街のあちこちで爆発が起こり、火の手が上がる。

 気がつけばムカデ型の魔物は全域に広がり、人々を無差別に襲っていた。


 カイムは迫る魔物を氷で貫き、凍らせ、砕き排除していく。

 爆発の直前に走る、ごく僅かな空間の揺らぎ。

 カイムもそれに気づいているのか、間一髪で回避しながら進んでいた。


「もう少しで聖堂ですわ。イリス様……どうかご無事で」


 フィオナが祈るように呟いた、その時。


「……助けて……」


 か細い声が耳に届く。

 瓦礫の下敷きになり、身動きできなくなった少女が必死にもがいていた。


「大丈夫! 今助ける!」


 エリオが駆け寄り、必死に瓦礫をどかそうとする。

 その様子に気づいたカイムが、戦いながら声を張り上げた。


「エリオ! 駄目だ、そこは――!」


 ぐにゃり、と空間が歪む。

 次の瞬間、轟音と共に、空間そのものが弾け飛んだ。



「エリオ……エリオ……! ごめん、ごめんよ……僕が、もっと早く気づいていれば……!」


 カイムは血に濡れた弟を抱きしめ、声を震わせる。

 助けを求めていた少女も、すでに動かなくなっていた。


「エリオ……死んじゃったの? そんなの、いや……」


 リリの頬を大粒の涙が伝い落ちる。

 その手をフィオナがぎゅっと握りしめ、震える声で言った。


「……絶対に、許せませんわ」




 幾度も危機を振り切りながら進み、3人はついに聖堂へと辿り着いた。


「イリス様!」


 フィオナが駆け寄り、扉を勢いよく押し開ける。

 カイムとリリも後に続いた。


 照明は落ちていたが、天井は消滅しており、月明かりが室内を冷たく照らし出していた。


 奥へと進んだフィオナの足が、ふいに止まる。

 その視線の先――蠢く黒い影。


 正直、この先を見たくない――そう思った。


 裾をぎゅっと掴まれ、心臓が跳ね上がる。

 振り返れば、マリアが怯えながらも目を逸らすまいとしていた。


 黒い影は何かに群がり、むさぼっている。

 その形――()()は、確かに人だった。


「いやあああぁぁっ!!」


 フィオナの絶叫と同時に、カイムが飛び出す。

 魔物たちが氷漬けになり、粉々に砕け散った。


 そこに残されていたのは――無惨に喰い荒らされた、師の亡骸。


「イリス様! イリス様! イリスさまぁぁ!!」

「どうして! どうして! どうしてぇぇっ!!」


 血に濡れた躯にすがりつき、嗚咽するフィオナ。


「女神様……どうして助けてくださらないんですか……どうして……」

「お願いです……助けて……助けて……助けてぇ……」


 その時、カイムが、虚空に手をかざした。

 彼の前に、黒い穴がゆらりと開く。


 ――あれは、“(ゲート)”。

 かつて見たものと同じだ。


「フィオナ、リリ。この“(ゲート)”を通って、救援を求めて来てくれ。多分、中央へ繋がっているはずだ」

「カイム様、どうして……そんなことが?」


「分からない。けど、ここへ来るまでの間……少しずつ、ギアに頼らなくてもマナを扱えるようになっていた」

「なら、カイム様も一緒に――」


「僕は残る。残って、少しでも助けられる人を助けたい」

「そんな……! それなら、わたくしも――!」


「フィオナは救援を頼む。この状況は、僕たちの手には負えない。大丈夫、すぐに追いかけるから」

「……分かりました。絶対に、絶対に追ってきてくださいね」


「ああ。約束する」


 フィオナがリリの手を引き、“(ゲート)”へ駆け込む。

 その瞬間――。


 ぶしゃり、と鮮血が散った。

 鋭い影が、リリの小さな体を背後から貫いたのだ。


「――え?」


 衝撃で手が離れ、フィオナだけが“(ゲート)”の先へと消えていく。


「リリ!!」


 リリを貫いたのは、漆黒の外殻を持つ、蜘蛛型の魔物だった。

 呆然とするカイムめがけ、鋭い脚が突き立てられる。


 刹那。


 甲高い金属音が弾け、魔物の脚が宙を舞った。


「おいおい、冗談きついぜ」


 姿を現したのは、淡い灰色の髪を持つ剣士。

 ――ヴァイルだった。

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