3. マリア様
聖堂に着いた俺たちは、すぐそばのホールにある長椅子に腰を下ろし、ようやく体を休めた。
思えばここまで、飲まず食わず。
さらに、時差のせいか眠気まで襲ってくる。
道中、リゼのことを少しだけ聞いた。
彼女は16歳で、双子の弟がいるらしい。
――そして何より驚いたのが、能力者としての等級が「S」だということ。
S級といえば、もはや伝説。
軍隊を重力で押し潰すとか、衝撃波でビルごと吹き飛ばすとか。
正直、都市伝説だと思っていた。
でも今、そんな存在が目の前にいる。
異世界に人を転移させるとか、常識が通用しないスケールだ。
無能者の俺からすれば、天体望遠鏡でも見えないくらい遠い存在。
そんな二人が、何の因果か、今こうして同じ椅子に並んで座っている。
遠くから見たとき、聖堂は近そうに見えたけど、実際はけっこう歩いた。
近づくにつれて、その大きさにちょっと驚いた。
レンガ造りの壁には温かなランプが灯されていて、どこかクラシカルな雰囲気が漂っている。
中は思った以上に人が多くて、事務的な手続きをしている人たちが次々と出入りしていた。
見た目はおしゃれだけど、実質“異世界の役所”って感じだな、と思った。
――まずは、リゼを信じて、帰る方法を探そう。
そのついでに、この世界……目一杯、楽しませてもらう。
聖堂で働く人たちは、みんな若くて、しかも美人揃い。
最高じゃないか。ここ、天国か?
よし、今を全力で楽しむぞ!
そんな勢いで、目の前を通りかかった子に声をかけた。
……もちろん、ここのシステムを聞くためってことで。
「すみませーん」
通りかかった小柄な女の子。
赤いおさげ髪に、透き通るような肌。
(うわ、美少女)
そう思ったのも束の間――
「……チッ」
横目でチラッとこっちを見ただけで、完全スルー。
しかも舌打ち付き。
……いや、マジか。
脳内では天使のイメージだったけど、どうやら中身は別物だったらしい。
心がちょっと貧しいんだ。きっと。
異世界にも、ああいう子いるんだな……。
気を取り直して、今度は別の優しそうなお姉さんに声をかけてみると、受付まで案内してくれた。
「本日はどのようなご用件で?」
「え〜と、女神様の登録?がしたくて。転移障害で消えたかもって……」
受付のお姉さんは少し驚いた顔をしたが、すぐに何かを調べ始めた。
「明日の午前中にはご案内できますよ」
「え、明日?」
――ちょっと待たせすぎじゃない?
……と思ったけど、女神と直接やり取りするには「第1聖女」という特別な人を通さないといけないらしい。納得。
「……あ」
そこでようやく気づいた。
寝る場所のこと、完全に忘れてた。
お金もない、泊まるところもない。これは相談するしかない。
「すみません、実は……お金も無くて、泊まる場所もなくて……どうしたら?」
「それはお困りですね……。では、本日は聖堂の従業員用の部屋をご利用ください」
……ナイス! 言ってみるもんだな。
異世界、意外と優しいじゃん。
「マリアちゃーん、こっちお願い」
「はーい」
後ろから明るい声が聞こえた。
振り返る。
「……げっ」
そこにいたのは――
さっき俺を舌打ちして無視した、おさげ髪のあの子だった。
「……」
無言で足早に歩くマリアの背中を、俺とリゼは黙って追いかける。
いや、こいつ……接客態度ひどすぎないか?
俺が店長なら即クビだな。
ホールと繋がっている宿泊棟には、ズラッと部屋が並んでいた。
どうやら、従業員の多くはここで寝泊まりしているらしい。
エレベーターの中も無言。
胃がキリキリする。
「ここね、あんたたちの部屋。鍵は差してあるから。じゃ」
「え、ちょっと!」
部屋に着くなり帰ろうとするマリアを慌てて呼び止める。
「何?」
「部屋、一室……?」
「それが何か?」
「いや、俺とこの子、二人なんだけど……」
「一緒に寝たらいいんじゃない?」
「いやいや、さすがにそれはマズいというか……その、ね?」
リゼと同室。
そのシチュエーションに期待と焦りが交錯する。
……期待のほうがでかいけど、表には出さない。俺は紳士だからな。
「そう。じゃあ、どっちか外で寝たら? 部屋は1つしかないから」
……は? なんだその雑な対応。
さすがに言わせてもらう。
「あのさ、さっきからその態度はないよね。初対面だよ? 俺たち、何かした?」
マリアは少しきょとんとした顔をしたあと、冷たく言い放った。
「はっきり言って、キモいのよ。あんた、うちの従業員のことイヤらしい目で見てたでしょ」
……火の玉ストレート。
「女神様の登録が無いなんて普通あり得ないし。女の子連れて、しかもその子ボサボサで変な格好だし。
――そういえば、街に全裸の変態が出たって噂あるけど、それ……あんたなんじゃないの?」
――K.O.
完全にフルボッコにされた。
まるで鋭利な刃物でズタズタにされた気分だった。
……いや、まあ実際そうなんだけどさ。
俺は黙って床を見つめることしかできなかった。
「あの……」
それまで黙っていたリゼが、ふいに口を開く。
「お腹すいた」