14. 触れれば合格……だよね?
試験会場には、俺を含めて受験者が五人しかいなかった。
思ったより少ない。
……でも、考えてみれば当然か。
わざわざ危険な“外”に出て戦おうなんて、よほどの物好きか変人くらいだろう。
驚いたのは、その中にカイムがいたことだった。
あいつほど女神探しに熱心なやつなら、とっくに免許を持ってると思ってたのに。
「君とは本当によく会うね」
「そ、そうだね……」
昨日のことがあるだけに、少し気まずい。
「ところで……君と一緒にいた女の子。今日は来てないんだね?」
「女の子?」
「黒髪に碧い目。繊細そうで――静かな子だった」
……リゼのことか。
図書館で一緒にいたのはほんの一瞬だったはず。
それなのに、そこまで見てるとは……ちょっと怖いぞ。
「あー、あの子は適性検査ではじかれたんだ」
「そうなんだ。……あの子は僕に似てる、そう思ったんだけどね」
……もしかして、俺を通じてリゼを仲間に引き入れようとしてた?
つくづく、心の読めないやつだ。
「――筆記試験を開始します。受験者の方は、指定の席にお座りください」
アナウンスが響くと、会場には一気に緊張感が満ちた。
深く息を吐く。
――さあ、いよいよだ。
「以上で、筆記試験は終了です。お疲れさまでした」
終わってみれば、拍子抜けするほど簡単だった。
まるで車の筆記試験レベル。
……マリアのやつ、わざと難問ばかりやらせてたな。
すぐに結果が貼り出される。
俺の番号、あった――合格だ。
でも、ホッとする間もなく次は実技。
しかも、試験官はセシルちゃんだ。
会場の扉が静かに開く。
柔らかな風が吹き抜け、アッシュグレーの髪がふわりと舞う。
セシルが現れた。
数日ぶりの再会――やっぱ、かわいいな。
「合格者の方は、こちらへ。これから実技試験を行います」
通過したのは四人。
あんな簡単なテストでも、落ちる人はいるらしい。
世知辛いな……。
カイムはしっかり合格しているようだった。
連れて行かれたのは、青空の広がる中庭のような場所。
「それでは実技試験の説明です」
「内容はシンプル。私と一対一で模擬戦をしてもらいます」
「制限時間は30秒。その間に、私に“触れる”ことができれば――合格です」
模擬戦って……マジか。
うっかりケガでもさせたら、マリアに文字通り“殺される”気がする。
「試験ではこの訓練用ギアを使ってください。マナを込めれば、熟練剣士の動きを再現して導いてくれます」
「私はギアは使いませんので、安心してくださいね」
そう言って、セシルは木刀を構えた。
ギアは玩具みたいな見た目の剣だったが、持つとしっかりとした重さを感じる。
「では一人目、1番の方。お願いします」
俺は2番。今のうちに様子を見ておこう。
1番の受験者はがっしりした体格で、いかにも訓練を積んでいそうだ。
動きに無駄がなく、鋭さすら感じる。
……ギアの補助か?
だが、セシルの動きはそれ以上だった。
最小限の動きだけで、相手の攻撃を全ていなす。
まるで舞っているかのように、しなやかで、正確だ。
……ギア、使ってないんだよな。
てことは、あれが素の実力……?
……マジで?
「30秒経過です。お疲れさまでした」
「……くそっ」
男は悔しそうに歯を食いしばり、その場を離れた。
セシルの額に、汗ひとつない。
……これは本物だな。
「次、2番の方。どうぞ」
よし、行くか。
気圧されそうな心を無理やり押し込め、一歩を踏み出す。
セシルの視線は鋭く、真っすぐだった。
彼女にとって、“合格”を与えることは――
その人を、死地に送り出すかもしれないということ。
だからこそ、彼女は本気だ。
……俺も、応えなきゃ。
ギアにマナを流す。
瞬間、身体が何かに包まれる感覚。
目線、重心、踏み込み――すべてが自然と整っていく。
初手、突き。
セシルは軽やかに回避。
……さすが。
間髪入れず、逆サイドから袈裟斬り。
今度は木刀で受けた。重心が少し崩れてる。
――狙い通り。
刃を滑らせ、懐へ踏み込む。
……もらった!
手を伸ばす。
セシルが上体を反らす。
――届いた。
そのとき、指先に何か柔らかい感触が……
視線を落とすと、そこには――セシルの胸。
……やっちまった。
セシルの顔が、みるみる赤くなっていく。
今にも叫び出しそうだった。
――まずい。
そう思った、その瞬間だった。
背後から、獣のような叫び声が響いた。
振り返る。
そこには――さっきの受験者。
彼の片腕が……ない。
噴き出す血。
地面を転げ回る彼。
その傍らに、いつの間にか現れた三人の男。
そのうちの一人が――無造作に、切断された腕をぶら下げていた。




